第22章 |天獣《ウラノール》の剣の行方
紅梢と呼ばれる地には一つの塔が立っている。ここには、かつて呟道の総本山があった。呟道の僧たちは不死王の近衛殻士団に追われて、現在は蓬幹へ移転している。僧たちが去った後、この塔はもぬけの殻であったはずだった。かつては門前町として栄えた塔の周囲の町も、総本山の移転と共に無人の町となっていた。
いつの間にか、この塔は「幻惑の塔」という名で呼ばれるようになった。
獅子王党の指導者デルゼント公から伝えられた天獣の剣を手に入れるためにアースはこの塔へと向かった。その剣こそ歴代の獅子吼族の王が持ち、最後にはアースの亡き父獅子駆王の持っていた剣であった。
この旅に、獅子王党から勇者、千の傷のハナーンと若き甲士ティンタスが共に来てくれた。後からアースを追いかけてきたインディアとともに四人で、塔の門前に立った。
天獣の剣、それは初代獅子王と不死王が樹嵐の頂きで天獣を討伐し、その牙や爪から作られたという名剣である。
初代獅子王から代々の獅子王に受け継がれた獅子咆剣
剣聖キルディスからランスに譲られた水月洵
剣狼ゴリアテの持つ烈震斧
剣崇ロマーナの持つ蛇舌爛
剣竜ダイリスの持つ五月雨と時雨
この五つの剣が天獣の剣と呼ばれている。正確には、五月雨と時雨は対となる二振りの剣である。
アースの亡き父獅子駆王の持っていた天獣の剣、獅子咆剣がこの塔のどこかに収蔵されているという情報を獅子王党は掴んでいた。その剣の奪還のため、獅子吼族の何人もの勇者がこの塔へ向かい、一人も帰って来なかった。従士のみが生きて帰ってきたのは、獅子王党への警告の意味を込めて返されたためであろう。
薄暮の戦鬼士と呼ばれる強大な力を持つ者が、その剣を守っているのある。それなりに技術を積み重ねてきた従士の言葉を借りるならば、倒された蚩鳳を抱えて螺旋階段を下りてきた薄暮の戦鬼士が駆る異形の蚩鳳に立ち向かうには、四天王並みの技量の持ち主でないと無理だと感じたいうことであった。
アースの蚩鳳は、まだ生まれたてである。ましてまともな蚩鳳剣を持たない身である。当然、獅子吼族の何人もの勇者が挑んで敗れ去った相手に勝ち目などあるはずもなかった。
しかし、アースは覚悟を決めていた。獅子王党の人々を導くことではなく、不死王と対峙するために、紅梢に向かうことを。そして父の剣を手に入れることを。それは、失われた獅子吼族の国を再建することではなく、自分自身のための戦いなのだという覚悟を。
とは言え、徒手で戦いに望むにはあまりに無謀であるといハナーンの計らいで、彼の知己である刀匠から一振りの蚩鳳剣を譲り受けた。
旅の途上で、アースは毎日千の傷のハナーンから、蚩鳳剣での戦い方を学んだ。ティンタスがアースの稽古相手になってくれた。
かつて根の国でウィグラフから剣の使い方を学んだ日々をアースは克明に思い起こした。剣の師でもあったウィグラフはもうこの世にいない。彼の息子、フロスグラウに彼の剣を返せただけでもよかったとアースは思っていた。恩師への償いにはならないかもしれないが、あの時、怒りに満ちていたフロスグラウのために、アースができることはそれしかなかった。
蚩鳳剣での戦いの実践は、化獣や厳獣の討伐で行った。人型の蚩鳳と異なり、化獣や厳獣の攻撃は、その種類や形状によって多種多様であった。炎蛇のように火炎攻撃をしてくる敵には、素早い回避も重要であった。
ウィグラフに人の身での剣技をみっちり仕込まれていたためか、蚩鳳剣での戦いも千の傷のハナーンから十分合格であると認められた。しかし、相手は薄暮の戦鬼士である。千の傷ハナーンの友もこの塔に向かい、そして帰らなかった。今のアースよりは遙かに手練れであったにも関わらずに。
蚩鳳もそのまま入れるほどの巨大な門は、緑色の金属で作られていた。絡まる蔦の文様が扉に描かれ、中央には古代語の文字が刻まれていた。
「まいったな、古代語か。そっちはからっきしなんだ。」
歴戦の勇士である千の傷のハナーンが嘆いて顎髭をかいた。
「インディア、お前、学があるから読めるんじゃねえのか。あれ。」
古代語の文字を指さしながら、ハナーンがインディアに声をかけた。
「すみません、銭勘定なら牛那族に小さい頃たたき込まれたんですが、古代語までは。」
インディアがすまなさそうにハナーンに答えた。
「読めますよ。あれなら。」
アースがすかさず答えた。ウィグラフに剣技を学んだと同じ頃、洞ん爺から古代語も学んでいたからだ。
「さすがは託言の子ですね。」
ティンタスは羨望の眼差しをアースに向けた。
「『この塔に入る者は、願いを持つ者。願者である。その願いをかなえるためには精進し、唱え、念じ、呟くのだ。』という意味ですね。」
「なあんだ、呟道の教えじゃねえか。まあアースよ、お前も願いを持つ者だわな。」
ハナーンが笑いながらアースに声をかけた。
アースが古代語の意味を解くと同時に、緑色の門が鈍い音を引きずりながら開いた。三人は誘われるように蚩鳳の歩みを進めた。
塔の内部は、紅梢特有の赤い結晶石の石片で彩られていた。そして塔を上へと上る螺旋階段が長く伸びていた。
階段の入り口にまた古代文字があった。
「『願いを持つ者だけが進むことができる。』と書いてあります。」
アースが読み解くと、千の傷のハナーンが
「なんじゃそりゃ。」
といって階段を上ろうとしたが蚩鳳ごと弾き飛ばされた。インディアが試みても同じであった。ティンタスが勢いをつけてつっこんでも弾き飛ばされた。
「これが帰ってきた従士の言っていた結界か。ここから先は剣を取りに来た殻士のみが通れたって話だ。」
「アース、こっから先はお前一人で行くしかないってことだな。」
「せっかく同行していただいたのにすみません。」
「しかたねえってことよ。」
「気をつけてください、アース殿。」
「行ってこい。必ずかえって来いよ。」
二人を残してアースは階段を上り始めた。二人が弾き飛ばされた階段はアースだけはすんなりと通した。
「『願いを持つ者だけが進むことができる。』か。その通りだな。」
階段の周囲は、様々な色の結晶石がちりばめられた漆喰の壁が作られていた。そこには呟道の教えが絵物語として描かれていた。最上部に描かれた僧が、おそらくは呟道の開祖その人であろう。アースは開祖の名は知らなかったが、その眼差しはどこかで見た誰かによく似ている気がした。しかし、誰に似ているのかは思い出せなかった。
時折、塔に巣くっている挙鳥の襲撃はあったが、アースは無事最上階にたどり着けた。陽の光がささないため、はっきりとはわからないが、登り始めてからおそらく半日近くたっていると思った。
最上階には、今度は青い金属で作られた巨大な扉があった。塔の門と同じように蔦が絡まる文様が描かれていた。ここには古代語の文字はなかった。
アースは蚩鳳の腕を使って扉を押し開けた。部屋の内部は漆黒の闇に包まれていた。
部屋の中央に青白い篝火が焚かれ、巨大な玉座を照らし出していた。その玉座に異様な形をした蚩鳳が座っていた。
「待ちかねたぞ。託言の子よ。ようやくここまで来たか。」
蚩鳳の胸甲の中に座る人物、薄暮の戦鬼士がアースに語りかけた。
「父、獅子駆王の持っていた天獣の剣を手に入れるためにここまで来たか。ご苦労なことだ。だが、お前の命も今日までだ。託言の子よ。」
後頭部が異様にせり出した蚩鳳は、不気味なことに四本の腕を持っていた。青黒い装甲のあちこちに赤黒く抗呪文が刻まれていた。青闇細小蟹蚩鳳と呼ばれる機体である。
「父の剣を渡してもらおう。」
アースは恐怖に震える自分の心を打ち消すように大声を張り上げた。
薄暮の戦鬼士が答えた。
「我が名を教えてやろう。薄暮の戦鬼士、ヒッタイである。」
「お前が、我が父を討ち、天獣の剣を奪ったのか。」
アースが問うとヒッタイはカラカラと笑い声を上げた。
「討った?お前の父を。獅子駆王をか。わしがあのような弱き者と剣を交えるなどあり得ぬ。獅子王党ではそう伝わっているのか?笑えるわ。お前の父を討ったのはわしではない。わしは不死王に頼まれて剣の番をしているだけよ。」
「我が父をさげすむことは許さない。ヒッタイよ。勝負だ。」
アースは蚩鳳剣を抜き、構えた。ヒッタイの青闇細小蟹蚩鳳は四本の腕それぞれに蚩鳳剣を持っていた。アースが切りかかると、一本の腕でそれを防ぎ、残りの三本の腕で攻撃してきた。ウィグラフやハナーンとの立ち会いでは見たことのない奇妙な太刀筋を繰り出してくる。アースは光翅を羽ばたかせ、その攻撃をかろうじて見切った。
「ふん、やるわい。若造。少なくとも、お前の父親よりは腕が立ちそうだ。これなら剣の交え甲斐もありそうだ。」
ヒッタイは胸甲の中でほくそ笑んだ。ただ剣を見守り、時折奪いに来る獅子王党の者や盗掘者と戦う。今まで、どれだけ待つ時間の方が長かったことか。そして、大抵の相手は五合と持たずに討ち果たしてしまった。
アースは、以前湖国の競技会で見た技、そして不死王近衛殻士団ガリアが見せた技、峰砂斗を思い出していた。琺を用いる技である。アース自身は琺を使ったことはなかった。しかし、腕の本数の差を埋めるためには、何か打つ手が必要であった。
アースは心を集中し、あのときのガリアやガレイの構えを真似た。
「ほう、一丁前に琺を使うか。面白い小僧だ。」
ヒッタイは愉快で仕方がなかった。まだ若いであろう託言の子が琺まで用いようとしているとは。だが、彼の目には、その琺の練り方が初心者じみていることはお見通しであった。
アースが琺を練り始めたとき、奇妙な輝きがきらめいた。石の試しで手に入れたあの水晶球が輝きだしたのである。
「何だと、なぜお前がその光を操れるのだ。」
ヒッタイは、今までの余裕ぶった口ぶりとは打って変わって大声で叫んだ。水晶球の輝きを受けてヒッタイの青闇細小蟹蚩鳳がもつ赤い抗呪文が少しずつ消えていった。
「まずい。」
ヒッタイは慌てて水晶球の輝きの及ばないところまで距離を取った。それが唯一の隙となった。
アースは蚩鳳剣をまっすぐに突き出した。己の身を犠牲にしても敵を討ち取ろうとする決死の剣技であった。その突きはヒッタイの青闇細小蟹蚩鳳の胸甲をわずかに逸れて脇腹に突き刺さった。同時に琺の凄まじい勢いが脇腹をえぐった。
「これは痛快だわ。まさかお前のような小僧に一撃を食らうとは。」
アースはヒッタイの反撃を覚悟していたが、ヒッタイの四本の腕は抗呪文が失われるとヒクヒクと痙攣を始めた。
「ここは引くしかあるまいな。小僧、わしの負けだ。」
ヒッタイは潔く負けを認めて背を向けた。
「小僧、見事だ。天獣の剣、獅子咆剣はこの奥の間に置いてある。この一撃の土産に持ち帰るがよい。そして天獣の剣、獅子咆剣を使いこなせるようになったら再び剣を交えようぞ。」
脇腹に蚩鳳剣が刺さったまま、ヒッタイの青闇細小蟹蚩鳳は深い闇に消えていった。彼の言うとおり、奥の間に、一振りの蚩鳳剣とそれと対をなす人用の剣が置かれていた。
「これが天獣の剣、獅子咆剣。父の剣。」
アースは感慨深く剣を手にした。
アースは、また半日をかけて螺旋階段を下りていった。階下ではハナーンとインディア、ティンタスが彼の生還を喜んだ。アースはここまで下りて初めて、自分の震えが止まらないことに気づいた。怖かったのだ。あの戦いが。




