第21章 宵待月の立ち会い
樹嵐で活躍する多くの蚩鳳が、湖国の離宮で生を受けている。離宮の女王ニヴィアンは海翠族の生き残りであり、蚩鳳を生み出す蚩鳳胚の生産を一手に担っていた。そのため、離宮にあるこの蚩鳳の間で戦ったことのある殻士たちも数多くいた。
湖国、元第一の殻士こと剣聖キルディス・ダン・ヴレードと不死王傭具士長カイナギとの立ち会いが離宮の蚩鳳の間で行われた。
この戦いに際して幾人もの人々が蚩鳳の間に集まった。
央府にて練資社を主催している剣狼ゴリアテはキルディスの招きに応じて師範の何人かを伴って参加していた。
キルディスの愛弟子であり、湖国の新第一の殻士となったランスも師の戦いを見守るために参加していた。
湖国の新王となったクルスは用意された王の玉座にて見守っていた。もともと病弱なため、彼のそばには新女王となったライアが寄り添っていた。
湖国からは翼竜殻士団の七将軍のひとり、スレイをはじめとする殻士団全員も見届け人として参加していた。
競技会でキルディスが立ち会いを依頼していた剣崇ロマーナの姿はなかった。ロマーナは手紙で
「このような立ち会いは遠慮する。」
とだけ伝えてきた。
試合に先立って離宮の女王ニヴィアンは、再度キルディスを止めようとしたが、その試みは無駄に終わった。
「戦いは殻士として生きる者の誉れです。止めないでいただきたい。」
ときっぱりと話すキルディスに、女王はかける言葉がなかった。
宵待月が夜空に高く登る頃、遂に試合が始まった。
剣聖キルディスの駆る蚩鳳は深山弓角蚩鳳である。
対する傭具士長カイナギの駆る蚩鳳は見たこともない異形のものであった。両手両足は大黒剛蚩鳳、胴は節剃蚩鳳、頭部にいたっては刀角蚩鳳、光翅を覆う鞘翅は紅鷺蚩鳳と、チグハグなものであった。
二つの蚩鳳は向かい合うと立ち会いの慣例に従って一礼をした。
たまらずに翼竜殻士団長スレイが呟いた。
「あれがまともに動くのか?」
それは不死王傭具士長のチグハグな蚩鳳を見た全員が感じたことであった。
「いったい何なんだ、あの蚩鳳は。」
といぶかしげに話すスレイに対してゴリアテが答えた。
「傭具士団にはトガリという腕利きの典怜がいると聞いている。おそらく、そのトガリが作ったのだろう。」
「でも、どうやってあんな蚩鳳を。」
「牛那族には情報収集に長けた組織があってな。青包というらしいが。そいつらの調べでは、最近傭具士団は、棄躯という相手と戦ったらしい。なんでも死んだ殻士や蚩鳳を再生して使う相手だったそうだ。」
「そんな恐ろしい相手と。」
「おそらく、トガリは倒した相手の蚩鳳を分析して、新しい技術を手に入れたのだろうよ。」
「それであんな寄せ集めの蚩鳳を作ることができたのですね。」
「おそらく。」
二人は互いに距離をとり、相手の動きを待った。不死王傭具士長カイナギの皆が手にするのは火炎螺旋剣によく似ているが、さらに細身の剣であった。
剣聖キルディスは、愛剣水月洵をランスに譲ってしまったため、それを模して作らせたた無銘の剣を構えている。
先に技を仕掛けたのは、意外にも剣聖キルディスであった。鋭い突きと細かな払い技を組み合わせ、電光石火の剣技を連続で浴びせた。
不死王傭具士長カイナギは剣聖キルディスの技を読んでいたかのように、大黒剛の両手、両足を使い、払い技を受け止めた。間に繰り出される突き技は火炎螺旋剣で絡めるようにして受け流した。いかに大黒剛蚩鳳の堅い装甲をもってしても、突き技だけは防ぎようがなかったからである。
あっという間にカイナギの両手、両足は蚩鳳は傷だらけになった。しかし、払い技だけでは、装甲を砕いて筋肉にまで達することはなかった。
「さすが、剣聖殿。あの電光石火の剣は不死王傭具士長と言えども受けれまい。」
翼竜殻士団の中でも若手の殻士の一人、クリオスが呟いた。その言胸甲の間隙葉に若手の翼竜殻士団員が次々にうなずいた。
「まずいな。」
若手の団員達の言葉を遮るように剣狼ゴリアテが大きな声を出した。試合を見守っていた翼竜殻士団長スレイと七将軍たちも同じ意見だった。
「天獣の剣ではない無銘の剣ではあの連続技を続けていては持たないでしょう。」
スレイの発したことばにゴリアテは無言でうなずいた。
掌を会わせて試合を見守っていたランスは、一言も声に出せないが、師の勝利を心から願った。
「ああ、このような立ち会い、わたしはその入り口にさえ立つことが出来なかった。」
玉座にいた新王クルスは汗ばんだ拳を固く握りしめた。病弱である彼は、殻士どころか剣士にすらなれない己の身を深く嘆いた。この立ち会いの場において、一番血を熱くして戦いを見つめているのは彼、クルスであったに違いない。新女王ライアはそんな夫の手を無言で握りしめた。
互いに打ち合うこと、百合にはなろうか。絶えることのない攻撃が無限に続くように思われた。しかし、その時勝負は動いた。連続攻撃に耐えきれなくなったキルディスの剣が中程から砕け散った。
剣が砕け散ると同時に、カイナギは火炎螺旋剣を深山弓角蚩鳳の胸甲に突き刺した。螺旋剣の根元から炎が噴き上がり、凄まじい回転で蝦旋剣は胸甲にめり込んで込んで行く。通常の火炎螺旋剣より細い分、胸甲の間隙を正確に突かなければ剣が折れてしまうであろう。カイナギの剣は胸甲のわずかな間隙、その一点に集中した見事な突きであった。
深山弓角蚩鳳は一瞬で動きをとめた。カイナギは火炎螺旋剣を引き抜くと抱き留めるようにして深山弓角蚩鳳を受け止め、静かに蚩鳳の間の床に横たわらせた。
「蚩鳳の死は殻士の死か。」
剣狼ゴリアテが呟いた。
「キルディスは戦って、蚩鳳の中で死ぬことを望んだのだな。」
「キルディス殿。」
スレイの目には涙が浮かんでいた。翼竜殻士団の全員が声を押し殺して泣いていた。
「恩師。」
ランスは大声で叫んだ、観覧席を降りて今にもカイナギの蚩鳳に素手で飛びかかろうとするランスをゴリアテは羽交い締めにしてとめた。その姿勢のままゴリアテはランスを戒めるために耳元で語りかけた。
「よーくみろ小僧、お前の師キルディスは、命をかけて蚩鳳に乗るものの覚悟を伝えたんだ。戦いのなかで、己の技を出し切る喜びと、己に匹敵する敵と戦う誉れと、敗れれば死するという覚悟をな。」
だが、その言葉は怒り狂うランスにはすぐには響かなかった。
「恩師。」
ランスはゴリアテの腕の中でしばらくの間叫び続けた。
「だから一番弟子のお前が、全てを受け止めるんだ。」
「嫌だ、僕があいつを、師の仇を。」
そう叫びながらもランスはしばらくもが着続けた。しかし、しばらく後に、体中の力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
翼竜殻士団員たちの蚩鳳の手を借りて、胸腔から引き出された剣聖キルディスの亡骸は、胴から下は、焼け、ねじれ、原型を止めていなかった。ただ、その死に顔は安らかに微笑んでいた。
「蚩鳳の死は殻士の死。」
剣狼ゴリアテが再度呟いた。
「お前は戦いの中で死ぬことを選んだんだな。キルディス。後継を無事育て上げ、自分のすべての技を伝え、殻士として戦い、力を尽くして死す。うらやましい限りだよ。」
傭具士長カイナギは引き出されたキルディスの亡骸に一礼してから蚩鳳の間から飛び去っていった。
ランスはそんなキルディスの亡骸にすがりついて泣き続けた。
「なぜ、私に剣を譲ったのですか。そんなことさえしなければ・・・。」
ランスの嘆きは止まらなかった。ゴリアテとスレイは泣き続けるランスのそばにいてじっと見守っていた。
剣聖キルディスの死は、その日のうちに離宮と湖国中に知らされた。普段感情を露わにすることのない離宮の女王が、このときばかりは声を上げて泣き叫んだと伝わっている。
三日後、湖国をあげて、元第一の殻士、剣聖キルディスの国葬が執り行われた。湖国の人々は今まで国を守ってくれていた剣聖の死を嘆き、悲しんだ。彼の存在は、湖国の国民にとって誇りであり、安寧でもあったからだ。
それと同時に、剣聖キルディスを倒した傭具士長カイナギの名は樹嵐中に広まった。




