第20章 離宮の女王 |海翠《ガリッシュ》族のニヴィアン
すみません、ここから2025年に執筆した部分が加わります。読み仮名振り切れませんでした。ごめんなさい。今後投稿がゆっくりになると思います。
無事に試合を終え、ペウスは湖国を訪れたもう一つの目的を果たすべく、離宮の前で聖理帥のザイナスを待っていた。彼の肩には、あの紅目耳の少女が乗っていた。
もはやこの国では、彼は勇者の一人であり、道行く人々の多くが親しげに声をかけてきた。いきなり、彼の肩を後ろから叩いたのは、あの鞭使いの技芸の若者カールラであった。そして、その傍らには短い赤髪の踊り子ラップの姿もあった。
「カールラ。ああ、こんな所で会えるなんて。腕の方はもう大丈夫なんですか。」
「ああ、痕はのこるが、もう鞭も使える。」
腕を回しながらカールラは言った。腕には無惨な傷跡が残っており、幾分頬がこけているが、あのカールラらしい微笑みはもう戻っていた。
「それより、あんた本当にたいした腕をもってんだね。」
ラップが瞳を輝かせた。
「試合を見せてもらったよ。蚩凰の肩は大丈夫かい。」
「ラップさんまで。すぐには動きませんが、大丈夫だそうです。」
ペウスは二人に会えたことを心から喜んだ。
「そうか。呟道の坊さんもお前によろしくってよ。」
ペウスはカールラに気にかけていたことを尋ねた。
「ワカヒトさんは。」
「ああ、俺達がくる二、三日前にようやく意識が戻ったが大丈夫らしい。すぐに、追っかけてくるだろうよ。」
「そうか、よかった。」
「おっと、魔理師のじゃなかった、聖理帥のザイナス様だ。」
杖を突きながらザイナスがやってきた。
「待たせたようだな。カールラ、ラップも一緒に来てもらうことになったんだ。」
「ではニヴィアン女王に。」
「ああ、庭吏に話は通してきた。」
「そうですか。ありがとうございます。」
ペウスはザイナスに深々と頭を下げた。
「しかし、あの気位の高い女王様が本当に俺なんかに会ってくださるのかね。それともザイナス様のお力がすごいのか。」
カールラが軽口を叩いた。ザイナスは表情を変えることなく、
「まあ会って見ることだな。」
と言った。
「それしか方法はないでしょうから。」
ペウスも納得したようにうなずいた。
庭吏が、門から現れて一行を離宮の女王の間へと案内した。
離宮の女王ニヴィアンは椅子にもたれていた。その前に一人の殻士がいた。額の赤い角と、総髪から、一行はその人物が剣聖キルディスであることに気がついた。剣聖は一行に軽く会釈をして退室した。
これから始まる剣聖最期の死闘を、彼らは知ることも、そして見ることもなかった。
「ようこそ。我が離宮へ。その方達の用向きは存じている。しかし、残念だがザイナス。瑠璃王の城の所在は私も知らぬ。海翠族の生き残りでいかに長命な身とはいえ、私の生まれる以前のことだ。それも統一王国の時代のことであるからな。」
「そうですか。」
一行は落胆した。特に、ペウスの肩に乗る小さな紅目耳の乙女の落胆ぶりは著しいものであった。
「紅目耳の乙女よ。水晶の乙女よ。私とて、そなたの定めの重さを取り除いてやりたいのだが。」
女王は優しげに水晶の乙女を見つめた。
「おお、そうじゃ、あそこになら手がかりがあるやも知れぬ。」
「と言いますと。」
ザイナスが女王ニヴィアンの言葉にすぐさま反応した。
「羚挂族の大地を存じておるか。」
「はい、萌胞ですか。」
ザイナスが女王ニヴィアンの問いに答えた。
「そうじゃ。かつて赤き島の女王軍が攻め込み、羚挂族の地下王宮は滅んだ。だが、あの王宮の中に探求の間と呼ばれる部屋があったはずじゃ。」
「探求の間ですか。」
「天鱗族の生き残りの一人賢者タウレスが使っていた部屋だとされている。彼が己の死期の迫ったとき、持てる知識の全てを封じ込めたという部屋だと伝わっている。その部屋の機能が損なわれていなければ、そなたたちの旅の手がかりが得られよう。」
「ありがとうございます。確かに、魔理師達の言い伝えの中にも、その探求の間のことはあります。聖理帥の三つの塔にもその記録があったような。」
「そうですね。たしか、初代の魔理師であるホプ・ロプ・マプ・デンが失われた八つ目の法理である空理を見い出すために、あの迷宮に臨んだのでしたね。」
女王ニヴィアンが答えた。
「しかし、あの地下迷宮に挑むとなると。女王軍が敗退する際に、多くの化獣を遺していったそうじゃないか。そのために、羚挂族は国を捨てなければならなかった。」
カールラの顔が真っ青になっていた。
「それでも行くしかないな。俺たちは。カールラ。」
青ざめるカールラに向かってペウスが話しかけた。
「なら、もう一人か二人、甲士が必要だな。」
少し落ち着きを取り戻したカールラがペウスに対して現実的な提案をした。
「練資社の知り合いに声をかけてみるよ。ガウェンなら助けてくれるだろう。」
ペウスはカールラに向かって答えた。
「あの頭領家、ミカヅチ家につながる刃自がかい。本当かよ。」
「ガウェンってそんないい家の生まれなのか。」
「ったく、相変わらずだなあ。」
カールラはペウスの肩をポンとたたきながら笑った。
「私にも心当たりがある。灰狼牙の若者だがね。」
女王ニヴィアンが口を挟んだ。
「名をカリギヌという。杖の試しを受けたものである。理に対して優れた素質を持つ若者じゃ。きっと力になろう。その者がここに戻るまでに、紅目耳の乙女の抗呪紋を少しずつ消していくとしよう。ゆるりと過ごすがよい。」
それで少しでも少女の記憶が戻るなら、瑠璃王の手がかりも増えるかもしれない。ペウスは女王ニヴィアンに感謝の意を表して、紅目耳の乙女を託し、離宮を後にした。
湖国の本城では、新王クルスがランスと対面していた。
「見事だったぞ。ランス。湖国の殻士として誇らしいことである。」
「ありがとうございます。兄・・・いえ王様。私のような者にもったいないお言葉です。」
「キルディス殿のことは聞いておる。お前も立ち会うそうだな。キルディス殿とカイナギ殿の試合に。」
「はい。覚悟はできておりますが、正直、どうしたらよいか思案がつきません。」
「やむを得まい。四天王の中で最も年上のキルディス殿じゃ。このような日が来ることも構えて準備していたに違いあるまい。」
「はい、私のような者に天獣の剣を託してくださったのも、その心構えの一つかと思われます。」
王は、侍従を呼び、耳打ちした。
「すまんがここからは、血を分けた兄弟だけで話したい。人払いを頼む。」
「かしこまりました。」
侍従の目配せにより、王の周囲にいた家臣や護衛が皆、王の間から退出した。
「兄・・・いえ王様、なにゆえこのような。」
「ランス、ここからは血を分けた兄弟としてお前に尋ねたい。」
「えっ。」
「お前がここを出て離宮に行ったのも、病弱な私のことを慮ってのことであろう。王となる道を敢えて絶ち、第一の殻士として生きていくと決めたのであろう。」
「・・・・。」
「すまぬな。ランス。私が不甲斐ないばかりに、お前に心労ばかりかけた。」
「とんでもございません。私は、親愛なる兄上のお役に少しでも立てればと、そればかり考えておりました。」
しばしの沈黙が二人の間を流れた。
兄であり、新王であるクルスは泣いていた。
「私は、多分父のように長くは生きられない。妻は娶ったものの、跡継ぎも生まれるかはわからない。だからこそ、私に何かあったときには、この国をお前に託すことになるかもしれない。」
「兄上、そんなことをおっしゃらないでください。」
「だが、おそらく事実であろう。」
涙顔をあげて、クルスはランスを見つめた。
「お前をこの国に縛り付けてよいものか、迷っておる。そもそも、キルディス殿とて、いくつもの国を渡り歩き、剣聖となられたお方だ。」
「はい。」
「だから、お前にも樹嵐のことを広く知ってもらいたいと考えている。」
「しかし、私には、第一の殻士としての務めが。」
「そう言うと思ったよ。お前なら。だが、この国の護りなら翼竜殻士団がいる。まして湖の女王の住まうこの国に攻め寄せるものなど今の樹嵐にはいないだろう。」
「確かに、理屈はそうですが。」
「だから、王として命ずる。兄として頼む。キルディス殿の立ち会いを見届けたらなら、一度、樹嵐中を旅して、見聞を広めて来てほしい。第一の殻士としての務めは、その後で長く務めればよいであろう。」
「しかし。」
「きっとお二人の試合に立ち会ったなら、お前のことだ。見聞を広めに行きたくなるはずだ。間違いない。兄として、お前をずっと見てきたからな。そしてお前に頼むことは、私にはできないことだ。旅の土産話をたくさん持ってきておくれ。ランス。」
ランスは即答はできなかった。ただ、じっと兄の顔を見つめた。そこには、幼い頃よく遊んだあの兄の優しい笑顔があった。
剣聖キルディスと不死王傭具士カイナギとの立ち会いの噂は、静かに離宮や本宮、そして湖国の町へと広がっていった。その立ち会いの日が迫っている中、ペウスたちは、女王の離宮に招かれた。
彼女の身に刻まれていた抗呪文が消せたとのことであった。
「女王様、心から感謝いたします。」
ペウスは恭しく女王に感謝した。
「何を申す。そなたらの使命は樹嵐のためでもあるのじゃ。」
「ありがとうございます。」
「で、記憶はもどったんですかい。」
まったく物怖じせずにカールラが口を挟んだ。
「ああ、わずかじゃがな。」
その時、女王ニヴィアンの膝の上にいた紅目耳の乙女は大きくあくびをした後、目を覚ました。
「あたい、思い出したんだわさ。」
「えっ、なんか雰囲気が変わってない?」
ラップが変な声で叫んだ。
「何を思い出したのか、僕らに教えてくれないか。」
乙女の顔まで跪き、耳を近づけたペウスに乙女はこう呟いた。
「あたいみたいな、水晶に入った女の子が、ほかにもいたんだわさ。えっと、多分あたいを入れて七人くらい。」
「じゃ、その子たち全部見つけなきゃならないの、瑠璃王とやらにたどり着くまでに。」
ラップがあきれたように叫んだ。
「この子たちはきっと千年も前から、ずっと目覚めるのを待っていたんだよ。後の世の僕たちを救うために。」
ペウスがラップに向き直って説明した。
「ずいぶんまどろっこしくなってきたなぁ。」
あれだけ乗り気だったカールラですら、少しあきれている。
「場所も人も何も手がかりがなかったんだから、七人の水晶の乙女を見つけるっていうだけでも、すごい手がかりだよ。」
ペウスが二人を諭した。
「まずは羚挂族の大地へ向かおう。」
「前に推挙した若者、カリギヌも杖の試しを終えてまもなく戻ろう。それまでに旅の準備を整えるがよい。」
女王は微笑んだ。
女王の間を退出したペウスは、剣狼ゴリアテに許しを請うために練資社へ一度戻ることにした。その帰途の中で、魔女退治でともに戦った馬弓族の刃自でワカヒトもこの旅に同行してくれることとなった。ペウスが頼みにしていたガウェンは、その立場上、国をあまり長く開けられないとのことであった。その代わりに弟の刃自ガフェリンを送り出してくれた。
魔理帥のザイナスも自分の任務があるため、表だって同行はできないが、何かあったら駆けつけると約束してくれた。
技芸一座からは、カールラ、ラップに続いて、軽業師である鹿晋族のカンカが同行を申し出た。彼は、一時、探索者として各地の迷宮で隠し部屋や宝箱の鍵を開けまくっていたらしい。心強い限りである。
最後の一人は、紅目耳の乙女であった。離宮の女王の解呪によって彼女はオリクトアという自分の名を思い出すまでになった。
「瑠璃王様たちはね。樹嵐にたどり着いた時、この島がずっとは続かないことに気がついちゃったんだわさ。でもね、ずっと船に閉じ込められていた氏族の人たちはもう我慢ができなかったみたいでさ。樹嵐の各地に散っていってしまったのさ。」
「どうして君たちは水晶の中に入ったの?」
「私たちはもともと氏族の中には入れない体だったんだわさ。一人ずつしか生まれてないし。」
「どういうこと?」
ラップが口をとがらせながら聞いてきた。
「雨が続いて、大地がなくなっちゃった後、十の氏族が生まれたんだけど、どんな氏族が長く栄えていくか、太古の人たちはわからなかったから、あたいたち、七人みたいな子も生まれたの。でも氏族決めでは残らなかったのさ。」
一行は水晶の乙女の言葉に聞き入った。
「でもさ瑠璃王が、樹嵐が沈むことを、時を超えて伝えるために、誰かが役目を果たさなきゃならないっていってさ。そんであたいたち七人は泣いて泣いて泣いて、自分たちで決めたんだ。その仕事をするってさ。」
ペウスは、こんな小さな乙女がどんな思いで決心したのかと考えると胸が痛くなった。
「誰かがやらなきゃってね。」
「その思いを無駄にはできないってね。わたしたち。」
グスングスンと泣きながらラップが答えた。
「そうだね。その通りだ。瑠璃王の手がかりを見つけて樹嵐を、氏族を救わなきゃね。」ペウスは胸の痛みをこらえ、吐き出すように言った。
「旅立とう、羚挂族の大地へ。行こう手がかりを探すために。」
カリギヌが杖の試しから離宮に戻るまでには少しかかったが。呟道の僧ガも同行を申し出てくれた。
ペウス、カールラ、ラップ、ワカヒト、ガフェリン、カンカ、カリギヌ、ガ、そしてオリクトア、旅の九人の仲間はそろって湖の国を旅立った。




