第19章 競技会
第一殻士の誓宣の儀が終わり、それに伴う競技会は、三日間にわたって蚩凰闘技場で行われた。これは新王に忠誠を誓うための儀式であるとともに、各国の殻士たちが見守る中、自分の腕試しや名声のために参加する者も多かった。また新王に仕えるべく集まってくる殻士、甲士たちの競技会でもあった。
観席には湖国の剣聖キルディス、中原の剣狼ゴリアテ、赤原公剣崇ロマーナ、緑原判官フガク、白樹公クェルトといった名だたる殻士が訪れていた。その見守る中で、まず各国の精鋭殻士団による闘練が行われた。
隈黒族の近衛殻士長プロゼィアの率いる黒森殻士団の大黒剛蚩鳳のたくましい姿が、闘技場に現れた。そのがっちりとした体格は、見るものの目を圧倒せずには置かなかった。二人組に分かれた大黒剛蚩鳳の繰り出す独特の徒組による闘練は、観衆の拍手を浴びた。 いくつかの武具を組み合わせた闘練よりも、大黒剛蚩鳳独特の膂力を生かした徒組の迫力はすばらしいものであった。ぶあつい甲殻をきしませながら、あの蚩凰の巨体が投げ飛ばされ、宙を舞う姿は地を轟かした。
白狗牙族の赤原からは不死王近衛殻士団と白狗牙殻士団とも呼ばれる銃士隊が来ていた。不死王近衛殻士団は闘練には加わらず、銃士隊がいくつかの型を披露した。不死王近衛殻士団が熟練した殻士たちの集団であるのに対し、銃士隊は荒削りな若者たちの集団であった。彼らの生き生きとした乱取りは、観客を引き込んだ。特に、節剃蚩凰の特性を活かした調和のとれた素早い剣技は、銃士たちの若々しさに似合っていた。
緑原に住む馬弓族の判官フガクの率いる受所刃自たちの偉丈夫ぶりは湖国の人々の目を奪った。とくにその繰り出す剣の速さは、これが闘練なのかとすら思わせるものであった。
十騎余りの刀角蚩凰が、まったく同じ動きを見せる団練の一糸乱れぬ様は、さすがに徹底した訓練の成果であろう。
牛那族からは、剣狼ゴリアテの練資社で修行を積んだ三人の師範、ポレス、クリヒコ、エダニスが参加していた。彼らの技は、美しさの中にも鋭さを秘めていた。その隈黒族の黒森殻士団に匹敵する力強い剣戟が交わされる度に、周囲に火花を散らした。
最後に、湖国の華、翼竜殻士団の入場に国民の歓声は頂点を極めた。彼らの一糸乱れぬ統練に、国民は割れるような声援を送った。
二日目になり、競技会に参加する殻士、甲士たちが入場してきた。第二皇子ランスは、敢えてこの中の一人として、戦わねばならない。彼の青月弓角蚩凰の姿を認め、国民たちは惜しみなく拍手を送った。
闘練が終わり、いよいよ競技会が開始された。
前日までの翼竜殻士団との模擬予選を戦い抜き、本選に残ったのは、応募してきた百余騎の内、わずかに十六騎になっていた。翼竜殻士団長スレイがその十六名の名を読み上げた。
湖国剴喬族第二皇子 ランス殿
青月弓角蚩鳳
湖国剴喬族翼竜殻士団 クリオス殿
赤月弓角蚩鳳
赤原白狗牙族銃士隊 ガレイ殿
白虎節剃蚩凰
赤原白狗牙族銃士隊 ゲルデ殿
赤星節剃蚩凰
赤原灰狼牙族身徒甲士 クアン殿
緑板突垂角蚩凰
赤原灰狼牙族身徒従士 ケルン殿
黄脚板突垂角蚩凰
赤原灰狼牙族甲士 グアン殿
深山板突垂角蚩鳳
緑原馬弓族刀自 ハヤギ殿
大刀角蚩凰
緑原馬弓族刀自 カブロ殿
湾刀角蚩凰
黒森隈黒族練資社師範代ペウス殿
大黒剛蚩鳳
黒森隈黒族樫枝甲士隊 プムセ殿
三突黒剛蚩鳳
中原牛那族甲士 イェン殿
独鈷嶺雄角蚩鳳
緑胞羚挂族 ハマン殿
独鈷嶺雄角蚩鳳
白樹犀甲族氷華甲士隊 ブルニュ殿
鬼眼炎翼蚩凰
白樹犀甲族雪嶺殻士団 バーグ殿
黄金衿翼蚩凰
そして、最後に現れたのは、国民が今までに見たことの無い蚩凰を駆る若者だった。肩まで垂らした銀色の髪は、額に近づくにつれて赤味を帯びていた。右頬には一筋の傷跡がついている。誰あろう、不死王傭具士団のシーバである。
鬣丹族傭具士 シーバ殿
紅鷺蚩鳳
観席のロマーナは、その若者の姿を認めると息を飲んだ。
「ばかな、鬣丹族の傭具士だと。誰が、あいつをこんな場所に呼んだのだ。」
彼、ロマーナとその配下の不死王近衛殻士団が四十年前の戦いで全滅に追いやった一族である。ましてや、不死王の命の下、その残党すらも厳しく狩りたてられてきたのだ。鬣丹族の存在は不死王に組する者たちにとって忌むべきものであった。
「私が推挙したのだ。ロマーナ。」
そう答えたのは樹嵐において剣聖と呼ばれる男キルディスであった。
「何故だ。キルディス。何故、あのような者を。不死王の目に届けばどうなる。」
そう言いかけたロマーナの肩を後ろからつかんだ男がいた。
「まあ、座ってくれ。赤原公。本当に強い殻士が必要な時代がそこまできているのだ。ロマーナ殿。お主とて分からぬわけではあるまい。この新しい空気を。」
剃り上げられた額と、切れ長の瞳がロマーナを見つめていた。つかまれた肩には、かなりの力が込められている。不死王にとって影の力となる傭具士長カイナギが、表の力の象徴である赤原公ロマーナに対していた。
「俺は、こういう席は苦手でな。だが、まずはあの男の腕を見てくれ。よけいな事を考えずにな。不死王には、俺からこのことは話してある。」
「ふっ、貴様の肩入れか。カイナギ。剣聖殿と亡国の殻士とではどうも結びつかんが、傭具士長の貴様が糸を引いているというのなら、分からんでもない。」
「まあ、お主が入れ込んでいる白狗牙族の二人の殻士に引けはとらんと思うがな。華々しい殻士殿達の間に死神傭具士は似合わないので消えさせてもらうぞ。」
カイナギは漆黒の外套に身を包むと観席から去っていった。
「あいつめ、何を企む。」
ロマーナは小さくつぶやいた。
「いずれにせよ、あの鬣丹の若造、ただ者ではないぞ。」
剣狼ゴリアテが話に加わった。
「なになに。やはり、この席では、剣聖キルディス殿の唯一の愛弟子、湖国の第二皇子に花を持たせたほうがよいでしょう。銃士隊の二人は、ガリアが無理にださせたものです。私が入れこんでいるわけではない。」
ロマーナは無難に答えた。
「ゴリアテ、そなたのお気に入りのポレスは、見えなかったようだが。」
キルディスがたずねた。
「ポレスは、わしの跡継ぎとなって、練資社の道場を任せるつもりだ。ここには出せんよ。湖国に引き抜かれでもしたら、たまらんからな。ま、あいつも宮仕えは嫌っているから心配はいらんが。代わりといっては何だが、ポレスの弟が来ているよ。ほら、あそこの若い隈黒族の甲士だ。」
「ほう、ペウスというのがそうなのか。」
「そうだ。隈黒族の族長パグンズの諸子だ。あまり父親には似ておらんがな。」
緑野判官フガクは妻をつれ、諸候の間に座っていたので、さすがにこの話に加わることはなかったが、彼もまた、新しき殻士たちの時代の到来を肌で感じていた。かつての四天王も、もはや過去の人になりつつある。そう感慨深げに思いながら、ここにいない剣竜ダイリスに思いをはせていた。
「お前は、いったいどこにいるのだ。ダイリス。あれから、もう五十年近くにもなるというのに。」
競技会が始まった。本身では無いにせよ、寸どめや型のある闘練とは異なる。試合には決められた流れなど無い。勝ち残った者の多くは、湖国への仕官を望むか、殻士、甲士としての栄誉を求めて参加している。そのため、自然と繰り出す技も鋭くなる。第二皇子という肩書きは在るとはいえ、それで手加減する者など予選でふるい落とされているだろう。
本命視されていた、白狗牙族のガレイは、不死王近衛の現隊長ガリアの一人息子である。彼と、同じ白狗牙族のゲルデとともに、ロマーナの直々のしこみを受けていると噂されていた。二人はともに白狗牙族の若き甲士達の集団である銃士隊に属していたので、ロマーナに師事は受けていない。
その対抗として、おおかたの者が犀甲族のバーグをあげていた。バーグは、白樹公クゥェルトの抱える雪嶺殻士団の若手の中でも随一の腕を誇っていた。半年ほど前の、辺境での化獣・磐猿退治の噂は、未だに樹嵐の人々の記憶に刻まれていた。たった一騎の蚩凰で、蚩凰の二倍はあろうという磐猿を十匹もたいらげたのである。
活躍が期待されていた、剣狼ゴリアテの秘蔵っ子ポレスは参加しなかった。そのため、隈黒族の二人の甲士にはまったく期待が集まらなかった。
特に故郷の黒森からではなく、練資社の一員として参加するペウスが、ポレスの弟であることは、ほとんど知られていなかった。
湖国の皇子は、国民の人気は高かった。しかし、剣聖キルディスの名は知っていても、その剣技を知るものがもはや、ほとんどいないめ、他国からの客はその実力を侮っていた。彼の父であるリオスの第一の殻士となったかつてのスレイですら、前年に行われた定例の競技会では、決勝まで進んだものの引き分けで終わっていた。離宮での甘い生活をしていた皇子が、各国の強者相手にどこまで頑張れるか冷ややかに見ているのが、他国からの客達の素直な気持ちであった。
見慣れぬ若者シーバの実力は計りかねていた。鬣丹族の姿を見るものも、ここ湖国では初めての者が多かった。そして、なにより傭具士という肩書きのまま試合に臨むことが、人々の様々な憶測を呼んだのである。
ランスは己の蚩凰に乗り込み、闘技場へと向かった。一回戦目の相手は馬弓族のハヤギの駆る大刀角蚩凰である。かの剣竜ダイリスの駆る蚩凰と同じこの蚩凰は、膂力、剣速の調和のよさに定評があった。
予選でも、翼竜殻士団の蚩鳳を圧倒する実力を見せていた。馬弓族の受所刃自達の多くがが、名門の出であるのに対し、ハヤギの家は貧しかった。彼の実力を見いだした受所刃自の一人の支援が無かったら、彼は茎自と呼ばれる剣士で一生を終えていたろう。その分だけ、彼のこの試合にかける意気込みはすごかった。
緑原判官フガクは、ハヤギの才能を高くかっていた。
「剣聖の愛弟子の太刀筋を甘くみなければ、勝ち目はあるだろう。」
優れた殻士でもある彼の目からみても、ハヤギの実力は相当なものであった。
「くじ運が良くない皇子や国民には残念なことだがな。」
だれもが、ハヤギの勝利か、皇子の苦戦を予想していた。闘技場の向こう側にハヤギの駆る大刀角蚩凰が姿を現した。ほぼ直刀にちかい緩やかな曲線を持つその蚩凰剣は刃自とよばれる馬弓族独特の殻士が愛用する剣に擬したものである。その剣を用いた素早い打ち込みは、数多い蚩凰の中でも、ゆるぎない地位を保っていた。彼らの剣技は無駄な力を加えずに、効果的に斬るための技であった。同じく素早い動きに定評がある節剃蚩凰に差をつけるのは、こうした独特の剣技理論の裏付けがあってのこととされる。
対するランスの蚩凰は、力・速さ・扱いやすさといった点で、もっとも調和の取れた蚩凰とされる弓角蚩凰である。
試合が始まると、大刀角蚩凰の剣速を上回る速さで、ランスの蚩凰は相手の動きを圧倒した。ハヤギは剣を十数度打ち込んだが、そのすべてをランスはかわした。たった一撃の繰り出した突きで、ランスは大刀角蚩凰の動きを封じた。
観衆は息を飲んだ。皇子の勝利が決まった後もしばらくは人々の沈黙が続いた。皇子の青月弓角蚩鳳が勝利を宣言するように、剣を持つ腕を振り上げたとき初めて、人々は愛すべきこの若者の勝利に酔いしれた。
フガクもまた、その太刀筋に、かつての剣聖キルディスを見る思いであった。
「素晴らしい逸材を手に入れたのだな。キルディスもまた。」
彼は一刻も早く国に戻り、刃自達の剣技の水準を上げねばならないと感じた。
ペウスは、灰狼牙のクアンの駆る緑板突垂角蚩凰と対する。兄ポレスの代理のような形での出場とはいえ、競技会に乗り気でなかった彼も、いざ戦いが始まるとなると、そう持ち前ののんきさでごまかすわけにもいかなかった。蚩凰用にあつらえた棍を構え、緑板突垂角蚩凰と向かい合った彼は、相手の動きをじっと待った。
腕の長さが自慢の緑板突垂角蚩凰に対し、ペウスの駆る大黒剛蚩凰は、並外れた甲殻の厚さと、膂力の強さで知られている。蚩凰剣の直撃を受けても、腕一つ切り落とすことは困難なほどに肥大している甲殻層は、逆にその動きを鈍らせるという皮肉な結果を生み出した。しかし、隈黒族で編み出された徒組と呼ばれる独特の体技は、「剣いらず」の蚩凰へと大黒剛蚩凰を変えたとされる。一度組み伏せられれば、その恐るべき膂力で、腕の一本などいとも簡単に引きちぎられてしまうのだ。
クアンの最初の打ち込みを受けるとそれを棍で反らしながら、その動きを崩した。ペウスは、右足をかけて押し倒し、後ろに素早く回り込み、棍を相手の両腕に絡めて、その動きを封じた。観客は、このすばらしく洗練された動きをする隈黒族の甲士に度肝を抜かれた。ポレスの欠場に失望していた彼らは、新しき隈黒族の勇者に惜しみなき拍手を送った。この勇者ペウスは、二回戦目も白狗牙族銃士隊のゲルデに無難に勝利した。
ランスの二回戦目の相は、灰狼牙族グアンの駆る深山板突垂角蚩凰であった。しかし、グアンは皇子の青月弓角蚩鳳の動きに全くついてこられなかった。湖国の民は、彼らの愛する皇子の活躍に大いに満足していた。同時に、その剣の中に息づく、剣聖キルディスの存在の大きさを改めて感じているのだった。
本命視されている白狗牙族のガレイは白虎節剃と呼ばれる蚩凰に乗り込んだ。剣崇ロマーナの蚩凰に近いその蚩凰を駆って闘技場に現れた彼を、観客は今までで一番盛大な拍手で迎えた。彼は、最初の相手プムセの三突黒剛角蚩凰をなんと隈黒族のお株を奪うような見事な徒組で組みふせ、これを撃ち破っていた。続いて、クリオスを破った馬弓族のカブロの湾刀角蚩凰を素早い数度の打ち込みでくだした。ランスの剣技とは異なる攻撃的な、先手必勝の烈火のような打ち込みであった。
もう一方の雄バーグは、灰狼牙族のケルンを一撃で打ち倒し、牛那族のイェンを下したシーバとの戦いに望んだ。この戦いは人々の予想だにしなかった結果に終わった。シーバは、バーグの繰り出す剣を十数度ことごとく紙一重でかわし、ただ一突きで彼の蚩凰の動きを封じたのだ。
優勝候補である犀甲族雪嶺殻士団員バーグの意外な敗退に会場は大いに沸いた。
三回戦は三日目に行われた。湖国の第二皇子ランスが対するのは白狗牙族銃士隊のガレイ。隈黒族のペウスの対するのは、謎の若者シーバであった。
戦いの朝、トガリは、シーバに火炎螺旋剣を渡した。
「大黒剛蚩凰相手には、こいつがいいだろう。いいか、相手は甲殻が分厚い。おまけに、ペウスとか言う奴の動きは隈黒族の大黒剛蚩凰にしては素早い。本身をつかわしてもらうように頼め。そうでなければ、お前に勝ち目はない。」
脇でカイナギが微笑んでいた。
「ラズーの奴にも見て欲しかったな。あいつめ、任務に欲を出したんだろう。まだここに来ない。」
「分かった。」
シーバはトガリの用意した蚩鳳剣を背負った。
ペウスには、ゴリアテが忠告していた。
「あの若造の蚩凰は紅鷺蚩凰という。素早い飛翔戦が売りものだ。おそらく、お前との戦いには、光翅を使ってくるだろう。だが、悲しいかな、大黒剛蚩凰は飛ぶには、向いていない。何とか動きを封じて、組み討ちに持ち込め。武具は、三鎖棍がいいだろう。」
ペウスとともにここに来ていた馬弓族のグウェンがペウスの肩を叩いた。
「俺の分までがんばってくれよな。」
「ありがとう。君も出たくてしかたないんだろう。」
「しかたないさ。予選で、あのバーグとあたっちまったんだからな。」
「そうだね。しかし、彼をも破った相手だ。油断はできないな。」
シーバは、審判に向かって本身の使用を願いでた。審判は最初は拒んだのだが、シーバと、その脇に控えるトガリは根気よく説得を続けた。
「大黒剛蚩凰の甲殻相手では並の剣では折れてしまう。試合になりませんよと。」
審判はついに、対戦相手が納得するのならと言うところまで折れた。ペウスは軽くそれを受けた。たとえ本身であっても、難なくかわせるだろう、それほどの自信を今の彼は既に身につけていた。
戦いは始まった。シーバの動きは今までとはまるで違っていた。これまでの対戦相手が、一撃でだったのに対して、激しい打ち込みが次々と繰り出された。それは、相手の呼吸を乱れさせて、一気に飛翔し、落下の勢いを利用して倒すためのものであった。一方的に防戦を強いられていたペウスが、反撃を繰り出そうとした瞬間、シーバの姿が消えた。
「上だ。」
ゴリアテは叫んだ。
シーバはいままで使っていた長剣を捨てると、背負っていた火炎螺旋剣を身構え、一気に下降した。
「まずい、螺旋剣とは。」
本身を使うのは、このためだったのか。ゴリアテは歯がみした。キルディスやロマーナも嘆息した。美しい火炎状の刀身をもつその剣は、柄に仕込まれた回転軸を押し込むことによって、大黒剛蚩凰の分厚い甲殻すら貫く事ができるのである。
ペウスは、片膝をつき、落下して来るシーバの紅鷺蚩凰に対した。かわすことはできまい。では。考える瞬間もないままに彼の体は動いていた。
二つの蚩凰が激突した。シーバは、胸腔を目指して剣を突き立てた。ペウスの繰り出した三鎖棍は、紅鷺蚩凰の頭部を横殴りに撃った。同時に、蹴り上げられた脚が、その太刀筋をわずかに狂わせた。火炎螺旋剣は、ペウスの大黒剛角の左肩にめり込み、彼の蚩凰を闘技場に釘付けにした。一方のシーバが駆る紅鷺蚩凰の頭部は、ペウスの一撃でゆがんでいた。
「いかん、このままでは、甲士までいかれるぞ。」
ゴリアテは試合の中止を求めた。これはペウスにとって、敗北を飲むのと同じであったが、シーバの一撃は、放置すれば、大黒剛蚩凰の左腕が持つ機能を失わせるものであった。
対するシーバも、辛うじて勝利を収め、蚩凰棟に戻ったものの、胸腔の中で、激しい目まいを感じていた。
「こりゃ、さっきの一撃のせいじゃないぞ。」
そういったのは、トガリであった。
「やはり、拒絶がはじまっちまったか。」
他人の蚩凰を自らの志意の強さで御する彼らにとって、ときおりこうした瞬間が訪れる。本来、血と魂を共有して初めて一体となる甲士と蚩凰である。そのつながりの無い以上、避けられない事態ではあった。
「次の決勝は無理じゃな。頭のほうは二、三日もありゃ、へこみがとれるじゃろう。いい蚩鳳とはまことに頑丈、頑丈。」
トガリは腕まくりしてその準備にかかった。 蚩凰の胸腔から降りたペウスの肩は、蚩凰同様に出血していた。彼と蚩凰の傷は、何とか塞がれたが、直るまでにはしばらくの休息が必要であろう。
「すまんな、みすみす負けを認めさせて。」
ゴリアテが気遣ってやってきた。
「いいんです。僕の負けでした。あのまま続けていたら、きっと逃げだしましたよ。生まれて初めて、恐いと思ったんです。だから、相手の頭を思いきり殴りつけた。僕の完敗です。」
「そうか、負けから学ぶことのほうが多いものだ。相手も棄権するそうだ。」
ゴリアテはペウスの手当をしながら話し続けた。
「えっ、そうですか。ひとこと声をかけて来たいんですが。構いませんか。」
「ふむ、いいだろう。」
しびれる左腕を肩から布で止められた後に、ゆっくりとペウスは、シーバのもとへ行った。
シーバは蚩凰の下に座り、こめかみをおさていた。トガリは、蚩凰の傷を治し終えた。「君の蚩凰は、大丈夫かい。」
ペウスはシーバにむかって声をかけた。返事は無かった。トガリが代わりに答えた。
「こいつも名のある蚩凰じゃ。隈黒族の一撃はそりゃこたえるが、使えなくなるというほどではないぞ。」
「そうですか。よかった。」
ペウスはほっとした。
「なにが、いいんだ。」
シーバが下からペウスを見上げた。
「俺は、あのときお前を殺す気で剣を打ち込んだ。それは、分かっているはずだ。逆に、こっちが死んでいても文句はいえないさ。」
「そうだね、僕も、きっと殺す気で、棍を振り回したんだろう。」
ふっとシーバの表情から殺気が消えた。
「お前は、強いな。」
シーバは、なおもぎらつく目でそう言った。
「俺より強い奴は、そういないだろう。昨日までそう思っていた。ここの皇子や、白狗牙族の若造より、お前は強いだろう。だが、」
「実戦なら、僕の負けです。」
ペウスの言葉に、シーバはにやりと笑い、うなずいた。
「お前は戦いには向いていない。」
納得したというようにペウスは笑い返した。
「そうかも知れませんね。あなたと会って初めて死ぬのが恐いと思い知らされました。」「戦場ではお前のようなやつとは会いたくないな。」
「僕も、同感です。」
怪我を理由にゴリアテに促され、ペウスは蚩凰棟を去った。
「不死王の傭具士長カイナギの入れこんでいるだけのことはあるな。」
ゴリアテはペウスに語りかけた。
「すごい腕ですね。」
「技術だけなら、お前のほうがはるかに上だが、奴には戦いの臭いが染み着いていた。実戦慣れしている分、奴のほうが強いな。」
「そういうものですか。」
「だから、廻国修行も成り立つわけだ。」
そう言うとゴリアテは笑った。
闘技場では、ガレイとランスによる事実上の決勝が行われていた。見ている者たちは、キルディスとロマーナの再来だと褒めそやしていた。ゴリアテの推すペウスの棄権をくやしがっていた者たちも、いざ試合が始まると、そんなことは忘れ去っていた。ガレイは、先端の広い湾曲した剣を用いていた。彼の父ガリアも「死神の鉈」と呼ばれる剣を使うことで知られていた。この剣は、断ち切る事を目的として作られていた。一方のランスは、師キルディスから、彼の譲り渡した、水月洵を使うように言われていた。
闘技場で向かい合った二人が互いの剣を身構えた。ランスの構えた蚩凰剣は、陽光をうけて、美しく輝いた。
その剣を見るなり、赤原公ロマーナはキルディスに向かって、叫んだ。
「キルディス、お前、水月洵を。」
剣聖と呼ばれた男は涼しげな瞳をかつての朋友に向けると、
「そうだ。譲ったのだ。殻士としての私は、もう終わろうとしている。この試合の後に、私自身がある男と立ち会うことになっている。昔の友人として、私の頼みを聞いてくれるかロマーナ。君に私の最後の試合を見届けて欲しい。ゴリアテ殿にも、そう頼もうと思っている。」
剣崇ロマーナは、かつての友がした決意の深さを知ってうなずいた。
「一つ尋ねてもよいか。」
「うむ。」
「相手は、だれだ。」
「今の、樹嵐で一番強いと思う男に頼んである。ただし、魔に魅いられし者どもは除くがな。」
「誰だ、そいつは。」
「残念ながら、剣崇殿ではない。」
「分かっているさ。俺ももう年だ。剣を握らなくなってからも随分経つ。いまさら、剣聖殿のお相手は務まらんさそれで相手は。」
ペウスの手当を終えたゴリアテが戻ってきて話に加わった。
「不死王の傭具士長さ。」
「なるほど、カイナギか。お前、それであの若造を推挙したのか。」
「ああ、立ち会ってくれるな。」
「わかった。」
ゴリアテは即答したが、ロマーナは黙ったままだった。
ゴリアテも、ランスの握る剣の意味に気づいていた。
「ペウス、皇子の持っている剣をよく見ておけ。あれは、天獣の剣の一つ、水月洵と呼ばれる剣だ。」
「えっ、それは剣聖殿の。」
「そうだ、皇子は、新しい剣聖なのかもしれん。キルディスがあの剣を託したのならばなあ。」
二人の話している間も、若者たちの戦いは続いていた。太陽は、天の高みから、この二人の若者を見守っていた。
撃ち合うこと、数十度、だが、互いの剣は相手の剣に阻まれ、一度も相手の体に達することは無かった。時だけが、二人の周りを過ぎていった。重いガリアの剣を受け止めるランスの水月洵は、刃こぼれひとつなく、相手の太刀筋を反らしていた。戦いが長引けば、重い剣を振り回すガレイのほうが分が悪い。
「しかけるか。」
ガレイは、最後の一撃を加えるために、攻撃の手を休め、後ろに下がった。
「ほう、あの構えは。」
「親父の技か。」
「少し違うな。」
ロマーナとキルディスは、ガレイの次の動作に見入った。
ランスは、相手の構えに対して、待ちに入った。
烈火のごとく、ガレイの剣は振りおろされた。受けることを許さぬ必殺の剣が繰り出されたのだ。剣の周囲に激しい戦気「琺」が集められる。左肘を胸につけたままで振りおろされるその剣は、受け止める相手の剣ごと、相手を袈裟がけに斬り倒す技、峰砂斗であった。父の技が琺を十分に乗せるのに対して、ガレイの技は素早く打ち出す点が異なっていた。
相手の動きを見切ったランスは琺が練られきる前に勝負を挑んだ。体勢を低くし、相手の振りおろす剣をかいくぐって、打ち込もうとしたのである。同時に、ガレイが動いた。ランスの意図を知り、脚を使って舞い上がった。二つの剣が火花を散らして交差した。ガレイの練っていた琺がランスの青月弓角蚩凰を炎となって包み込んだ。だが、その重い剣は、ランスの水月洵によって根元から断ち折られていた。
体表の甲殻をくすぶらせながら、ランスの青月弓角蚩凰は立ち上がった。剣を失った今、ガレイは敗北を認めざるを得なかった。
「もう少し、琺を練るのが速くなければ、使えんな。この技は。しかし、技の負けと言うよりは、あの剣に負けたな。」
そう納得するより他はなかった。天獣の剣は、彼の練る琺を拡散させ無効化するだけでなく、彼の剣すら打ち砕いたのだ。
数日が過ぎると、国中の熱気も少し薄れ、各国の来賓もほぼ帰国していた。




