第10章 |典伶《ロレイン》 ディヌーン
辺境とよばれる蓋縁には、人家は無く、行き交う人の姿もまれであった。豊かな自然に恵まれた葉の国に比べ、その真下に張り出したこの地は、同じ構造を持ちながら、太陽の光に恵まれないために荒れた土地が広がっていた。欝そうとした繁みの中には化獣が潜み、夜ともなれば人の生きることの出来ない土地と化した。
その蓋縁をあえて選び住む男がいた。彼は蚩凰の修繕をなりわいとする典伶であった。しかも、樹嵐において、彼ほど蚩凰の奥義を知り尽くすものはいなかった。故に彼の腕を見込んでやってくる甲士・殻士は後を絶たなかった。だが、彼は気に入らない仕事を受けることを拒むために、この辺境へと身を隠したのである。今、彼がこの地に住んでいるのを知るものはほとんどいなかった。
蓋縁のその庵を久しぶりに訪れた者があった。巨大な蚩凰を駆るまだ年若いその男は、主の不在を知ると。じっとその帰宅を待っていた。
庵の主である男ディヌーンが戻ったのは、若者が庵を訪ねてから五日後の事であった。
「何だ。お前は。」
「典伶ディヌーン様ですか。はじめまして。私はアースと申します。」
若者を下からギロリとにらみつけるとディヌーンは尋ねた。
「甲士か。」
アースは跪いて答えた。
「はい。」
ぷいっと横を向いてディヌーンは話を続けた。
「蚩凰なんぞ見んぞ。誰か別の者に頼め。」
アースは少し悲しそうな顔でディヌーンに語りかけた。
「やはり、だめですか。」
ディヌーンはアースの後ろに立つ蚩鳳を見上げながら言った。
「見たとこじゃどこも壊れたところは無いだろうが。」
振り返りながらアースは答えた。
「外見はそうでしょう。しかし、心が。」
納得したようにディヌーンは話を続けた。
「ふむ。お前さんみたいな若造が乗るとよくそうなる。困ったことだわい。」
再びディヌーンを見つめてアースが尋ねた。
「僕にでも治せる方法はないでしょうか。」
カラカラと笑いながら腹を押さえたディヌーンが答えた。
「無いな。わしにも、蚩凰の心はままならん。お前さんにできるぐらいなら、わしらの仕事は無くなるよ。ところで、誰にここのことを聞いた。」
ふたたびディヌーンの目つきが鋭くなった。
「剣狼ゴリアテ殿です。これを届けてほしいといって、預かってきました。」
アースは庵の主に預かってきた包みを手渡した。
ディヌーンは、包みを広げた。中にはいくつかの宝石のかけらが入っていた。
「くっ。ゴリアテの奴め。ようやく約束を果たすというわけか。わかった、見るだけはみてやろう。だが治せる保証はないぞ。」
ディヌーンは、アースの蚩凰へと向かった。
「お一人でここに住んでいらっしゃるんですか。」
アースは尋ねた。
「悪いか。」
「いえ。ただ少し故郷の家に似ているので。」
「なんだ、獅子吼の家はこんなに薄暗くないぞ。」
アースの蚩鳳を触りながらディヌーンは尋ねてきた。
「いえ。僕は根の国に住んでいたんです。」
「ほう、鹿晋の村にか。」
「はい。」
「そうか。では、ケイロン殿を知っているかい。」
「えっ。」
「洞ん翁といったほうが鹿晋族の者には通じるがな。」
「あっ、はい。村ではずいぶんお世話になりました。」
「そうか。ケイロン殿は息災で居られるか。」
「別れてからもう、一年前になりますが、その時は元気でした。」
「ふむ。」
「弟子はお取りにならないんですか。」
「息子が一人いたが、死んだよ。それきり、弟子はとらんことにした。わしの知っていることはすべてわしとともに消える。」
アースは次の言葉が出なかった。確かに偏屈な面も持っているが、この男の抱える悲しみの一端を覗いてしまったような気がした。
アースは蚩凰に乗り、旅装を解いた。
ディヌーンは、道具を取り出すと、アースに代わり胸腔に入り込んだ。しばらくしてから大声で叫んだ。
「そうか。わかったぞ。ワッハハハ。この蚩凰の心は眠っているんだ。別にお前さんを拒んでいるわけじゃなさそうだ。誇り高き一族の蚩凰だけに厄介だが、お前さんを乗り手として認めようとせんのじゃ。」
「どうすれば。」
「まずはお前さんがこの蚩凰にふさわしい男になることだよ。」
「ふさわしい?」
「お前の名前は?」
「アースです。」
「獅子吼吼族の名によく使われる言葉だな。希望か。それとも大地か。どちらにせよ、その名にふさわしい男として蚩凰を駆るなら、こいつは再び眠りから覚めるだろうよ。」
庵を照らし出した夕日に目を細めながら、主は呟いた。
「大王角蚩凰か。よくぞ、残っていたもんだな、こいつが・・・。見ているだけでわくわくしてくるぞ。」
「羽化したばかりで、戦ってしまったんです。それからは、心を閉ざしてしまって。」
「そうかい、しかし、歩かせるのは出来たんだな。」
「ええ、洞ん翁、いえ、ケイロン師でも、これ以上はできないと。」
「ふうむ、歩けるだけでも大したもんだい。さすがは、ケイロン殿の腕だな。お前さんも荒っぽい使い方をしたのだろう。」
「三騎の蚩凰を一度に相手にしました。その後、不死王近衛殻士とも。この蚩凰やケイロン師の庵を守りたかったんです。」
庵の主は、再び、大王角蚩凰の胸甲を開けさせると、中に入り込んだ。
「おい、その水晶球を取ってくれないか。」「これですか。」
アースは卓の上の水晶球を取り、梯子を登るとそれをディヌーンに手渡した。
ディヌーンはそれをかざして、神聖語を呟いた。
「ホワ サオン。」
水晶球はまばゆいばかりの光を放った。アースは瞼を閉じた。しかし、その光は閉じた瞳をも焼き尽くすのではないかと思われるほど強かった。
「ふうん。やはりな。」
「どうですか。」
「こいつは、治るかもしれん。お前さん次第だがね。」
ディヌーンは、アースに微笑んだ。
「荒療治になるかもしれんが、試してみるか、若いの。」
「はい、この大王角角蚩凰が元に戻るなら。」
「わかった。では、大王角蚩凰はここにおいて行け。お前だけで、この先の湖に浮かぶ島へ行け。そこに古い共会が建っている。その共会の中から、これと同じ水晶を見つけてこい。ただし、島は厳獣だらけだからな。裏の倉庫にいって、鎧と剣を見繕ってから行けよ。」
「わかりました。でも、湖はどうやって渡れば。」
「最近まで渡し守のじいさんが住んでいたんだがな。ここんところ巡礼も来なくなったんで引き上げちまったよ。舟はそのまま残っているだろう。」
「もし島で他の者にあっても、わしの名は話すなよ。」
「わかりました。」
「行ったか。まことにあの男が白き星の定めにあるなら、真実の水晶を見つけ出せるだろう。そうでなければ、死ぬことになろう。よいのか、ア・マリンよ。」
「ケイロン帥も承知の上で、ディヌーン殿の下へとよこしたのでしょう。どのみち、水晶がなければ、彼の大王角蚩凰は動かなくなるのですよ。」
「それより、玄の姫巫のほうはどうなのだ。ア・マリン。獅子王党の動きだけでは、かえって火に油を注ぐことになるぞ。」
「今の負傷した私の力では、どうにもできません。定めの星の子らが一つに集う時を待つしかないのです。成就の刻をね。」
湖とはいっても、湖国のような大きな湖ではなかった。しかし、緑色の湖水は冷たく、深かった。アースは、半ば水に浸かった丸木舟を湖岸に引き上げ、水をかきだすと、再び湖水に浮かべた。湖の中ほどに浮かんだ島は、小高い丘のように一面潅木に覆われていた。ところどころ蔦に覆われた石造りの建物が覗く。これが、ディヌーンの言っていた共会なのだろう。
舟を島に向けたアースは、ゆっくりと櫂を動かした。
「ここの水の色は根の国にあった鏡池の色に似ているな。みんなは元気でいるのだろうか。」
島の岸辺には、石を切り出した船着き場と、石畳の参道が残されていた。参道の石の間から、丈の高い草が伸びていた。
突然甲高い鳴き声と共に、一羽の挙鳥が舞い降りてきた。アースは背に負った剣を抜き放ち、その動きを追った。
挙鳥は翼をたたみ、速度を上げてアースに襲いかかった。その鋭い爪が、アースの体を捉えようとした。アースは、足ごと、その鋭い爪を薙ぎ払った。挙鳥のくちばしが頬をかすめた。おびただしい血と共に、挙鳥の足首が中を舞った。甲高い声で再び叫んだ挙鳥は、そのすさまじい早さのままで飛び去っていった。
共会の中庭に、一人の男がたたずんでいた。金色の髪を肩に束ねた、浅黒い肌のその男はアースに気づかず、祈りを捧げていた。
「君も、試しを受けに来たのかい。」
若者はアースに気づくとそう言った。
「僕はカイン。黒狼牙の従士カイン・カール・ケルヴェル。」
「いや、僕は水晶球を取りにきただけだ。僕は、アース。」
「アースか。よろしく。この島のことを知っている人が呟道の巡礼や、聖理帥や身徒の他にもいたなんてね。でも君の捜している水晶球こそ、試しの一つなんだよ。」
「試しというのはなんのことですか。」
「真に優れた聖理帥、身徒殻士であることを示すために、この島には、三つの試練が用意されているんだ。剣の試し、杖の試し、そして石の試しがね。僕は、身徒殻士として一族から認められるために、剣の試しを受けて、その証しを持ち帰るのさ。」
「剣の試し?」
「そう、ここには、かつて樹嵐で活躍した殻士と蚩凰達の剣がいくつか納められている。そのうちの一つを持ち帰ればいいのさ。」
「他の二つは。」
「くわしくは知らないけれど、杖の試しは聖理帥の位を授かるためのもの。石の試しは、真の王と呼ばれるためのものだそうだ。ほら、あの男は、帰ってきた。杖を持って。どうやら、うまく行ったらしい。」
その男の頬は擦り切れて少し血がにじんでいた。外套も、ところどころが焦げ付いたり、かぎざきができたりしていた。右手には、しっかり杖を握りしめていた。
「カリギヌ。」
「カイン。どうやら、認められたようだよ。私も。少し疲れたから、共会の中で眠らせてもらう。君はいつ行くんだい。」
「明日には、祈りの儀式がおわるから。」
「そうかい。がんばって欲しいな。ああ、新入りさんか。君はどの試練を?」
「彼はアース。石の試しを受けるそうだ。」
「本当か。気をつけろよ。杖や剣の試しは、実力を十分つけてから臨むから、あくまで儀式的なものだが、君の受けようとする石の試しは、命に関わるそうだからな。」
「そうだね。しかし、君のその格好からすると、杖の試しというのも命がけに見えるよ。」
「元々の塔が失われてから、つまり不死王に奪われてから、聖理帥になるために、杖の試しを受ける者はめっきり少なくなったからね。ここに捕らわれて試しに利用されている魍魎たちも力が余っているのさ。」
「そうか。とにかく休んだ方がいいな。一眠りしてこい。晩飯の用意は僕がしておくからさ。」
「そうかい。ありがとう。」
カリギヌは、少し左足を引きずりながら潅木の茂みの向こうに消えた。
「彼が、最期の大聖理帥になるかもしれないな。このままじゃ。」
そうつぶやくカインの横顔はすこしさびしげであった。
「聖理帥か。僕も一人だけ知っているな。」
アースは少年の頃出会った大きな聖理帥のことを思いだした。
「彼も、空を飛んだりできるのか。」
「飛空ができるとは、すごい聖理帥の知り合いがいるものだね。そんな高度な技、誰もが使えるものじゃないよ。」
「そうなのか。」
「失礼、少し祈りを続けていいかい。明日のために。」
「じゃあ、食事の用意は僕がしようか。」
アースがカインに話しかけた。
「ありがとう。共会のなかに、調理具と食料がある。よかったら三人の分をたのむよ。」
カリギヌが目覚め、カインが祈りを終える頃には、アースの作るフクランも仕上がった。
「いいにおいだなあ。」
「こりゃうまそうだ。」
「さっそくいただくとするか。」
「ところで君はどこの共会で学んだんだい。アース。」
「僕は、その、身徒じゃないんだ。祈りの仕方も知らないんだ。」
「えっ、身徒でもないのに、どうしてこの島のことや、試しのことを。」
「ある人に頼まれたんだ。どうしても水晶球が必要なんだ。」
「しかし、身徒としての守護も得られずに、石の試しに挑んだ話など聞いたことがないよ。死ににいくようなものだ。身徒の僕ですら、こうして、祈りの儀式をして、心を高め、守護の力を得てから挑むのだから。」
「どうしてもいかなくてはいけないんだ。大切なものの命に関わることだから。」
「カリギヌ。どうしたらいい。」
「身徒でないとすると、われわれは何もしてやれないな。」
「いまここで洗礼を施したらどうだろう。」
「そんなことは、僕たちの権限ではできないよ。カイン。」
「でも、このまま、石の試しをさせたら。」
「そうか。では、祈りの言葉をいくつか伝えよう。身徒でも聖理帥でもない君に伝えられるのは、ごく一部の許された祈りの言葉だけれど気休めにしてほしい。」
「ありがとう、カリギヌ。」
「じゃ、僕に続けて。」
「ミコミ コウカ ナワヨ コナミ ナウカ タワ モ ヒスタ ミワ コミン ロ
ヘア ホ ヨ クタ クマ モヒ コノリ エオン ネ キレ。」
「美しき光の下 集いし すべての同胞に加護あれ。か。」
「どうして、古代詠唱語の意味を。」
「昔、ある人が教えてくれたんだ。」
「君は、見た目は甲士のみたいなのに。」
「その通りだ。」
「古代語を習ったことのある甲士だって。神聖語をすべて習得した聖理帥だって少ないんだぞ。」
「そうか、古代語が詠めるのなら。カイン、巻物を預ければ、必要に応じて詠んでもらえばいいな。」
「そうか。さすがは、杖の持ち主。」
「ここの共会にあった巻物なら、拾ったことになるから。拾い主が、たまたま、古代語を詠める者だっただけだからな。」
「ありがとう、カイン、カリギヌ。」
「さあ、巻物を取りに行こう。」
「試し 入り口は三つ。出口は一つ。勇者の力・・・剣の試し。 賢者の叡智・・・杖の試し。王者の心・・・石の試し。挑みたる者数多く、戻り来る者少なし。汝、踏みとどまるならば、この門に入ることなく故郷に帰るべし。」
アースは、共会の庭園の石門に掲げられたその言葉を読み上げた。
「帰るわけには行かない。」
カインはすでに昨日、この中に入っていった。カリギヌは帰ってきた。
杖の試しと剣の試しは、自分の心に共鳴する杖や剣を一つ持ち帰ればよいのだそうだ。それが自分の剣となり。杖となる。しかし、石の試しは、無数の偽物の中から、たった一つの本物の水晶球を持ち帰らなければならないのだ。
共会の庭園は緑の迷宮となっていた。青薔薇の垣根が、高くそびえ、視界を狭めていた。同時に、いく筋もの枝道が、前方に広がっていた。
「己が信ずる道を進むべし。」
句はそう結ばれていた。
「僕は僕の道を行こう。」
アースはそうつぶやくと歩み始めた。
程なく道は広場に当たった。
「剣の試し」
いくつもの剣が磐杉という磐杉に突き立てられていた。尋常の力では抜けそうもなかった。一つの彫像が中央に置かれていた。
「剣の試しを受けられるものよ。己が欲する剣を求めよ。」
彫像の胸の下にはそう刻まれていた。カインは一つの剣の前にひざまずいて祈りを捧げていた。
アースは一礼すると、カインの気を乱さぬように奥への道を進んだ。
道はまもなく枯れた林にぶつかった。枝という枝が、深いしわを刻んでいた。
「杖の試しを受けられるものよ。汝の求める枝を手折るがよい。」
ここでカリギヌは、自分の杖を手にしたのか。
アースは先を急いだ。道はここから薮の中にと続いていた。さきほどまでとは違い、欝そうとした薮の中は、薄暗かった。
挙鳥が何度か襲いかかってきたが、カリギヌからもらった巻物を読むと慌てて藪の中に消えていった。小屋ほどの大きさを持つ炎蛇にも遭遇したが、最初の巻物とは別のものを読み上げると静かに眠ってしまった。
「もらって良かったな、この巻物。」
それから半日近くも、アースは薮の中を歩き回った。同じところを何度もぐるぐると回っているのだ。さきほどの剣の試しや杖の試しの場所に戻ることすらできなかった。疲労と、焦りがアースの心を蝕み始めた。疲れ果てて、空腹に耐えかねたアースは、地面に座り込んだ。そして、彼は空を見上げた。赤く色づいた空が薮の木々の間から微かにのぞいた。
「焦るな。落ち着くんだ。アース。そうだ、洞ん翁との時のように、心の目を開くんだ。」
アースは神聖語を素早く唱えた。目が見えないものの真実の姿を写しはじめた。
その時アースの足元で無数の光が瞬いた。
「石の試しを捜すものよ。真実は、常に身近なところに隠されているものだ。」
そこには石版に刻まれた句があった。
「石の試しを受けるものよ。本物は一つ。紛い物は無数。真実は砂のように儚く、真理は山のように重い。古の賢者が残せし、真実の水晶球を手にせよ。」
同じ様な半透明の球体が百個余りは転がっていた。アースはその中からたった一つの本物を手にしなければならないのだ。透き通った石はどれも同じように見えた。だがわずかずつ、色が違った。青みを帯びたものや、赤く澄んだもの。流れる水のようにゆらめくもの。黄金の光を放つもの。百個余りの石の一つ一つがわずかずつだが違う色をしていた。「ディヌーンの持っていた水晶球と同じものを見つければいいのか。でもどれが同じなんだ。」
アースは途方に暮れた。あの時の水晶は色なんかついていなかった。
いや、違う。アースは思いだした。あの瞼ごと焼き尽くすような強い光を。
「ホワ サオン。」
アースの祈りの呟きに併せて、一つの石が輝いた。アースはそれを手に取ろうとした。指先が石に振れようとしたその瞬間、アースは、手を止めた。
「違う、これじゃない。」
アースは瞳を閉じた。そして、違う石が光を放っていることに気づいた。目を開けたアースはその石を見つめた。丸い形はしているものの、それは共会の白い壁と同じ様な石の球であった。
「本当にこれなのか。」
アースの心にためらいがあった。アースは再び目を閉じた。
「信じよう。自分の心を。」
アースは瞳を閉じたまま、その石をつかんだ。白い石はやはり、変わらぬままであった。
「本当にこれでいいんだろうか。」
アースの心は迷った。
「いいや、これでいい。いろいろな人に出逢い、今、僕はここまで来れたんだ。その僕を信じよう。」
アースは立ち上がった。薮の中の道を一歩一歩教会へと進んだ。
教会では、カインがアースを迎えてくれた。
「無事だったんだ。よかったな。で、水晶球は。」
「これだと思って拾ってきたんだ。でも、ただの白い石なんだ。」
アースは、例の白い石を取り出してカインに見せた。
「石の試しから、無事に戻って来れただけでも、良かったのかも知れないな。カリギヌはもう行ってしまったし。」
「そうか。」
「僕も明日立とうと思う。一緒に立とう。アース。食事をとるといい。」
「ありがとう、カイン。」
「ああ、これが僕が得た剣だ。」
カインは、黒い鞘に銀で縁どられた象眼を持つ剣を差しだした。
「黒狼牙の名殻士イリュートの剣だ。」
「ずばらしい剣だね。」
「ありがとう。きっと君の白い石にも、何かの意味があると思うよ。」
食事もそこそこに、アースは深い眠りに落ちた。
翌朝、二人の若者は共会を後にし、森の中で別れた。
「よかったら、一緒に来ないか。君なら、すばらしい身徒になれそうだ。」
「ありがとう。でも、僕を待っている人がいるんだ。」
「そうだったね。もし、黄台の黒狼牙の街へ来るときがあったら、ぜひ共会へ訪ねてきてほしい。」
「わかった。」
「きっとまた会えるよ。」
「そうだね。」
カインは、一礼すると森の中へと静かに消えて行った。アースは、ディヌーンの庵へと急いだ。
ディヌーンは、アースの蚩凰の胸甲をを開けてのぞき込んでいた。
「もどったか。」
「はい。」
「で、水晶球は。」
「僕は、この白い石しか拾いませんでした。この石が、僕を呼んだような気がして。」
そうつぶやくと、アースは白い石をディヌーンに手渡した。
「そうか、石が呼んだか。確かに、どう見ても水晶球には見えんだろうな。」
「やはり、これではないんですか。」
「よく、こいつがわかったな。たいしたものだ。お前さんは。さて、ホワ・サオン。」
ディヌーンが祈ると白い石は、まばゆい輝きを放ち、みるみるうちに透明な水晶球に変化した。
「王たるものの心の証し。我らは、ここに汝を王たる資格ありと認む。」
ディヌーンはそう呟いた。
「では、この石であっていたんですね。」
アースはほっとため息をついた。
「そうだ。どうやら、心の目で選んだようだな。ケイロンの教えに感謝するがいい。ほら、お前の蚩凰も目を覚ますだろう。乗ってみるがいい。」
ディヌーンに促されて、アースは大王角蚩凰へと乗り込んだ。
「託言の子は、再び力を得た。」
ディヌーンのその言葉はアースに届かなかった。
「何もしないでいいんですか。その石を使うんじゃなかったんですか。」
「お前は、石の試しを経てきたんだ。その蚩凰は、お前を認めるだろうよ。自分の主にふさわしいものとして。」
アースの心に再び、あの一体感が戻ってきた。四肢の動きに呼応して、大王角蚩凰が動いた。
「ありがとうございます。もう二度と、こんな心になれないと思っていたのに。」
「お前自身で得た力じゃ。どれ、この水晶球を、その大王角蚩凰の額に埋め込むとしよう。」
ディヌーンは、アースを大王角蚩凰から降ろし、それから三日かけて、水晶球を大王角蚩凰の額に埋め込んだ。
三日後の朝、ディヌーンはアースを見送りながら言った。
「これから、どうする。」
「獅子王党のコモドアさんとインディアさんの所へ行ってみようと思います。」
「そうか、獅子王党か。うむ。あまり、勧めたくはないが。」
「どうしてですか。」
「これは、余計なことをいった。自分自身の目で確かめよ。獅子王党とそこに集う人々をな。それが、王者たるものの務めだからな。」
アースは、ディヌーンに感謝しつつ庵を後にした。




