帰り道
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「...えーと、これってもう今日帰っていいのか」
少しだけ周囲を見回しながら、俺はフィーネに声をかけた。
ギルドの中は、さっきまでの緊張が嘘のように落ち着きを取り戻し、
冒険者たちもそれぞれ元の会話や作業に戻っている。
「あ、うん。大丈夫だよ」
フィーネは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、
それから小さく頷いた。
どこかまだ気を張ったような、その声と表情が印象に残る。
「けど凄いね、さっきの魔法。属性は風?」
「ああ、じいちゃんと同じだ」
自然と胸が張る。
誇らしい、というよりも、
それが当たり前のことだと思っている自分に気づいて、少し不思議な気分になる。
「ねぇ、さっきの魔法だけど」
フィーネはそこで言葉を切り、
何かを言いかけて、踏みとどまったようにも見える。
「ううん。何でもない、今のは忘れて」
そう言って顔を上げた彼女は、
先ほどまでの逡巡を隠すように、軽い笑顔を浮かべていた。
「カタリヤちゃん、どうだい。これから二人でご飯でも食べに行かないかい」
その空気を壊すように、
軽い調子の声が割り込む。
振り返ると、いつの間にかジョンが戻ってきていた。
「はぁ~、あの馬鹿は……」
フィーネは額を押さえ、心底疲れたように息を吐く。
「ジョン、あんたはこれからマスターの説教があるでしょ。逃げたら余計長くなるわよ」
「うっ!」
言い訳を考える間もなく、
ジョンの体が分かりやすく固まった。
「カタリヤちゃん、この馬鹿の相手は私がしとくから、今日はもう帰りなさい」
「お店の手伝いもあるでしょ」
「はい、そうします。今日はありがとうございました」
カタリヤは丁寧に頭を下げ、
その仕草に育ちの良さが滲む。
「私も久々に話せて良かったわ。近いうちにお店にも行くわね」
「僕もカタリヤちゃんに会いに行くね」
「お待ちしてますね」
「ルーツも、また明日」
「ああ、今日はありがとう」
そうして俺とカタリヤは、
ギルドの入口で二人に見送られながら外へ出た。
夜の空気が、ひんやりと肌を撫でる。
ギルドの中の熱気が、嘘みたいに遠ざかっていった。
「それじゃ、帰ろっか」
「せっかくなら、どこか他に寄りたい所とかある?」
「いや、大丈夫だ」
「なら家に直行だね」
「けど結構遅くなっちゃったな。準備に間に合えばいいけど」
その言葉を聞いて、俺は足を止める。
そして何の前触れもなく、カタリヤの前に右手を差し出した。
「どうしたの、ルーツ?」
「約束」
一瞬、きょとんとした顔をしたあと、
カタリヤははっとしたように目を見開いた。
そして、思い出したように小さく笑い、
迷いなく俺の右手を握る。
次の瞬間、
地面との距離がふわりと遠ざかった。
「あはは、凄い。私ほんとに飛んでる」
弾んだ声とは裏腹に、
カタリヤの指先には、ほんの少し力がこもっている。
「方角はこっちで大丈夫?」
「うん、多分」
「と言っても、私も聖都を上から見たことないから、何となくだけど」
俺たちは、聖都の壁よりもさらに高く、
夜の空を静かに進んでいた。
「けど、聖都ってほんとに丸かったんだ」
眼下に広がる街を見下ろしながら、
カタリヤは感心したように声を上げる。
光の輪郭が、確かに円を描いていた。
やがて彼女は、
その視線をある一点に留めた。
「……綺麗」
俺も同じ方向を見る。
壁の向こう、砂の海の彼方へと、
光天が静かに沈みゆく。
昼と夜の境目が、ゆっくりと溶けていくようだった。
「そうだな。綺麗だ」
その言葉は、
景色だけに向けたものじゃなかった。




