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教国共和国護衛依頼編⑦

「ユート、ユートッ!! 返事をしなさい、ユートッ!!」


 バイクを運転しながら、フィリアは背後で自分に大きく寄りかかる人物に何度も何度も大声で呼びかける。虚ろな呟き声が聞こえるが、意識の確認が取れるような返事が返ってこない。彼の背中の胸部に突き刺さった短剣の傷は深いが、それでも致命傷を避けている以上は十分治癒可能なはずであった。しかし、彼女が運転しながら彼に治癒魔法をありったけかけても、傷が治癒されていかない。それどころか、時間が経つにつれ、徐々に傷が広がり出血量も増えているようである。


「共和…、国に…、着いたら…、門番に…」

「ユート、しっかり気を持って!! このままじゃ、あなた死ぬわよ!?」

「俺の…、名前を…。ババアを…、呼べば…」


 とうとう、呟き声すら途切れてきた。事態は一刻を争う。彼女はできるだけ背後の彼に衝撃がいかないようにスピードを調整しつつ、それでもその中で出せる最速のスピードで荒れた路面を疾走していく。


「ユート、しっかりしなさい!! 二人で生き残るって、そう約束したでしょ!? これで死んだら、私あなたのこと絶対に許さないんだから!!」

「……………」


 もはや、返事はない。彼女も分かっているのだ、この状況を招いたのは自分自身であると。彼は自分を庇い、このように傷ついてしまったのだ。自分自身への不甲斐なさに対する失望と、彼が死の間際にいるという焦燥感やパニックと、約束を違えそうな彼へのほんの少しの怒りが、彼女の腹の中でないまぜになりながら形容しがたくとぐろを巻く。返事がないと分かっていても、それでも彼女は、彼への呼びかけを止めなかった。

 共和国まで、あと数刻。フィリアの思いとは裏腹に、彼の傷は徐々に徐々に広がっていく。彼の腰にかかっている黒鞘の刀が、鈍く輝いているのだった。






 共和国の関門が見えてきた。フィリアは引き続きバイクを運転しつつも、外套のフードを深くかぶり直し、仮面をつけて自らの正体を最低限隠す努力をする。そしてそのまま、関門に突入する勢いでバイクを突っ込ませた。


「お、おい! 何者だ、止まれ!!」


 関門の門番が突っ込んできたバイクの影を制止させようとする。フィリアはバイクから降り、ゆっくりとユートを地に伏せつつも門番に大声で声をかけるのだった。


「銀等級の冒険者、ユートが負傷し、意識がありません! 至急ギルドに要請をお願いします、あとギルド長を!!」

「なっなに!? 本当か!? おい、おいユート!!」


 門番も負傷している人物にどうやら気づいたようだ。ユートと知り合いなのだろう門番が懸命に呼びかけても、相変わらず返事はない。


「分かった、今すぐギルドに行ってくる!! あんたは…」

「私はここで、引き続き彼に治癒魔法をかけ続けます! 傷がなぜが徐々に広がっているんです、急いで!」

「了解だ!」


 そうして門番が慌ててギルド本会館がある方向へ走ってゆく。意識のない彼に引き続き治癒魔法をかけながら、フィリアは何度も汗ばむ手を握り返すのだった。






「た、大変だ!!」


 ギルド本会館の扉が慌ただしく開かれる。朝のピークの時間を過ぎているとはいえ、ギルドの中はやはり多くの人でにぎわっていた。しかし、突然の来訪者により、その場は静まり返っていく。来訪者の近くにいた冒険者が、慌てる来訪者に声をかけた。


「おいおい、落ち着けよ門番さん。いったい何があったんだ?」

「おお、アレクさんか!? やばいんだよ、ユートが意識のない状態で帰ってきた!」


 その言葉に、声をかけた冒険者は目を見開く。そして事態は急を要すると判断したのだろう、周りの冒険者やギルド職員に指示を出していく。


「ユートが今いるのは教国側の関門か?」

「ああ、そうだ! あと、連れの奴がギルド長を呼んでくれって…」

「エマ! 今すぐ関門に向かうぞ! オリーヴァちゃん、至急ギルド長に連絡を! あと、他に手の空いてるやつは、一応ギルドの医務室を開けておいてくれ!」

「分かったわ、この中で治癒魔法を使える人は? 今手を挙げてくれた子たちもついてきて、きっと総力戦になるわ」

「承知しました、ギルド長を呼んでまいります!」


 そうして、アレクサンダーとエマ、治癒魔法が使える何人かの冒険者が門番を連れて関門に戻り、オリーヴァや他のギルド職員が指示された内容を実行するために動き出す。粛然としていたギルド内は、再度騒然さを取り戻すのだった。






 関門の前。フィリアが神妙な面持ちでユートに治癒魔法をかけていると、向こうから門番と引き連れられた数名がこちらに走ってきた。どうやら、門番はギルドから無事応援者を呼んできたらしい。


「ユート、おいユート!」

「ダメね、意識がない。治癒魔法のお陰でなんとか脈は保っているけれど、血を流しすぎてる。このままじゃ時間の問題だわ」


 到着するや否や、アレクサンダーがユートに声をかけ、エマがユートの状態を確認していく。そしてエマは、おそらく同行者であり、治癒魔法をかけ続けている少女に声をかけるのだった。


「あなたがユートの依頼人? 傷の詳細を教えて」

「はい、今日の明け方、襲撃者から逃げる寸前で、ユートが私を庇って背中に投擲を食らってしまったんです。何とか致命傷は避けたようですが、治癒魔法をかけても傷の広がりが止まらなくて…。それで、バイクを運転しながらずっと背中に治癒魔法をかけ続けて、なんとか傷の進行を遅らせつつここまで来ました」


 フィリアの言葉にエマは驚く。時刻は正午より少し前、日が明けてもう久しい。通常、治癒魔法は魔力量の多い者でも小一時間もすれば魔力が尽きてしまう。それなのに今日の明け方から絶え間なく治癒魔法をかけ続けるとは、この少女の生命属性の適性と魔力量はどれほどのものだろうか。


「それ程ずっと治癒魔法をかけているのに、傷の進行が止まらないのね…。幸い、外傷自体は当たり所がよかったみたいだけど、これは…」


 エマがユートの背中に深く突き刺さっている短剣を見る。その短剣は、なにやらおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。


「多分、この短剣が原因ね。とても強い呪いが込められている…。こんなに強く持続する呪いなんて初めて見たわ。これじゃ共和国の医者に見せても治療できない。呪いの解呪に精通している人に見てもらわないと」


 通常呪いとは、魔力が残留し続け、その魔力によって対象に害を与え続ける現象のことである。昔は呪った張本人を殺せば呪いが解呪されると信じられていたが、今ではその呪いの魔力属性の種類を正確に把握し、どのように害を与え続けているのかを把握した上で治療しつつ魔力を引きはがすことが解呪のセオリーとなっている。


「ギルド長に見てもらいましょう。あの人であれば、何の呪いか分かるかもしれない。となると、運び込むのはギルドの医務室がいいわね。アレク、ギルドの方に医者を呼んできて」

「分かった、すぐ行く!」

「あなたは、少し休みなさい。治癒魔法をかけ続けて、顔面が蒼白だわ。大丈夫、私も治癒魔法を使えるし、治癒魔法を使えるような人間も集めてきたから、代わり替わり治癒魔法をかけることができるはずよ」

「あ、ありがとうございます、でも…」

「いざとなったら、またあなたの力を借りるわ。だから今は、しっかり休憩して魔力の回復に努めること。いいわね?」

「…はい、分かりました」


 エマが、心配そうにしているフィリアを諭し、治癒魔法を交代する。そうして、冒険者の誰かが持ってきたのだろう、いつのまにか用意されていた担架にユートを担いで、一同はギルド本会館の医務室に向かうのだった。






 ギルドの医務室の前で、フィリアが手持ち無沙汰にうろついている。ユートが医務室に運ばれ早一時間。共和国の病院から医者が到着し、先ほどギルド長と思われる人物も医務室の中に入っていった。現在はエマを筆頭に治癒魔法が使える人材と医療関係者、そしてギルド長が医務室の中でユートに治療を施しているのだった。


「やれやれ、毎度のことながら、あやつはいつもギリギリの状態で帰ってくるのう。心配で肝が冷えるわい」


 どうやら、ギルド長らしき人物が医務室から出てきた。フィリアは、逸る気持ちを抑えつつその人物に話しかける。


「お初にお目にかかります。あなたが、“掃滅の魔女”殿ですか?」

「ほっほっほっ。その通り名で呼ばれるのは久しいのう。いかにも。儂がかつて“掃滅の魔女”と呼ばれ、今ではギルドの統括を担う、しがない婆さんじゃよ。初めまして、可愛い聖女候補殿。儂の名はマーリンと申す、貴殿の名は?」


 自らのことを婆さんと自称し、またその話し方も老人のそれであるマーリンだが、しかしその声色や容姿、身長は老人とは似つかない者だった。どの要素を見ても幼いのである。まるで12歳前後の少女のような面持ちで老人のような立ち居振る舞いをするその姿は、どこかアンバランスさを感じさせるものだった。低い身長に似合わない杖とぶかぶかの魔女帽子が特徴的である。


「私の名はフィリアと言います。それで、ユートの容体は…?」

「ふむ、何とか一命はとりとめただが、このままの状態であれば長くないじゃろうな。呪いの種類は分かったのじゃが、いかんせん強力すぎるものでのう…。このままでは呪いが解呪されず、そのままお陀仏になってしまうの」

「そんな、何か方法はないんですか⁉」

「あるにはある。呪いを解呪できないのであれば、呪いを抑え込んでしまうほどの強い措置を施せばよいのじゃ。しかし、そのような措置は人間の手では不可能じゃろうな。まさしく神の手でなければ行えないじゃろうて」

「本当に不可能なんですか!? 私、彼が生き残れるならなんでもやります! 約束したんです、必ず二人で生き残るって…。お願いです、僅かの可能性でもリスクが高くてもいいですから、教えてください!」

「落ち着きなさい。貴殿がその様子では、助かるものも助からんぞい?」

「でも…、私…っ」


 フィリアが涙を懸命にこらえながらマーリンに嘆願するが、その言葉は段々と尻すぼみになっていく。フィリアの様子を見てマーリンは彼女の手を握り、ゆっくりと丁寧に撫で始めた。


「よいか? もしもユートを助けられるとすれば、それは貴殿の働きだけじゃ。本当にユートを助けたいのであれば、心を平静にし、適切に貴殿の力を使うしかない。逸る気持ちは分かるが、ひとまず深呼吸すること。こういう時にこそ、冷静な理性が必要なのじゃよ」


 ゆっくりと手を撫でられて、数秒。マーリンの穏やかな口調と振る舞いに、段々とフィリアは平常心を取り戻していく。


「ふむ、少しは落ち着いたようじゃな。それでは、そのケースを抱えついてきなさい。ここでは話せないような話題を、少ししたいのでな」

「話せないような話題って…?」


 そう言うと、マーリンはいたずらっぽく口に指を指しながら答えた。


「決まっておるじゃろう?ユートの窮地を救ってやるための、起死回生の一手についてじゃわい」

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