教国共和国護衛依頼編②
「おいおい、“金魚の糞”クンじゃないか。おまえもこの依頼に参加するのか?」
依頼の準備を済ませ教国方面の出発口で待っていると、5人組の集団から話しかけられた。“金魚の糞”とは俺の蔑称のことであり、要するにギルド長のババアとつながりがあることを蔑んだあだ名のことだ。最近はそう呼ばれないよう仕事ではババアとあまり関わってなかったのだが…。話しかけられた集団が首に付けているプレートは銀色や銅色。どうやら同じ依頼を受ける仲間らしい。
「こんちわ。そちらさんはパーティでの参加か?」
「当然よ。フフン、俺たち“黒の獅子”はそこいらの有象無象とは格が違うからな。こうして倍率が高い依頼であっても優先的に受けることができるわけよ。見てな、そのうちすぐに“銀の鉤爪”に追いついてやる」
“銀の鉤爪”のやつら、注目されてんなぁ…。まぁ、俺と同じくらいの歳の割に高い等級で安定した結果を残していることから当然のことなのかもしれないが。それよりやはりこの依頼は急な依頼であるにも関わらず倍率が高いものになっていたらしい。基本は依頼の受注は早いもの順なのだが、怪しい依頼であることからギルドもある程度制限をかけて受注させているのだろう。ということはこの“黒の獅子”なるギルドは銀等級や銅等級の中でも優秀な部類に入ると思われる。
「期待してるよ、“黒の獅子”諸君。格の違いを見せつけてくれ」
「フン、おまえなんかに期待されても嬉しくないな。“金魚の糞”は“金魚の糞”らしく、黙って俺らの後をついてくればいいんだよ」
先頭のリーダーらしき奴がそう言い捨てると、“黒の獅子”は少し離れた位置に陣取り始めた。集合時間が来るまでまだ少し時間はあるが、俺と馴れ合うつもりはないらしい。するとまた、今度は後方から声をかけられた。
「まったく、いつまでも金等級の昇級試験を受けないから“金魚の糞”なんて呼ばれ続けるんですよ。ユートさんなら余裕で受かる実力があるんですから、いい加減受けたらどうです?」
「やっほ。しがらみの多い仕事は嫌いだし、何より俺の魔法の才能じゃ金等級は無理だよ。それよりお前たちが今回の依頼に参加してくれるとは、正直助かる」
振り返るとそこには先ほどと同程度の人数の集団が談笑していた。話しかけてきたリーダー格の男の首にかかっているプレートは金色。彼らはパーティ“紫紺の炎”であり、俺も何度か一緒の依頼を受けたことのあるパーティだ。パーティメンバーは俺の後輩にあたる人材のみなのだが、主要メンバーにはあっという間に等級を追い越されてしまったことをよく覚えている。過去に組んだ経験から言わせてもらえば、実力は折紙付きである。
「ギルド長に圧をかけられ、おまけにオリーヴァさんにお願いされたとあれば、断るわけにはいきませんよ」
「他の受注者はどんな感じだ? 大人数での依頼でもあるから、できればもう一組くらい金等級のいるパーティが来ればいいんだが」
「金等級の冒険者がいるクランからの参加はありませんが、パーティでなら金等級の二人組が参加するようです。あとはメンバーの大半が銀等級のクランからパーティが一組、銅等級のみで構成されたパーティが一組、それとあそこにいる“黒の獅子”ですね」
「急な依頼でこれだけ集まれば十分か。なんだか怪しい依頼だ。お互い気を付けていこう」
「金等級が複数人参加して、おまけにユートさんまで居るのなら大丈夫だと思うんですけどねぇ」
「俺のこと買いかぶりすぎだ。まぁ確かに、金等級が複数人いれば事足りると思うが…」
どうにもさっきから不吉な予感が拭えない。自分の予感が杞憂であることを祈りつつ、それでも不慮の事態にどう備えるかを考えずにはいられないのだった。
その後、共和国を出発した俺たちは、予定通り15日間をかけて教国に到着した。共和国と教国は距離としてはそれほど離れている訳ではないのだが、その道のりはあまり整備されていない森で覆われ、帝国産のようなエンジンの積んだ車やバイクを使うことは難しい。さらに言えば教国の国民は宗教上の理由により、帝国産のような機械を使うことに忌避感を感じることが多い。よって教国からの依頼や往復の移動は、少し前時代的だが馬車を使ったり徒歩だったりすることが多く、他の国の移動よりも時間がかかってしまう場合が多いのだ。そんなこんなで俺たちは、大人数での移動ということもあり徒歩で体力温存に努めつつ移動した。途中で帰りの依頼のための仕掛けをいくつか施したり、“黒の獅子”の連中とひと悶着あったりしたのだが、ともかく無事に教国に到着したのは喜ばしいことだ。
教国の関門を抜け、ひとまず教国のギルド支部会館で体を休める。今は“紫紺の炎”のリーダーともう一組の金等級パーティのリーダーが受付窓口で事務処理をし、依頼主を呼んでくるのを待っている時である。このような合同の依頼の場合は最も等級の高い冒険者やリーダーが代表して動くのが通例になっている。予定通りいけばこの後は依頼主と合流し、少し時間を取って各々補給をし終えた後に共和国へ戻る算段となるはずだ。どのようなものを補給すべきか把握するために、荷物の中身を確認していると、
「いやいや、皆さまお待たせさせてしまい申し訳ございません。この度は急な依頼であったにも関わらずご参加いただき誠にありがとうございます」
どうやら依頼主が連れてこられたようだ。依頼主は三人組らしく、一人は今俺たちに話しかけてきた、物腰が穏やかな初老ながら体格のしっかりした、整った髭が特徴的な男である。もう一人は初老の男性より少し背の低い精悍な顔つきの青年、もう一人はうつむき気味で仮面をつけ外套のフードを深くかぶっている人物だ。その体つきから多分女性であろう、彼女は大きめで厳重に封じられているケースを持っていることが印象的であった。初老の男性と青年が武装していることから、彼ら二人が直属の護衛でケースを持った彼女が護衛対象である要人になるだろう。教国の貴族の御令嬢が共和国に亡命するのだろうか?実際、その手の事例はよくある話である。
“紫紺の炎”のリーダーと初老の男性がやりとりをしている。今後の予定についてすり合わせているのだろう。不思議な雰囲気のする仮面の女性をぼんやりと見ていると、なんだか仮面の向こうからこちらも覗かれているような気がした。