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真稀的短編小説

俺は彼女の奴隷だった

作者: 矢枝真稀

彼女の父親は大企業の社長で、僕の父親はその大企業に勤める平社員。

産まれた時から、立場は変わらない。


僕は平社員の息子


彼女は社長令嬢


産まれてずっと、僕は彼女の友達という名の奴隷だった。少しでも反抗しようとすれば、彼女は必ずこう言う。


「うちのお父さんに言い付けるわっ!!」


彼女の父親、つまり社長は、彼女を溺愛している。だからもし、彼女を泣かせたりしたら当然、社長は平社員の父親のクビを切るはずだ。


「ほーら、手を付いて謝りなさいよ!」

「・・・すみませんでした」


だから彼女の言葉は呪いの如く、俺の身体の自由を奪う。もしも彼女の逆鱗に触れたら、我が家は一家離散にも成り兼ねないのだから・・・。


「ふん、わかれば良いのよ・・・」


人を見下した目付きは、社長令嬢故の我が儘で甘やかされて育った為か、それは誰にもわからない。

しかし、彼女とて他人の前では借りて来た猫の如く大人しい。言葉遣いも振る舞いも、お嬢様へと変わるのだ。

だから皆は騙される。俺一人がどう言おうとも、返って来るのはーーー


「あの人はそんな人じゃない」

「お前、夢でも見てたんじゃないのか?」

「もっとマシな嘘をつけよ」


もう、口を閉じるしかない。


そんな虐げられた日も、産まれて15年、ようやく終演を迎える。

彼女は中学卒業と同時に、アメリカへ留学する事が決まったのだ。


「・・・ふん、せいぜい三年間を有意義に過ごしなさい!!」


三年間・・・それは高校卒業を意味する事だった。三年経てば、彼女は帰って来ると明言したのだ。

不敵に顔を歪め、口角を吊り上げた彼女は翌日、アメリカへと旅立った。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





自由とは、素晴らしい事だ。勉学に励み、恋をして、付き合い、別れ・・・。人並みに高校生活を楽しんだ。いや、他者から見れば、人並みかもしれないが、自分自身は人並み以上に楽しんだのだ。彼女の事など忘れ、充実した毎日を。

彼女の事を忘れ、三年目の冬・・・進学も決まり、卒業を三ヶ月後に控えたその日、一通のエアメールが家に届く・・・。


『私が帰って来るまで後三ヶ月、せいぜい高校生活を楽しみなさい』


そう書かれた、差出人不明の手紙。しかし、その文面だけでわかる差出人は、間違いなく、彼女だろう。

しかし、その三ヶ月後に、俺は地元にはいない。何故なら、進学先の大学は県外。しかも遠い!授業料と学費以外は自分が払うと両親を説き伏せ、俺は自由の為にわざわざ遠い大学を選んだのだ。


「残念だったな・・・」


罪悪感など毛頭ない。俺が実家から遠ければ遠い程、矛先は両親には向かないだろうと核心していたのだ。これで親父の仕事にも影響は出ないだろうし、俺は彼女から離れた遠い土地で、学生生活を楽しむ事が出来る。正に一石二鳥だ。

あの女の悔しがる顔が目に浮かぶ!


「いつまでもお前の奴隷じゃないんだ!」


手紙に向かい、吐き捨てた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





卒業までの三ヶ月は、あっという間に過ぎて行った。無事、卒業を迎える事が出来た俺は、進学先の大学の近くにアパートを借りて、人生初めての独り暮らしを始めていた。掃除・洗濯・炊事などの家事一切は、小さい頃に母親から鍛えられている。苦にもならない。それ以上に、明日はいよいよ入学式である。いつもより早めに、布団に潜り込んだ。




清々しい風が、頬を撫でる。桜の花も満開で、正に絶好の入学日和である。


「行ってきます!」


むろん、独り暮らしだ。返事など返って来るはずもない。真新しいスーツに着替え、大学へと向かった。

がやがやと言葉飛び交う中を、やや緊張気味に歩く。いくら辺りを見渡しても、友人などいるはずもない。受け付けへと向かい、俺は式場と化した体育館へと足を進める。既に何人かは椅子に座っている。

引率らしき人に案内してもらい、俺は自分の通う学科の椅子に腰を降ろした。まだ数名しか座っておらず、必然的に、俺は前の席になった。


「・・・あふっ」


朝が早かったせいか、思わず欠伸を漏らす。そこでようやく、人の波が体育館へと押し寄せてきた。みんな初々しいスーツに身を包んだ、いかにも新入生・・・・・・ま、俺も例外へ漏れず、だが。


「隣、良いですか?」


不意に、上から声をかけられた。それはどこかで聞き覚えのある・・・


「・・・っ!な、なん・・・!?」

「あんた、あたしから逃げ切れたとでも思った?」


勝ち誇る、上から目線、人を見下した・・・これらに共通した声の主は、俺の知る中で一人しかいない。


飛鳥あすか・・・様・・・」

「よーくお分かりで、あたしとしても、うれしいわ!」


ニヤリと口角を歪める様も、昔と変わっていない。




九条くじょう飛鳥・・・・・・幼馴染みであり、俺を奴隷同然に扱ってきた最悪の人物・・・


「まぁ、積もる話は式が終わってから、ゆーーーっくり話しましょう・・・フフッ!!」

「!!!!」


言葉に出来ぬ、心の悲鳴・・・。神よ、何故俺に、自由を与えてくれないのだ・・・・・・



学長の話も偉いさんの話も、頭には入らない。隣に座る、女の子の皮を被った悪鬼に、俺は恐怖を抱いていたから・・・。



あっという間に、本当にあっという間に、入学式は終わりを迎えた。後は各学科の講義室に集まり、明日からの日程の説明を聞くだけだ。同時に、俺の自由もそこで終わりを迎える訳で・・・・・・


「・・・で、あるから・・・」


何故、彼女は俺の隣に座るのだ・・・?席は他にもいっぱい空いているのに。彼女はそこまで、俺を追い詰めたいのか?


「・・・という訳で、明日は・・・」


彼女は、世間的には美人の部類に入る。俺なんかに関わる必要など、無いだろうに・・・


「以上、何か質問は?」


そんな事ばかりを考えていた為、教授の声は耳には届かなかった。ガタガタッと学生は椅子から立ち上がりはじめ、ゾロゾロと講義室から出て行く。説明も終わったのだ・・・。他の新入生が外へと出て行くのを、呆然と見送るしか出来ない・・・。ここで立ち上がってしまえば、俺の自由も終わりを迎える、そう思ったから・・・


「さてと、私たちも帰りましょ!」


彼女の問い掛けに、俺は拒否出来るはずもない。黙って、ゆっくりと立ち上がる。


「ほら、帰るわよ!」

「っ!?」


彼女の手が俺の肩に触れた瞬間、俺の身体がビクッと震えた。同時に、俺の手は意思とは関係なく、彼女の手を払いのけていた・・・

「・・・そんなに、私の事が嫌い?」


小さく呟くような声は、かろうじて俺の耳に届く程度・・・俺は彼女の問い掛けに、肯定も否定もしなかった。


「何故、俺なんですか?俺は、俺はっ・・・貴方の、召し使いでも、奴隷でもない・・・」


今、俺の言える精一杯だった・・・


「・・・いつも、そうやってあたしは、あんたを傷つけてたのね・・・」


その言葉には、何時もの人を見下す声も、怒声も、含まれてはいなかった・・・

「あんたは、あたしの前では笑ってくれない・・・いつも、あたしはあんたの隣にいたのに・・・」

「・・・・・・」

「悔しかった・・・小さい頃からあんたの事が好きだったのに、あんたはあたしに怯えてた」

「・・・それは」

「あたしが、あんたを虐めてたから・・・」


自覚はあるらしい・・・


「あたしだけを、見て欲しかった・・・だから、虐めた・・・他の子なんて、見て欲しくなかった」

「・・・そんな余裕は、なかったですけど・・・」

「・・・大好きなのに、笑ってくれないあんたを見て、そうさせたのは、あたしなのに・・・」


あんなに我が儘で俺を見下してた彼女が、言葉を紡ぎ出す度に、小さく震える・・・


「今更だけど、ごめんね・・・」


俯き、震え・・・彼女は初めて俺に謝った。震える肩にそっと触れれば、それは壊れそうな程、華奢で繊細で・・・


「あたしは、あんたが好き・・・だから、嫌わないで・・・・・・」


虚勢を張った声もなりを潜め、悪魔だの鬼だのと思い続けた相手は、そこにはいない。俺の目の前にいるのは、拒絶を怖れたか弱い女の子がひとり、居るのみ・・・


「あたしの、傍に居て・・・」


あんなにも嫌っていたのに、今はただ、愛しく感じている俺がいる・・・

だから、俺は腕を伸ばして彼女の華奢な身体を、抱きしめた。


「えっ?嘘・・・」

「俺でよければ、いつでも傍にいます・・・だから、泣かないで」


顔を上げた彼女の瞳から流れ落ちた涙を、指でそっと拭ってみる・・・肌とは違う温もりが、俺の指に伝わってきた。


「ホントに、傍に居てくれる?」

「約束します・・・いや、約束する!」


タメ口で、言ってみた。それは彼女を怖れた自分への決別の為に。そして彼女の傍にいるうえで、彼女と対等に接したい気持ちも込めて・・・




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆









初めて、並んで歩く帰り道・・・彼女は、顔を真っ赤にしながら、手を繋いだ。どこと無くぎこちない雰囲気はあるが、それもまた、初々しく感じてる。

そこでふと、俺はある疑問が浮上。


「なんで、俺がこの大学へ進学するの、知ってたの?」

「・・・あ、そ、それは・・・」


急にあたふたと焦る彼女は、今まで見た事がない・・・。呼吸を整えながら、俺の手を握り返して、小さく呟いた。


「あ、あんたの両親と、ずっと連絡取り合ってたの・・・だから・・・その・・・」


何てこった、敵は身内だったとは・・・。いや、今だけは、うちの両親に感謝するべきか。





















そんなやり取りが無ければ、俺は一生彼女を嫌っていただろうし、こんなにも彼女を愛しく想う事もなかったのだから・・・。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ストーリは綺麗にまとめられていて、自然に読み進めることが出来ました。こう言っては何ですけど、展開としては王道で、何となく行き着く先は見えてましたけど、途中の彼女の留学や、彼の県外への進学…
[一言] 連載で読んでみたいです。
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