お前を生涯愛することはない──当然ですわ
またまたテンプレに挑戦してみました。
感想、誤字報告ありがとうございます。
励みになります。
【side 新郎 カーライル・ハイデンマルク】
「お前を生涯愛することはない」
俺がそう言った時、新婦であるミラは頷きながら「当然ですわ」と返してきた。
俺は違和感を覚えながらも寝室を後にしたのだ。
それが、結婚式を挙げた後の初夜の事である。
所謂、白い関係、白い結婚を貫こうという宣言をしたのだが、あまりにあっさりとした様子──何故?
そもそも、この婚姻は政治的なものだった。
子爵家出身にして第二騎士団副団長まで上り詰めてしまった俺が、有力貴族の後ろ盾を得る為にジョナリス侯爵家の令嬢を嫁にもらう。
侯爵家側としても、騎士団と縁を持ち、中央との関係を太くする。
どちら側にとっても利点が存在する婚姻。
貴族家に生まれたからには、政略結婚も当然許容すべき事として理解していたし、ミラも侯爵家に生まれた身として理解していただろう。
それにしても、妻となったミラが『当然ですわ』という言葉を発した心持ちが理解できない。
何となくモヤモヤとしたまま、独り寝の初夜は過ぎていった。
日常は過ぎていく。
会議、訓練、職割、団長の世話、経費、書類の確認と忙しさの中に漬け込まれた騎士団副団長の毎日は、要らぬ事を考える心の隙間を作り出してはくれない。
日が落ち、宿直と言葉を交わすと、帰るのは愛人宅。
家に帰ることは、ほぼ無い。五日に一日有るか無いかといったところ。
愛人宅といっても、地方男爵家のタウンハウスだ。
王都の貴族街の端っこの、小さなタウンハウス。小さな庭の付いた一軒家。そこに、愛すべきナタリアがいる。
ナタリアとの出会いは、俺がまだ駆け出しの騎士だった頃。学園生だったナタリアに一目惚れした。
ゆくゆく団長になれる日が来たら、爵位こそ変わらないが立場は侯爵と同等になる。そうなりさえすれば、側妻を持つ事も醜聞でもなくなる。それまで待ってくれナタリア。
「あれから四年か……」
ふと溢してしまった言葉に、ナタリアが優しく微笑む。
付き合いだしてから四年。学園を卒業したナタリアは、王城で文官の見習いをしている。男爵領に帰ることなく、俺の為に王都に残ってくれているのだ。
家政婦と下男だけの小さなタウンハウスは、俺の安らぎの全て。
「ミラ様とお会いしました。お綺麗な方ですね」
ある日、ナタリアが笑顔で話してきた。
放ったらかしにしている妻が、ナタリアに接触してきた?
何故、ナタリアの存在を知っている?
ついつい不安が声に出る。
「虐められたりはしなかったか?」
「いいえ、虐められるなんてとんでもない。とても優しい方ですよ。お茶に誘われたので、今度行ってきますね」
あっけらかんと話すナタリアに、行くなとも言えず、適当な相槌を打つしかなかった。
正直、素行調査をした事もある。自分の事を棚に上げてとは思うが、愛人がいるのではないか?と、気になったからだ。
結果は、品行方正。
何か企んでいるという事もなく、慎ましく暮らしているという報告だった。
「何やら浮かぬ面持ちですが、ナタリア嬢と喧嘩でもしましたか?」
声をかけてきたのは、フレイマン・トレンディウス。伯爵家の出自の先輩騎士で、第二騎士団では副団長補佐をしてもらっている。伯爵家といっても三男なのでと、子爵家の俺に尽くしてくれる良い人だ。確かに、伯爵家といっても、三男では家を継げる可能性はほぼ無いし、嫡男が家督を相続した途端に爵位を持たない貴族になるか、平民に落ちるしかない。だとしても、二年年下の俺に不満を溢す事なく丁寧に対応してくれる。職務以上に俺の事を気にしてくれて、世話を焼いてくれるフレイマンと出会えたことは、副団長になれた事以上の幸せだと、声を大にして言える。
ついつい、独身のフレイマンに愚痴を言ってしまう。
俺の恋人がナタリアで、妻のミラとは仮面夫婦なのは、周知の事実。その上での愚痴だ。
「いや、最近、ナタリアがよそよそしいんだ」
「何か思い当たる事でもありますか?」
「ミラ……妻のミラと頻繁に会っていると、聞いている」
「えっ、正妻と愛人がですか?」
「そうなんだよ。きっとミラが、ナタリアに何か言ってるんだ。そうに違いない!」
「しかし、ミラ様は正妻ですし、侯爵家の血族ですから……。下手に疑うのも…………問題になりかねませんね」
「だから悩んでいるのだ。どうにもならないから!ああ、正妻がなんだと言うんだ、ナタリアは真実の愛なんだ…………」
「いきなり劇風にならないでください。あ〜、だから最近は騎士団の寮で寝泊まりしているんですね」
「だって、ナタリアが泊めてくれなくなっちゃったし……」
「いきなり甘えん坊にならないでください。だったら家に帰れば──って、帰りたくないんですね」
「うん」
「子供にならない!いいです、付き合いますから。飲みましょ、飲んで、飲んで、飲みまくりましょう」
「ありがとう、友よ」
【side 愛人 ナタリア・ブロッサムス】
恋人が結婚した。
私が学園生だった頃から付き合っている、気心知れた人。
もう四年になるのに体の関係は無い。
ただ毎日のように家に来て泊まっていく。
いつも私を愛で、接吻をするだけ。
私だって、今では学園も卒業したし、一人前の女。
夜の営みだって興味があるし、性に溺れる夢だって見る。
なのに、彼は──触れるだけ。
いつだったか、誘ってみた事もある。
そりゃあ、まだ学園生の頃だったし、子供じみた誘いだったかもしれない。
けどよ、けど、『お前とは真実の愛で結ばれている。だから、きちんと結ばれることのできるその日まで』なんて言って、はぐらかされてしまった。
『真実の愛』──乙女か!
結婚しても彼は毎日のように私の家に泊まりに来る。
奥様を放っておいて良いのかな?と、気になって聞いてみると、『彼女には、お前を生涯愛することはないと、言っておいたから安心してくれ。白い結婚だ』と言っていた。
信じられない!
何を安心するというの?
一体全体、女をどう思っているの?
政略結婚でしょ。愛がないというのは理解できる。
でも、奥様に罪があるの?
可哀想じゃない。
奥様も政略結婚の駒になっただけでしょ。
政略結婚でも、それから愛を育んで行けばいいじゃない!
それでも、好きなんだよなぁ…………。
優しいし…………。
格好良いし…………。
色んな物買ってくれるし…………。
そんなある日、私の家に奥様が来た。
流石、侯爵家の御令嬢だったお方、私の存在なんて調査済みなんだわ。うん、勝てない。所詮、私は男爵家。
それから、奥様のお誘いのまま、幾度となくお茶会に誘われた。
うん、良い人。
優しいし、穏やかだし、綺麗だし。
そう、すっごい綺麗なの。
私が男だったら、絶対に行ってるわ!
何故?
何故手を出してないの?
あんなに綺麗なのよ。それに、自分の妻だよ。
合法的に抱けるんだよ!
信じられない!
やっぱり、そうなのかな?
そうじゃなきゃ、理解できない。
そうか…………。
そうなんだろうね……………。
奥様の言う通りなんだろう。
私には無理…………。
耐えられない…………。
【side 新婦 ミラ・ジョナリス】
新婚初夜、旦那様から言われてしまいました。
多少、戸惑いましたけど、やっぱり話に聞いていた通りみたいです。事前調査は大事ですね。おかげで戸惑う事無く返事が出来ました。
そう、私は頷きながら、『当然ですわ』と、答えたのです。
分かっていますよ。確かに世継ぎを産むことが嫁入りした私の義務である事は理解しております。それでも、無理強いなんてしたくないのです。
おそらく、三年もすれば子の生せない石女として離縁させられてしまうでしょう。そうなると、経歴に傷が付いてしまいますわね。だとすると、教会で白い結婚を申し立てて、結婚そのものを無かった事にしてしまうのも有りですが……。
いっそ、お酒に酔わせて無理矢理──ダメダメ、私の初めてを無理矢理なんて無し!
う〜ん、でも、安心してください旦那様。私がいる間は、出来る限り旦那様をお守りいたしますわ。
結婚してから一ヶ月。
私は、旦那様の愛人と噂されているナタリア様に会いに行きました。どんな方か気になっておりましたし、いつも旦那様のお世話をしていただいているお礼をしようと思いましたの。
で、実際にお会いしたナタリア様は、純朴そうな可愛らしいお嬢様。年は私と同じくらいでしょうか。
でも、旦那様も罪な方。
こんな可愛らしいお嬢様をカモフラージュに使うなんて。
微かに怒りを覚えた私は、その後にお誘いしたお茶会で遂に旦那様の秘密を暴露してしまったのです。
二人っきりのお茶会。
私は、秘密の薄い本を差し出しながら、真剣な瞳で彼女を見つめました。
「あのね……騎士団では、BLが流行っているらしいんですの」
彼女は思い当たる節があるような面持ち。
「衆道…………ですか?」
古風な言い回しをするんですね、と思いつつ、私は薄い本を開きます。
そこには、軍服姿で抱き合う騎士の絵姿。
彼女は、薄い本に興味を抱きつつも、現実のBLには嫌悪感を抱いているみたいでした。
暫く、会話することなく二人で薄い本を読み耽った後、彼女はポツリポツリと言いました。
「四年間も付き合っているのに、まだ関係してないんです…………」
ああ、やっぱり男色を隠す役割として彼女を利用していたんだ。
私は、これからは私が彼女が担ってきた役割をすることを告げると、彼女は涙を浮かべて頷いた。
その手は、しっかりと薄い本を掴んだままで…………。
私は、カーライル様の妻として役割を再確認すると共に、新しい(薄い本の)仲間を得る事が出来たのです。
【side 副団長補佐 フレイマン・トレンディウス】
目の前で、年下の上司が酔いつぶれ、眠っている。
「変な偽装なんてしなくてもいいのに……」
そんな言葉を呟きながら、彼を抱き上げ、ベッドに寝かせる。
愛人もいて、結婚もした彼が、実は女性に興味がないのは分かっていた。いつも自分で彼女を抱くことはできないって、言ってるから。
分かってる。
分かってる。
よく分かっているよ。
誘っていたんだろ。
周りに女好きだと思われる為のカモフラージュに使われている二人の女性には悪いけど、僕たち二人の愛は真実なんだ。
ああ、こんなにも無防備で…………。
僕は、もう我慢出来ないよ。
僕は明かりを消した………………。
あっ!
読んでいただきありがとうございます。
正直、気分を害する方がいたかもしれませんが、ネタバレの関係上、最初に注意喚起ができませんでした。
申し訳ございませんでした。