3. 苦悩
12月が終わり、新年がやってきて、バレンタインデーになっても恋心は未だ不易であった。冬休み中も邪魔にならないであろう範囲で私は彼とコミュニケーションをとっていた。もちろん遊びや食事に誘うのは迷惑だろうから最低限度に限った。
彼と新年の挨拶ができたときも相変わらず、嬉しいという感情が何よりも先行した。
返事は温かかった。「今年もよろしく」というこの七文字が、君を嫌ってないんかいないよ、という彼からのメッセージに思えた。
私は彼のことを考えれば幸せであった。隣同士になって笑顔で話したり、手を繫いで街を歩いたりするのを夢想すれば強い恍惚が私を満たした。一緒にいられるだけでも私は満足だろうと思った。彼と交際できるのは人生最大の幸福だと疑うことなく信じた。
確かにこの恋愛は、私にかなりの幸せをもたらしてくれた。しかしその幸福感というのは、後に襲い来る絶望と表裏一体だったのである。
あるとき私は彼と付き合っている夢を見た(一度や二度の話ではない)。その中では夢を夢と気付かず、交際を結んでいるのが自然なものとして感じられた。私は純粋な正の感情に支配されて彼と共にいた。
だが目が覚めたときには毎回深い悲しみに襲われた。それが夢であることを恨み、いつまでも夢を見たいと願った。夢の中の幸せを断たれるなら、いっそ植物状態で病院のベッドに横たわり、永遠に夢を見続けたいとまで思った。
私は以前よりもますます積極的に(悪く言えば、命知らずにも)彼と接触を試みていった。
しかしながら、手ごたえは今一つ。楽観的に見て一進一退、悲観的に見れば一歩進んで二歩下がる、そんな調子であった。
嫌われてはいないようだが、はっきり好意を抱かれている様子もない。「今度遊ぶ?」と誘ってくれる日もあれば、一言も交わさない日もある、そんな風。彼との交際はやはり諦めるべきなのだろう。
それにもかかわらず恋の衝動というのは、この上なく非論理的かつ不条理であり、感情的にして強烈なものであって、大脳新皮質が恋の成就する蓋然性の低さを冷静に理解できても、大脳辺縁系は決して納得してくれなかった。
真の自分はとうの昔に彼への恋心によって剝奪されていた。あるいはこちらのほうが本物なのかもしれないが、そんなことはもう些末であった。
もし彼がきっぱりと「君とは付き合えないから、もう諦めて」と言ってくれたなら私はまだ救われたろう。その時点で恋愛感情を放棄できたかもしれないからである。
だが実際には私は宙吊りであった。彼の態度が明確でないぶん、私はいっそうつらく辛かった。彼がかつて私に告白してきたという事実と、思わせぶりに感ぜられる今の態度とが、好意の存在を保証しているかのようで、余計に辛かった。
また苦しい思いをしたのは、他のクラスメートが簡単に彼に近づけることであった。
もし彼が女子であったならば、まだ近づきやすいのは同性だけだったかもしれないが、あいにく彼は男子である。女子が男子に近づくのは、男子が女子にそうするより容易な傾向にある。彼は男女ともに人気で、彼とコミュニケーションを取る人々は後を絶たなかった。そして彼は誰とも分け隔てなく接するのである。
遺憾にも自然は男女の交際だ。彼が同性愛者である保証などどこにもない。私と同じ両性愛者ならば――?
いや、真に同性愛者であるにしても、彼自身がそれに気づかず「お試しで」女子と付き合うなどということも考えられるではないか。
私は彼が女子と話しているのを見るたびに常々嫉妬に溺れ、彼女らが彼を手に入れてしまう可能性に恐怖した。時に彼が体を触れられているのが目に入ったら、たちまち全身が総毛立った。
男友達にも似た負の感情は生まれたが、女子へのそれは桁違いであった。万が一彼が誰かに告白され、それが受け入れられたなら、私はすっかり病んでしまうと思った。そしてカップルとなった彼と彼女を見て、身勝手にも落ち込むだろう自分を考えるのが果てしなく情けなかった。
さらに、一月中旬に入り、私はもう一つの異変をいよいよ認めざるを得なくなってしまった。
私はかつて彼と付き合う際に浮上するであろう問題点三つを思い返した。具体的には、彼への恋愛感情がないこと、周囲の圧力に耐えがたいこと、彼に性的感情を持てないこと、である。
一つ目の問題は既に亡きものとなっていた。私が異変と呼んだのは、三つ目のほうである。
燃え盛る恋愛に引きずられた性愛が、猛烈な摩擦熱により発火したのである。火焔の勢いは日に日に大きくなっていった。
愚かにも、私は彼とハグする以上の行ないをしたいと思うようになっていた。それは明らかな性欲の発現であった。私は恐ろしかった。制御できない自己に震えた。
他の男子にはこんな欲は湧かない。想像すれば気分を悪くするのみ。しかし彼だけは、彼だけは特別なのだ。
私は彼にもっと触れたかった。友人同士のスキンシップとしてではなく、互いに愛欲を燃やす人間同士の性の営みとして。私は女性の縦裂よりも彼の屹立を求めた。豊満なバストよりも彼の薄い胸板を望んだ。
どこまで想像しても私の気分は悪くならず、それどころか亢奮が高まるばかりであった。私はあまりにも本能に忠実な下半身にほとほとうんざりした。
同性だから彼の体を見る機会はしばしばあった。例えば体育の着替えなどである。
服を脱いだ時に見える彼の腕や脚は白くしなやかで美しく、なかなか目を離すことができなかった。同じ男なのに、どうしてあんなに綺麗なんだろうと思った。私は彼の整った手先が好きだった。数十秒だけまみえる彼の華奢な身体も、とても魅力的だった。
一度トイレで隣になったこともある。私は外性器が見えかねないこの状況に耐えられず、次からは絶対に間隔を空けるようにした。理性はこの場では多少役に立ったといえる。
彼に向かう情欲は彼の姿を見るたびに増幅するから、私はこれを目に入れるまいと努力したが、無駄骨であった。理性は本能を抑えることができなかった。
私は悩んだ。友人を性のはけ口にするのは反道徳的である。相手が同性であろうとそれは変わらない。しかし性に面して、私の脳内にはたびたび、想像で造り上げられた彼の煽情的な姿が浮かんだ。
悪と分かっていながら彼を性の対象としてしまう。私の身体が彼に激しく反応し、そして、行為が終わったら一転、凄まじい虚脱感と後悔と罪悪感が私を襲うのである。
ついに私は自己矛盾に陥った。私の一方は彼から離れようとし、もう一方は彼に近づこうと懸命であった。心情はいよいよ不安定となり、やがて崩壊してしまうと思った。
ちょうど八つ裂きの刑に処せられた罪人の四肢が、それぞれ逆方向へ吹き飛んでいくように。
まったく、時の流れは速い。結局、私は苦しんだまま学期末テストを終えた。成績は覚える気にもならないが、赤点科目はなかったはずだ。
彼との友人としての極力節度を保とうとした関わりが、今年上半期の幸せの源であった。彼としばらく毎日出会えなくなるのは、本当に断腸の思いであった。だが彼と離れられれば、多少は感情の乱高下もましになるだろうという予測もあった。
……あては外れた。春休み中、私は彼について考え続けた。
私は彼と会えないことが、あるいは彼と交際できないことが自分でも不思議なほど悲しく、悔しかった。一回だけ現実を変えられるなら、間違いなく彼との交際を現実としようと思った。
しかしいくら悔しんでも悲しんでも涙は出なかった。苦しみは暴れすぎて、涙を落とす力さえ私から奪っていたのである。
私は去年からずっと、醜いエゴイストであった。私は自分自身の不幸と幸福にばかり関心をもち、彼を配慮する余裕を作ろうとしなかった。必要以上にエゴイストの私は、この恋の快楽のみを得て、苦痛を捨てたかった。
苦しむのをやめる方法としての "忘却" は効果的な案ではなかった。経験がそれを証明していた。彼を嫌いになるのも無理筋であった。
では、どうすべきか?
――最終的に「告白」という方法が頭に轟いた。
そして、私は予定調和だったかのようにそのアイデアを受容した。無意識領域で、前からそれを感知していたのだろうか。
全ての告白はエゴイスティックである。それは事実だが、エゴイスティックであるなりに相手に配慮することはできる。こちらの努力次第で、相手の迷惑を減らすことはできる。
告白に際して私は潔白を失うであろう。私はそれを覚悟しなければならない。立ちはだかる壁を自力で打ち砕き、結果がどうであるにせよ、我が願いを彼に伝えなければならない。
もっとも、私は一度彼に告白された身なのだから、告白し返すのは権利として認められるはずだ、という考えもあった。自己中心的な脳はすぐさまその論を採用した。こういうときだけ仕事が早いのが憎たらしい。
私はひたすら逡巡した。あのときの彼も恐らく、同じ気分だったであろう。
彼と友達ではいられなくなる悲しさ、皆との人間関係が崩壊する可能性、私の性的指向が周りに発覚するかもしれない恐怖……。難関はとても多かった。
――だが結局は意を伝えることに決めた。彼と恋愛交際を持ちたい、その一心。だから私は乾坤一擲、清水の舞台から飛び降りるのである。
とはいえ、そうしなければ自分の精神が耐えられない確信もあった。やはり私はとんだ利己主義者である。
一応、告白が成功するかもしれない証拠はあった。
第一に、彼は私と話すとき、嫌な顔をせず嬉しそうである。
第二に、多少身体に触れても拒絶しない。私を全く恋愛対象に見ていないなら振り払おうとするだろうが、そんなそぶりはなかった。
第三に、テキストでの会話がある程度長続きするようになった。調べる限り、相手に好意を寄せていないならば会話をすぐ打ち切るのが常であるが、彼はそうでなかった。
第四に、私が「同性でもとてもよく気に入った人なら恋愛対象に入るかもしれない」と言ったとき、彼は喜んだような顔を一瞬見せた。これは大きかった。相当な勇気を出して言ったことは報われた。
単なる友人としての振る舞いを好意と勘違いしている危険は明らかに存在したが、このときの私にはそれを慮るだけの知能が欠けていた。恋心は人間の知的レベルを落としてしまう。
何にしても、あらゆる脅威を乗り越えて告白という行為に踏み切ることで、この人生に何らかの有意義な結果がもたらされるであろう。私はそう思った――いや、願った。
次に問題になるのは日時とタイミング、方法である。
方法は直接言うに決まっていた。文字媒体と違って記録に残らないし、何よりも誠意がこもっている。相手に決意を伝えやすい最良の方法である。
タイミングは夕刻、午後五時半くらいだろうか。放課後の教室がちょうどよい。思えば彼が告白してきたのも、放課後の夕方であった。
もしこれが異性への恋なら、デートでもすればいいのかもしれないが、彼への恋ではそんなことはなしえなかった。私は妥協のすえに上記のシチュエーションを定めた。
日時は中間考査を考慮し、六月のはじめ、暫定で4日にした。もちろん平日である。これなら中間考査はすべて返却された後になるし、梅雨にも入っていないはずである。
恋の衝動とは、通り魔や交通事故、癌や巨大地震のように、否応なく襲い掛かってくるものである。しかし、人類は「理性」という武器を天より与えられていた。
私は理性に従って自己破壊たる告白を決意した。自分を壊せば彼を想う主体はなくなる。とにかく、私は論理的に考えを生み出すものを、実態が何であれ、「理性」と呼んでしまいたかった。
この定義に従えば、告白は明らかに理性の導きである。
破壊は有益である。スクラップ・アンド・ビルドで私はまた立ち直れる。
それが私の結論、もしくは願望であった。
次回更新は3/5の19時以降を予定しています。