暖炉の思い出
クリスマスの3日前、田舎の祖母の屋敷の暖炉に10歳以下の5人の孫たちが集まっている。
「むかしむかし…ある家の屋根にコウノトリの夫婦が巣を作りました」
祖母に60年間も仕えた老女中が子どもたちに昔話をしていた。
懐かしいこと…
暖炉から少し離れ、肘掛け椅子で温かなひざ掛けを掛け、古い本を読んでいた祖母は思った。
自分も小さな頃、この暖炉の前でやはり老女中から昔話を聞いた。
その頃、一緒に物語を聞いた子どもたちはもう誰1人残っていない。
本をめくっていくと色あせた紫の花の押し花が出てきた。
更にめくると1通の手紙が挟まっていた。
祖母の手から本が落ちた。
同時に挟まっていた手紙も。
同じく挟まっていた押し花は落ちなかった。
「おばあさま?」
暖炉から一番上の女の子が立ち上がり声をかけたが祖母は目を覚まさなかった。
その夕、お話を聞かせていた老女中が落ちた手紙を拾った。
宛名を見、火にくべようとする。
その時、先ほどの女の子母親が老女中から手紙を取り上げた。
母親は祖母が生んだ最後の子どもだった。
宛名を見、中身を読んだ。
青ざめた顔の彼女はその手紙を暖炉にくべた。
30年後、その屋敷には誰も住んでいなかった。
クリスマスの3日前、5人の孫たちの中で一番小さかった男の子が1人、戻ってきた。
手袋はなく、上等だったコートもボロボロだった。
暖炉の前に座った。
小さな頃、この暖炉の前でやはり老女中から昔話を聞いた。
その頃、一緒に物語を聞いた子どもたちはもう誰1人残っていない。
暖炉には火がない。
ボロボロのコートだけでは寒さがしのげなかった。
かつての少年は祖母の部屋から古いひざかけを持ち出し、暖炉の前でくるまった。
懐かしい思い出の火がかつての少年を一夜、温めた。
「むかしむかし…ある家の屋根にコウノトリの夫婦が巣を作りました」
翌日、かつての少年は積もった雪の中を外に出ていった。
しばらくして1発の銃声が雪の中に響いた。
春になり、暖炉につながる煙突にコウノトリが巣を作った。
誰も掃除をする者もなく、煙突は高い場所にあったから、ヒナたちは順調に育った。
初夏、煙突からは紫の花が一斉に咲きほこっている花畑が見えた。
盛夏、4羽の若いコウノトリが巣立った。
紫の花畑の向こうから、遅れて1羽の小さなコウノトリも飛び立った。