Ep.88 意外な訪問者
試練が始まるのは今夜0時ジャスト。時間までの間についてきてくれた侍女に身体を拭いてもらい、儀式用の白い礼服を渡される。
「持ってきてくれてありがとう、ええと……
」
衣装を差し出してきた、髪を完全に帽子にしまい込んだ年若いその侍女の姿に、はてと首を傾いだ。どうにも見覚えが無かったのだ。でも、彼女はまるで顔を上げないまま礼服と小物を他の侍女に渡すと、異様に綺麗な所作で礼をしてとっとと十六夜の塔から出ていってしまった。
「あ、行っちゃった……」
「あの者はつい先日より姫様のお付きになった新人でございます、どうぞお気になさらず。それよりお召しかえを急ぎましょう。もう時間がありません」
取り残されポカンとした私を、懐中時計を片手にしたハイネが急かす。時刻は既に午後11時、試練開始一時間前だ。
「それでは、私共は下がらせていただきます」
「えぇ、ついてきてくれてありがとう。後はゆっくり休んでね」
ハイネ達は、万が一試練中に私に何かあったらすぐわかるように、今夜は塔を囲む林の中にある小屋を借りたらしい。夜はそこで休むと聞いていたので塔から出ていくハイネにそう声をかけたのだけど、振り向いたハイネは静かに首を振った。
「いいえ、例え試練の間は魔力結界で何人たりとも塔へ入ることは出来なくなるとしても、眠るわけには参りません。姫様の試練が無事お済みになるまで皆で見守らせて頂きます」
「ハイネ……、皆も、ありがとう」
礼服に着替えた私の手を、ハイネの両手が優しく包む。その温かさがくすぐったくて、小さな笑いがこぼれる。気にせずに寝ちゃってくれて良いのにと言う申し訳なさと、大切にしてくれる優しさがどうにもこそばゆくて。
「ふふっ、ありがとう。頑張るね」
「では、姫様、……御武運を」
クスクス笑う私にそうしっかりと頭を下げたハイネが塔から出ていき、重たい扉がバタンと閉まる。これで、十六夜の塔には本当に私ひとりきり。
風で木がざわつく音と、ふくろう……かな?そんな穏やかな鳥の鳴き声だけが、外から微かに聞こえてくる。
(静かな夜だな……。ライトも偶然とは言えこの町を離れたし、結果的にあの火事の白昼夢が現実にならなそうで良かった)
唯一の出入り口になる一階の扉に寄りかかったまま、どこまでも上に伸びる螺旋階段を見上げてぼんやりと思った。
塔自体がそもそも町から外れた場所にあるし、試練に邪魔が入らないようにしっかり人払いをされているので本当に無音だ。その筈なのに。
気のせいかな、さっきから、妙な音がする。
…………カツンッ
「ーー……一回」
……コツンッ
「ーー…………二回」
カンッ コンッ コンコンコココンッ
「あぁもうっ、しつこい!」
さっきから背にしてる扉から聞こえてくるこの音、絶対空耳じゃないよね!?試練直前のこの時間に何!?そもそも今夜私とマリンちゃんがそれぞれ二本の塔に居ることは、夕方に導師様から説明を受けた面子くらいしか知らないはずなのに一体誰!フローレンス教会の人!!?
「一体どなた!?こんな夜中にレディの部屋(?)に失礼ですわ……きゃうっ!?」
少し待ったら一瞬音が止んだので、その隙にとバッと振り向いて両開きになってる木の扉を開いた瞬間。礫みたく飛んできた小さな小さな石が額にクリーンヒットして、薄く生えた芝にひっくり返った。
「あいたたたたっ……、何これ、小石?」
「申し訳ございません!ノックがわりに何か音を出せるものをと思い扉にぶつけていたのですが、まさか確認もせずいきなり中から扉が開くとは……!」
「いや、そこは普通にノック出来たのでは!?……って、あら?」
ひっくり返って夜空を見上げたままの私の視界にそうひょこっと入り込んで来たのは、片手の平いっぱいに小石を握り締めて困り顔をしたキール君だった。
~Ep.88 意外な訪問者~
『でも小石ノック法は意外過ぎるよ……!』




