Ep.76 悪役皇女はお茶会を所望する
「ミリアから離れろ!一体彼女に何をした!?どうせそのボトルに出した魔力水に妙な効能でも混ぜて飲ませたんだろう!?油断も隙もない、流石あの腹黒皇子と親しいだけのことはあるな!!」
「ちょっ、待って下さい委員長っ、話を……!」
「そうよ、キール、止め……っ」
「問答無用!」
「ーっ!!」
私の言い訳もミリアちゃんの制止も無視して勢いよくキール君が振り下ろしたレイピアを、どうにかかわして後ろに飛び退く。最初の一撃こそどうにか避けたけど、元々私は運動神経もよくないし、水の魔力はかなり高度な使い手にならないと戦闘には向かない。
剣術魔術共に(皇子トリオには及ばないにしても)常に学年上位を張っているキール君の攻撃をどんくさい私がかわし続けられる訳もなく、レイピアの切っ先に加えてキール君が放つ風の魔力で泥まみれになっている私のドレスが、髪飾りのリボンが、むき出しの手足が徐々に切り裂かれていく。
駄目だ、完全に怒りで我を忘れててとても話が通じる状況じゃない……!とりあえず一旦撤退しないとヤバイかもと少しずつ会場の方へ後ずさっていたけど、ひときわ大きな鎌鼬に足首を切切られた痛みでバランスを崩し、あっと思う間もなくぬかるんだ地面に思いっきり転んでしまう。痛みに顔をしかめるより先に、両手を捻り上げられて無理やり立たされた。
「さぁ、観念しておとなしくして頂きましょうか、フローラ様。丁度いい、貴方にはフライ殿下を呼び出す餌になって頂きましょうか……!」
その冷えきった声音にビクッと肩が跳ねた。でもその時。
「いいや、その必要はないよ!」
「ーっ!?」
そう凛と響いた声と同時に、私に剣を突きつけていたキール君の身体が後ろに吹っ飛んだ。反動で投げ出された私の体を誰かが抱き止める。仰向けに見上げた視界の端に、シルクのように艶やかな翡翠色の長髪が揺れた。
ホッとして、情けなく震える声で名前を呼んだ。
「フライ……!」
「全く、だから人気のない場所には行くなと言ったのに……」
「ごめんなさい……、ありがとう」
優しく目は細めつつも若干呆れたようにため息をついたフライに上着をかけられて、『君は下がっていて』と後ろに下げられる。振り向いた瞬間から、そこでは目で追えないくらいの速さでのフライとキール君による剣の打ち合いが始まっていた。
「一体なんの真似だいキール!彼女はスプリングの人間じゃない、それなのに君の個人的な目的にフローラを巻き込んで危害を加える気か!?何を考えているんだ!」
「うるさい!元はと言えば貴方が悪いんだ!もう時間も僅かしか残っていない、形振りなど構っていられるか!!」
「ち、ちょっ、待ってフライ!今は戦ってる場合じゃないの!それよりミリアちゃんが……!」
ぶつかり合う速度が速すぎるのか、私の声は鋭い金属音が響く度剣と剣がぶつかり合った場所から飛び散る火花にかき消されてしまってフライには届かない。二人とも風の魔法も使いながら戦っているから、東屋のカーテンが切り裂かれ、咲き誇る花々は風圧で散り、何より私達が寒い!!助けに来てくれたのは嬉しいしありがたいんだけど、キール君にも事情あるっぽいし、何より今は具合がよくないミリアちゃんを温かい場所に連れていくことが最優先だからキール君の暴走だけ止めてくれればいいんだよ!? と慌ててもう一度フライに話しかける。
「フライ待って!私はもう大丈夫だから、落ち着いてキール君と話を……きゃうっ!」
「フローラ様、大丈夫ですか!?」
慌てて止めに入ろうとしたら、二人の打ち合いで生まれた竜巻に吹っ飛ばされた。でも、二人ともそれには微塵も気がつかないでお互い魔力で軽やかに宙を舞いながら戦いを続けている。
ゴロゴロ転がった私を支えてくれたミリアちゃんの顔色は、さっきまで以上に真っ青だ。これは確実に病気のせいじゃない、どう考えてもこの状況のせいだ!
キンっとフライが弾き飛ばしたキール君のレイピアが宙をくるくると飛んでから遠くの地面に突き刺さる。
押し負けて地面に倒れたキール君に向かってフライの剣が振り下ろされた瞬間、すうっと息を吸って思いっきり叫んだ。
「いい加減にしなさぁぁぁぁぁいっ!!!今すぐ止めないと、明日のクリスマス会で私が着る筈だったサンタ服デザインのワンピース、代わりにフライに着て貰うからね!」
「ーっ!!?それは嫌だ!!」
「なぁっ!?貴様、ふざけてるのか!?決闘をそんな馬鹿げた理由で止める奴があるか!!」
「喧しい!これは僕の男としての矜持の問題だ!」
ピタッと剣を止めてフライが私の方を向いたことで、フライの剣を鞘で受け止めようとしていたキール君がキレる。
私はスカートなのも忘れて、地面に突っ伏したキール君の前に仁王立ちした。
「貴方もよ委員長!さっき私が魔力で出した水に妙な効能を与えてミリアちゃんに害を加えたとかなんとか言ってたけどら貴方同じクラスなんだから私の魔力実技の成績知ってるでしょ?私の実力でそんな繊細な魔力のコントロールが出来ると思って!?」
「……いや、思わない」
「ほうら、そうでしょう!」
「いっ、いや、しかし騙されんぞ!大体何故貴方はミリアと一緒に居たんだ!?大方昨今の私の緻密に証拠は残さず地味に心的ダメージを与える攻撃に耐えかねて、ミリアを盾に止めさせようとしたのだろう!水にだって、夜会での塩入ミルクティーの仕返しに同じように塩を入れたのではないのか!?」
そのキール君の言葉に、一瞬で辺りが静まり返った。
「あのミルクティーの犯人、キール君だったんだ……」
「しまった!誘導尋問された!!」
「いや、私何もしてないんだけど……」
「あぁ、明らかに自ら暴露してたよね。まぁ、僕は調査で知っていたからどのみち今さらだけど。で、被害者のフローラ皇女様?彼等をどうするつもりだい?」
フライが冷たい眼差しでキール君とミリアちゃんを睨むけど、私は黙って首を横に振った。今は罰則よりなによりまずはミリアちゃんと、あと決闘で怪我したキール君やフライの治療!と、大分顔色は良くなったミリアちゃんを支えてゆっくり立ち上がらせる。もう、ミリアちゃんの体に異様な冷気はまとわりついて居なかった。
「ミリア!」
まだちょっとふらついてるミリアちゃんに駆け寄ったキール君の態度を見て、フライが首を傾げた。
「フローラ、彼女は具合が悪いのかい?」
「えぇ、持病に加えて寒さと人混みに当てられて、気持ち悪くなってしまったようなの。それで倒れてしまった彼女の側に私が居たのを見て、ミリアさんの婚約者である委員長は何か誤解をしてしまったのね」
私が肩を竦めてそう答えたのと同時に、中庭に繋がる渡り廊下の向こうからガチャガチャと聞こえてくる金属音。派手に戦ってしまった為に、見回りの兵士たちが異変に気づいたんだと思う。キール君とミリアちゃんがサッと、青ざめた。
そりゃそうだよね、こんなぼんやり娘でも私一応ミストラルの皇女だし、フライはスプリングが誇る優秀な第二皇子だ。いくら学生とは言え、剣の授業でも何でもない場所で王族二人に剣と魔力で攻撃をかましたこの状況、バレたらまずただじゃ済まないだろう。退学で済んだら奇跡なレベルだ。
私は青ざめてまた冷たくなってるミリアちゃんの手をぎゅっと握りしめる。何か色々と訳があるみたいだし、何よりキール君の暴走も多分ミリアちゃんが好きだからこその物なんだと思うと、理由も聞かないまま衛兵に彼等を突き出す気にはどうしてもならないんだもん。それに、キール君にも、さっきから言動がちょいちょう抜けててなんとなく親近感を感じるし。
「ここからなら会場に戻るより、女子寮の方が近いですわね。私、正直もう疲れてしまったのでお部屋に帰ってお茶にしたいですわ。ねぇフライ様?どうせお茶にするなら、賑やかな方が楽しいと思いません?」
『フライ様もそう思うでしょう?』と同意を求める微笑みを向けた私に、フライがやれやれと肩を竦める。
「……まぁそうだね。じゃあ、お呼ばれするとしようか」
「え……?あの、フローラ様?フライ殿下も……あの……」
「……っ!ま、待て!僕は貴方達の情けなど……っ」
「あら、こんな体調のまま取り調べになったらミリアちゃん倒れちゃうわよ?」
キール君もその言葉にグッと押し黙った。やっぱり彼はミリアちゃんにベタ惚れらしい、なんか可愛い。
諦めたのか納得したのかわからないけど、すっかり黙りこんだ全員を見回して私は優雅に微笑んだ。
「では、今から私のお部屋で秘密のお茶会と致しましょうか」
~Ep.76 悪役皇女はお茶会を所望する~




