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Ep.18.5 甘党皇子のお裾分け

 サクサクと芝生を踏み歩く度、手に抱えたバスケットから甘いバニラとチョコレートの香りが漂う。

 いつもなら幸せに感じられる美味しそうなその香りに包まれても、私の気分はなかなか晴れなかった。歩き疲れて、人気のない裏庭のベンチに一人で腰かける。


「昔の癖でつい作りすぎちゃった……。でも、貴族の子達ばっかの学校だし、手作りのお菓子なんか皆食べたがらないだろうなぁ」


 そうぼやきながら覗き込んだバスケットの中には、素朴なアイスボックスクッキー。定番の、バニラ生地とココア生地を組み合わせてチェック柄のようにした奴だ。

 焼き上げてからまだ誰にも食べて貰えていないそれを一枚つまんで、自らの口に運ぶ。サクリと、歯応えの良い音と共に、懐かしい香りが広がった。

 懐かしくて当然だ。これは、前世で唯一の趣味に近かったお菓子作りの中でも、一番作り込んだレシピのクッキーだから。


「……味は、昔作ってたのと変わらないのにな」


 嫌な事があると、あの頃はよくお菓子を作って、お母さんや仲のいい人達に配りに行った。喜んで食べてもらえれば、自分も嬉しくなって元気が出たから。

 だから、昨日の私の花壇が荒らされた事件で色々とモヤモヤが溜まった私は、気がつくと寮の自室に備え付けられている小型キッチンでクッキーをこしらえてたのです。もうこの世界には、いつも喜んで食べてくれてたお母さんも皆も居ないことも忘れて。


 じわりと、視界が滲んだ。それを誤魔化すように、両手で目元を押さえて俯く。泣くもんか、泣いたらあの子達に負けたことになる。

 すると、不意に私の周りだけが薄暗くなったような気がした。


 顔を覆っていた手をそっと外す。てっきり雲かなにかで日差しが陰ったのかと思ったけれど、辺りの芝生には先程までと変わらずに麗らかな春の日差しが注いでいるのが見える。暗いのは、私が座っているその位置だけだ。

 正確には、私の前に立ってこちらを覗き込んでいる人が居る為に、ここだけ日差しが遮られている。顔を上げると、炎のような紅い瞳と視線が重なった。


「らっ、ライト様!?」


「なんだ、泣いてるのかと思えば……元気じゃないか」


「ーっ!ご冗談を、何故こんないいお天気の休日に私が泣かないといけないのでしょう。ちょっとウトウトしてうつ向いていただけで……」


「昨日の放課後、ガーデニン係の個人管理花壇」


 笑顔で取り繕うとした所にズバリと切り込まれ、張り付けようとしていた笑みが消えた。


「……ご存知でしたか」


「寮でもずいぶんと噂になってたからな」


 淡々と言いながら、何故かライト皇子が私の隣に腰かける。拳ひとつ分開いた隙間は、心の距離の現れかしら。

 ため息が溢れた。自立した思考と感性を育む為の寮生活が逆に噂の広まりを助長させてしまったらしい。確かに、女子寮の方も夕べは居心地が悪かった。


「男子寮でまでそれだと、クォーツ様とルビー様もさぞ居心地が悪いでしょうし一刻も早く真犯人を見つけないといけませんわね」


 そう言うと、ライト皇子は何故か豆鉄砲でも食らったような顔で私の顔を見て固まる。首を傾げていると、彼は小さく息を吐き出した。肩の力が抜けたらしい。


「なんだ、端からルビーのことは疑って無いんだな」


「えぇ。ルビー様はよくも悪くも直球勝負しかなさらない方です。あのような姑息な手に走るとは思えませんわ」


 『そうだな』とライト皇子が頷いた。


「今回の件は、ルビーと言ういかにも濡れ衣を着せやすそうな駒が現れた事で、他にもお前を僻んでいた者達が突発的にやったただの嫌がらせだろう。なにも気にすることない。だから俯くな、付け入られるだけだぞ」


「ーっ!励ましに声をかけてくださったんですか?」


「……っ!まぁ、あれだけ毎日頑張って魔力の訓練だ勉強だ人助けだって駆け回ってるの知っちゃったらな。流石にほっとけねーよ。俺、努力してる奴を僻んで、妬んで、一方的に虐げるのって大嫌いなんだよな」


 驚いて隣を見ると、そう言って苦笑したライト皇子が、丁度遠巻きにこちらを指差して話していた数人の生徒に気づいて視線で追い払っているところで。助けてくれたのだと、ようやく気づいた。私を見つけたのは単なる偶然だろうけど。

 それにしても、と先程のライト皇子の言葉を思い返す。まるで自分にもそう言う経験があるかのような物言いだ。


「これだけ努力されていて文句のつけようがない結果も実力もお持ちのライト様でも、こういった中傷を受けることがありますの?」


「……!」


 今度こそ、ライト皇子が固まった。そういえばこの人、ゲームではプライドが高くて影での努力を他人に知られるのを心底嫌がっているタイプだった。小脇に練習用の剣とか魔術の参考書とか抱えて日曜日に校舎に居たもんだから、ついそこ指摘しちゃったよ。やばい……!


 しまったと思ったけれど、こちらが失言を撤回するより先にライト皇子が答える。


「……まぁ、ちょっとはな。付け入られる理由もあるし。言われても俺はそいつらまとめて真っ向から叩き潰していく質だけど」


 その言葉に、うつむいていた顔をあげて目を見開く。

 自信家……いや、違う。きちんと努力を怠らない人だからこそ許される強気な発言と笑顔。初めて会った頃は“傲慢”だと感じていたそれが、すごく輝いて見えた。だから、つい本音が溢れた。


「……たゆまぬ努力が有るからこそ、ライト様はいつも上を向いていられるんですね。カッコいいです」


「なっ……!?……っ、俺の話はいいんだ。それより、お前には俺が座学でお前に勝つまでは元気で居てもらわなきゃ困るんだ!勝とうと思って図書室で勉強の本借りれば、どれもこれもお前が先に借りてたあとで悔し……驚いたけどとにかく!弱っている相手に勝っても意味がない。こんな場所でうつむいてる間があるなら、お前も空でも見上げてみろ」


 顔を赤らめながらの一言は、負けず嫌いな、ライト皇子らしい激励だ。同時に、態度が軟化したのが、私が頑張ってるって気づいて、認めてくれたからだと言う事実に、胸の一番奥がほわっと温かくなった。

 思わず笑ってしまいそうになったが、折角元気付けてくれてるのにそれは無いだろうと我慢する。しかしそこで、きゅう……と誰かの腹の虫が鳴いた。

 今度こそ思わず吹き出して隣を見るとお腹をさすっているライト皇子が私の手元に目をつけていた。


「そう言えば、美味しそうな物持ってるな……。どうしたんだ?それ」


  じっと 見つめてくるライト皇子に言われて、私は膝に乗せていたバスケットから一枚だけクッキーを取り出して見せる。そう言えば甘党だったね、でも手作りは流石に生粋の皇子様には抵抗あるかな?とは思いつつ、指先でつまんだクッキーを差し出した。


「実はちょっと趣味としてお菓子作りを嗜んでおりまして、夕べ自室で焼いたのです。お召し上がりになります?」


「あぁ、貰う」


「え!?」


  わざとちょっと悪戯っぽく笑って見たのだが、ライト皇子は意に介さず(というかもう私の顔も見ずに)クッキーを食べた。しかも、私がつまんだ状態の一枚を口だけでパクリと。


「うん、旨いな。おかわり」


「は、はい。いくらでもどうぞ……」


 言われるままにバスケットごと渡したが、さっきのあれってまるで私がライト皇子にあーんしてクッキー食べさせたみたいじゃない!?なんて焦りは、シンプルだが正直な誉め言葉の嬉しさに掻き消えた。バスケットごとライト皇子の方に差し出した後は、籠いっぱいにあったクッキーがまぁ見る間に消えること消えること。

 サクサクサクサク……と無心でクッキーを頬張るその横顔は、流石メインヒーローだけあってずいぶんと整っている。そんな天使のようなお子さまが、自分が焼いたお菓子を美味しいと食べてくれる姿を見ていると、何だか自然と頬が緩んだ。


「……ふふ、可愛い」


「おい待て、可愛いとはなんだ可愛いとは。馬鹿にしてるのか?」


 あら、聞こえちゃった?

 クッキーを平らげたライト皇子が、じっとりと私を睨み付ける。でももう、はじめましての時のような恐怖は感じなかった。


「あらあら、ごめんなさい。でも私、実はライト様達よりずっとお姉さんなんですのよ?ですから、馬鹿にしたわけではなく本心ですわ」


「馬鹿言え、つくならもっとマシな嘘つけよ。そんな貧相な体格して何がお姉さんだ、中身子供のくせに」


「その言葉はそっくりそのままお返ししますわね。お口の周り、クッキーの欠片でいっぱいですわよ」


「なっ……!?」


 口元に指先を当てて笑う私の言葉を笑い飛ばしていたライト皇子が、顔を赤くしてハンカチで口の周りを拭く。言い負かされて悔しいのか、ちょっとご機嫌斜めだ。


 しかしそんなライト皇子が立ち去ろうと荷物をまとめる最中、またきゅー……と響く間抜けな音。


「……っ!!」


 今度の音源は隣のライト皇子じゃなく、自分のお腹からだった。そう言えばもうお昼時なのに、朝からなにも食べてないわ私……!


「……で、どっちがお子さまだって?」


「うぅ、返す言葉が無い……!ん?」


 気恥ずかしさで猫を被るのも忘れてお腹を押さえていると、とんと膝に何かが落とされる。赤色のリボンがついたビニールに個包装されたそれは、ちょっと大きめのスコーンだった。


「え、え?」


「クッキー平らげちゃったから、代わりにやるよ。ちゃんと食べればそれなりには育つだろ」


「まだそこを言いますか!!?いいんです、まだ成長期前なんですから!これはお返ししま……」


「それにちゃんと食べてエネルギー取ってれば、元気も出るだろ」


 その言葉で、スコーンを突っ返そうとしていた手が止まる。


 嫌がらせについては、相談をするなら先生より生徒会の方が良いとアドバイスを残して、今度こそライト皇子が歩き出す。片手を振りながら離れてくその後ろ姿を、つい呼び止めた。


「ライト様!」


「ん?何だよ」


「……ありがとうございました。こちら、少し大きいですし半分こにしませんか?」


「いや、要らない。だってそれ甘く無いんだもん」


 簡潔に突っぱねられた。如何にも甘党らしいその返事に、クスクスと笑い声がこぼれる。


 アドバイスの通りに空を見れば、麗らかな青空にゆっくりと雲が流れていく。どこの世界に生きようが、空の景色は同じだ。

 リボンを外してかぶりついたシンプルなスコーンは、なるほど確かにほんのりした甘味と小麦の香ばしさが漂う素朴なものだったけど。何だかいつにも増して、美味しいような気がした。


     ~Ep.18.5 甘党皇子のお裾分け~

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