Ep.18 アクシデント
正直いつ例の“借り”を返せと言われるのかハラハラして過ごしたのに、二年生、三年生と特に何事もなく月日は流れていった。
レインの言っていた婚約どうこうの噂は七十五日経たずに消えていったので、あの時のライト皇子の発言からして向こうが火消しにかかってくれたんだと思う。
まぁ、ただの色恋沙汰ならいざ知らず婚約までいっちゃうと政治にも関わって来ちゃうもんね。
「あっ、おはようフローラ!」
「あら、おはようレイン。」
ぼんやりと廊下を歩いていたら、後ろからレインが追いかけてきて私の肩を軽く叩いた。『教室まで一緒に行こー』と言ってくれたので、他の生徒の邪魔にならないように気を付けながら並んで歩く。
そう、三年生の時のクラス替えで、私はレインと同じクラスになった。
ライト、クォーツ、フライの三人の皇子達とは、誰とも同じクラスにならなかった。
クラス四つしかないのに全員バラバラになったってことは、もしかして意図的に分けられたのかな。
そろそろ女の子達が、かっこいい男子に関心を寄せだす年頃だしね。
「あっ、フローラ!レインも、おはよ……」
「お兄様、早く行きましょう!」
「わっ!?」
私達の教室は四階なので二人で階段を上り出したタイミングで、後ろからクォーツ皇子の声がした。
でも、ちょっとだけ低くなった声で発せられた挨拶は可愛らしい女の子の声に遮られ、彼はあっという間に少女に手を引かれて私たちを追い抜いてしまう。
その際に、長いストレートヘアを二つ結いにした少女が私にぶつかっていった。
「ふっ、フローラ、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ」
「すっかり嫌われちゃってるね……」
レインが、バランスを崩して手すりにしがみついていた私の背中側に回って体制を直してくれた。
『嫌われちゃってるね』と言う客観から見ても明らかだと言う点については、苦笑いをして誤魔化した。
まぁ、あれも今更でしょう、としか言いようがないもんねー。クォーツ皇子とクラスが離れてからも、ルビー王女の私への敵対心は薄れなかった。
それは多分、あの子にとって私が『大好きなお兄様の側に急に現れた雌猫』の第一号だったからだと思う。
ルビー皇女が学園に来る前に出会っちゃったのがいけなかった。
兄妹だからまだ横恋慕じゃないけど、まさか私、これから先の人生で色んなカップルの横恋慕ポジションになったりしないよね……?
もし次似たような敵対視をしてくる子が現れたりしたら、恐ろしくてとても恋愛なんか出来ないよ?
前世でも初恋まだだったんだから、せめて現世では並みの恋愛経験くらいしてみたい。相手はまだ居ないけど。
「フローラ、やっぱりどこか痛めた?」
「えっ!?いえ、何ともないですけど」
廊下で人目があるため、完全には口調を楽に出来ず、却って中途半端な言い方で答えてしまう。
でも、レインは特に気にした様子はなく困った顔で、『クォーツ様と話したいなら委員会室使ったら?』と言ってきた。
「――……レイン」
「何?フローラ」
「私は彼等とはあくまで“お友達”だと何度申し上げれば良いのかしら?」
心配してくれるのはありがたいし嬉しいけど、何か違うんだ友よ。
三年生の時はまだ良かったんだけど、高学年である四年生になってから、レインが度々私と他国の皇子達の関係を心配してくれるようになって困ってるのである。
いや、恋愛に興味はあれどまだ流石に早いし、クォーツ皇子は本当に良きお友達でガーデニング仲間だ。
大地の国出身だけあって土の状態なんかにも詳しくて、一、二年生の間は色々と教わった。結構和気あいあいと話してたから、仲良さげに見えてたのかもねー。
……そう考えてみると、確かに月に一度まともに話すか話さないかの今の関係は確かにちょっと寂しいけども。
「まぁとにかく、私は大丈夫ですからご心配なく!今はレインと同じクラスで学べて、とても楽しいですわ」
「ーっ!そっか、わかった。でも、何かあったら言ってね!」
まだ心配そうにしていたレインにそう言うと、レインは照れつつも笑ってくれた。そこで丁度授業開始の鐘が鳴って、話もそこで終わりになる。
私はもうさっきのルビー皇女の件など頭からすっぽり抜けて、窓から見える塔の鐘を見ながら『わざわざ授業の知らせに本物の鐘鳴らすってすごいよねぇ』なんて事を考えていた。
放課後に、あるトラブルが自分を待ち構えているとも知らずに……。
―――――――――
「レイン、花壇に行きましょう」
「あっ、ごめん!私今日日直だから日誌出しにいかないと」
「あら、そうでしたわね。では、私は先に行ってますわ」
レインは日誌を片手に取ると、『すぐ追いかけるからね!』と教室から飛び出していった。うーん、出会った時からは考えられないくらい活発になったよね。
髪を三つ編みから低い位置での二つ結いにしたのも影響してたりして。
「私もまた髪型いじろうかしら……」
私は、最近ハイネが忙しくてまるでアレンジして貰えなくなった自分の髪を弄りながら一人花壇へと足を進めた。
髪の話はまぁいいや。
今朝は蕾が大分膨らんでたから、もしかしたらもう花が咲き始めているかもしれない。
楽しみだなー、綺麗に咲いてたら一輪だけ摘んで押し花にして手紙に添えよう。
そんなことを考えてうきうきしながら花壇についたら、そこには同学年や低学年の子達が十数人集まってざわついていた。
その不穏なざわつき方に、前世でもよく感じた嫌な感覚が襲ってくる。
そして、私に気付いた生徒達が道を開けて、近くにいた同じクラスの生徒が気まずそうに花壇を指差した。
「あ……」
その花壇を覗き込んで最初に思ったことは、『あぁやっぱり』と言う諦めの感情だった。
そこには、美しく咲き誇る花々なんて無くて。
鎌か何かで切り裂かれたように、ただの破片とかした花びらや蕾、葉や茎が散乱していた。
よく見れば、足跡のようなものも土の中についている。
「フローラ!」
「……クォーツ様、ごきげんよう」
「『ごきげんよう』じゃないよ!大丈夫!?」
内心すごく悲しいはずなのに、心配した様子で駆け寄ってきてくれたクォーツ皇子に私は笑顔を向けていた。
――……こう言った仕打ちには、既に嫌と言うほど慣れてしまっているのかもしれない。
「フローラーっ!」
そこで騒ぎを聞き付けたのか、レインも血相を変えて駆けつけてきた。
そして、クォーツ皇子とレインが花壇を見る。今年から一人につき一つ与えられた、その私達の花壇を。
「……安心してくださいお二人とも、荒らされていたのは私が担当していた花壇だけでしたわ」
「そう言う問題じゃなっ……、ありませんよ、フローラ様!」
私がにっこり笑ってそう言うと、レインが声を荒げた。
それに釣られるようにして、周りに集まっていた生徒達からも口々に『ちょっとこれは質が悪い』とか『姫様に対しての侮辱よ』と言った声があがり出す。うわっ、不穏な空気……!
正直、やられたこともショックだけど、大事になっていく方が更にダメージを受けそうで恐い。
このままじゃ絶対『あの流れ』になると、皆を宥めようとしたその時。
「そう言えば、ルビー王女がさっき手にスコップとか持って走って行ったぞ!」
と言う声がした。こういう時のお約束。実は犯人とはまるで関係ない人影を容疑者扱いする野次馬の一声である。
~Ep.18 アクシデント~
『とりあえず、バケツじゃ花は切れません』