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第七話 結婚披露宴にて③ 〜sideヒューパート〜

「そんな調子じゃ誤解されますよ」


「……余計な口を挟むな」


「ジェシカ様に嫌われてもよろしいんですか」


 ああ、本当に腹立たしい。

 なんとも言えぬ苛立ちに、私は歯噛みしていた。


 ジェシカ・スタンナード公爵令嬢と婚姻し、結婚披露宴の主役の一人として出席している。

 昨晩は色々と想像しまくって寝られないほどだったが、いざ晴れの舞台に立っても全く心は晴れず、さらには弟のハミルトンから説教を喰らっている。


 それもこれも、ジェシカとの結婚初夜、彼女が白い結婚とやらを提案してきたせいだ。

 本当は私は、ジェシカを抱いてやるつもりだった。閨教育は受けているとはいえお互い初めてだからうまくいく保証も自信もなかったが、それでも。


 だというのに、意気込んで夫婦の部屋へ行ってみれば、『これは白い結婚ということにいたしましょう』と言われたのである。

 そのせいで夫婦関係はギクシャクし、結婚祝いをされているはずなのにちっとも嬉しくない。


 今はジェシカはどこかへ行ってしまい、ハミルトンと二人きり。

 先ほどまで触れ合っていたあの生白く細い手の感触が恋しかった。


「全てあの女が悪いのだ」


 そう言いながら私は、彼女を思い浮かべた。


 ふわりと風にそよぐ柔らかな金髪。翠色の瞳は意志が強く光を放ち、透明感のある肌は触れるだけで蕩けてしまいそう。

 引き締まった体は女性らしい凹凸は控えめだが、それがまた視線を引く。

 この世のものとは思えぬほどに美しく、まともに視線を向けることすらできない。それが腹立たしくてならなかった。


「兄上はあれですね。好きで好きで仕方がないくせにフラれるのを恐れ、変な意地を張って関係を拗らせる系の厄介な男ですね」


「なっ!?」


 私はハミルトンの言葉に目をひん剥き、思わず声を上げてしまった。

 なんなのだ、こいつは。皇太子であり兄である私に対し、なんという口を。


「私が厄介な男だと? 冗談もほどほどに」


「いや、冗談じゃありません。兄上って正直どこからどうみてもそうなんですよ。実際初恋拗らせてここまでずるずるやってるわけじゃないですか。――どうせその分じゃ、初夜もやってないんでしょう」


 他の参加者には聞こえないほどの小声で、しかしハミルトンは的確に私の弱みを言い当てた。

 馬鹿なことを言うな、と叫んでやりたかったが、皇太子としての品位を保つためにもそんなことはできず、「ぐっ」とくぐもった声を漏らすに留める。


「初夜は、あいつが行いたくないと言ったに過ぎない」


「でしょうね。ジェシカ様とは不仲で有名でしたから予想の範囲内です。でもそれは全部ご自分のせいではないですか、兄上」


「偉そうなことを……」


「事実、恋愛に関してはこちらの方が上手(うわて)ですよ。こちらはサラと揺るぎないほどの相思相愛ですから」


 自慢げな笑顔に、私はチッと舌打ちした。

 確かに弟とサラ嬢は誰がどう見ても愛し合っている。未婚だから男女の戯れはまだだろうが、口付け程度なら何度も目撃している。どうしてサラ嬢は私と違って平凡顔のハミルトンなどに惚れたのかはわからないが、とにかく仲がいい。

 ……それに対し私は、既婚であるにもかかわらずジェシカとまともに話したこともない。その差は歴然だった。


「恋愛経験において先輩であるわたしから、兄上に一つ助言して差し上げましょう。

 ジェシカ様の前でサラの名前を出しましたね。あれは紛れもない悪手です。ご自分がサラと一体どういう関係を噂されているかご存知ですか?」


「なんだ、噂とは。私とサラ嬢の間に不誠実なことは何も」


「いえ、そういうことはなく。――ご存知ないのですね。兄上は本当に、色々なことに疎過ぎる」


 こちらを馬鹿にするようにハミルトンは苦笑する。


「他の女のことは一切匂わせない。そして相手のことだけを見つめ、その相手のことだけを考えていることを示す。これだけです」


 だが彼の言葉は私にとって何の意味もなさなかった。

 私は別に、他の女に入れ込んでいるということは決してない。相手のことを見つめられないのは理由があるからだ。言われたくらいで簡単に変われるなら、自分でやっている。


「私の心も知らないくせに適当なことを言うな」


「いや、結構間近で見てますし兄上ってわかりやすいので、ほとんど知ってると思いますよ?」


 私はいい加減堪忍袋の緒が切れた。


「私を侮辱するのもいい加減にしろっ」


「そうそう、そういうところです。兄上って怒りっぽいじゃないですか? 本当はただ自分の内心を知られていて恥ずかしいだけなのに、こうしてわたしに凄んでる。だから嫌われるんです。

 そりゃあ兄上は顔がいいですよ? だからモテる。でもそれは他の令嬢たちには貴公子の仮面(・・・・・・)で接してるからに過ぎないわけで。ジェシカ様の前では素を晒しまくりでしょう」


「それは……」


「やはり女性に好かれる男性というのは、優しく紳士的な性格的イケメンじゃないといけません。わたしのようにね」


 ハミルトンの言っていることは正しい。正しいが、いちいち言い方がムカッとくる。

 これならジェシカと手を離さず、ハミルトンとの話をさっさと切り上げて彼女と一緒にいるべきだった。今頃ジェシカは誰と何を話しているだろう――。


 一度そう思い始めてしまったら後悔は止まらず、私はぐぅぅと呻いた。

 いつもこうだ。後悔してばかりで、ジェシカを遠ざける。


 それからしばらくハミルトンの性格イケメン自慢、そしてサラ嬢がどれほど可憐で素晴らしい女性かという惚気を聞かされたが、ろくに耳に入ってこない。

 サラ嬢は可愛らしい。だが、ジェシカに比べれば霞むほどの魅力だ。


 どうしてこれほどジェシカのことが頭から離れないのか、その答えはわかっている。

 だが、どうにも認めたくなかった。勉学、マナー、美貌……その全てにおいて私より優秀な彼女に、さらに屈服してしまうような、そんな気がして。


 私はハミルトンの惚気の隙間を掻い潜りその場を離れると、なんとも言えない気持ちのままでジェシカを探してパーティー会場を歩いた。

 だが数分後せっかく見つけたジェシカは友人の令嬢に囲まれて談笑しており、声をかけられず、私は披露宴終了間際まで彼女をただ見つめるだけだった。


 我ながらなんとも滑稽だと、乾いた笑みを浮かべた。

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