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第四話 妃としての務め

「失礼ながら、皇太子殿下とはどういうご関係で? 陰で何をお話しなさっていたのですか」


「関係性はもちろん、夫婦ですわ。話していたことは……その」


「言い方が悪うございましたね。わたしがお訊きしたいのはですね」


 ヒューパート様と思わぬ形で出会した後、わたくしはクロエに質問攻めにあっていた。

 侍女としてしっかり教育を受けているらしい彼女だけれど、年頃の少女らしく色恋沙汰には興味津々のようだ。

 元より彼女は伯爵令嬢なのだから当然だった。


 答えに詰まってしまったわたくしは、強引に話題を変えることにした。


「そんなことより西棟ですわよ、西棟。案内してくださるのでしょう?」


「……。それはもちろんでございます」


 クロエがしつこくなくて幸いだった。

 すぐに少女の顔から侍女の顔に切り替えたクロエは「こちらです」と案内を再開。わたくしは何事もなかったかのような顔をして西棟を見て回った。


 もちろん内心は、変な噂になってもおかしくない愚かな行動を取ったヒューパート様への呆れと憤りでいっぱいだったけれど、きっとすぐ傍のクロエにさえも悟られなかったはずである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 城の西棟は主に来客をもてなす部屋が多い。他には小ホールや大ホールといったパーティー会場、皇族のための娯楽室もあったが、どれもわたくしが普段使いできそうではなかったので興味を失い、早々に東棟へと戻ってきた。

 そうなると後はもう夫婦の寝室に戻るしかない。東棟には他の皇族――皇帝陛下や皇妃陛下も――いらっしゃるが、便りもなくわたくしから会いに行くのは失礼にあたるだろう。


 夜、ヒューパート様がベッド代わりにしていた長椅子に腰を落ち着けて、これからの日々をどう過ごそうかと思案する。

 数日後に結婚披露宴があるが、それまでの時間は自由だ。読書などに時間を費やすのもいいがそればかりではどうしても飽きてしまうし、離縁後に何もできない無能へ落ちぶれてしまっては困るから、何かしておきたいところだ。


 そこまで考えて思い出したのは、妃としての務めについてのことだった。

 妃は夫を献身的に支えるようにと妃教育の中にあった。もちろんわたくしはヒューパート様に身を捧げるつもりはさらさらないのだけれど、昼間は少しくらいは妃らしいことをしてもいいかも知れない。


「クロエ、皇太子殿下……ヒューパート様のご公務の一つである書類を見させていただけないかしら」


「ジェシカ様、いかがなさったのですか」


 わたくしの意図がわからないのか、クロエがわずかに首を傾げる。


「どうせ日中はこうして時間を持て余すのですし、ヒューパート様を手伝って差し上げようと思いましたの。書類の分類等の作業をさせていただきたいのですわ」


 わたくしがふわりと微笑むと、「皇太子殿下付きの者に確認してまいります」と彼女は侍女服のスカートをつまんで頭を下げ、退室していった。


 皇太子であるヒューパート様に回される書類は多い。

 その一部を整理し、認め印を押すなど彼の代わりにできるのが、妃であるわたくしなのだ。

 ヒューパート様が普段からどういった仕事をしているのかはまるで知らないが、隣国の王弟妃になる予定で元からかなりの上等教育を受けていた上、妃教育まで終えたわたくしならどのような内容であったとしてもそう難しくないに違いなかった。


 そしてクロエが許可を得て持ってきたのは、書類計七十枚ほど。

 サッと目を通すと、多種多様なことが書かれている。地方領主からの援助金の要請、ヒューパート様と個人的なお付き合いのある若手貴族からの要望やら、中には早速側妃としてうちの娘を召し上げないかというお誘いまであった。

 あとは弱小貴族の領地への視察に関するものだったり、パーティーなどの参加の是非を問うものなどだ。


「皇太子もなかなか大変でいらっしゃいますのね」


 そんな独り言を呟きながら、わたくしは淡々と書類作業をこなしていく。


 わたくしがこんな勝手をしたらヒューパート様に叱られてしまうだろうかと考える。

 きっと顔を真っ赤に染めて激昂するだろう。しかし構わなかった。


 ヒューパート様はそもそもわたくしの存在自体が気に入らないのだから、何をしても同じことだ。




 ――わたくしは社交界で完璧令嬢などと勝手に呼ばれている。

 本来なら十年近くかけて行う妃教育を、簡易版とはいえたった一年で済ませたことからもわかるように、高度なことを容易く理解できる頭脳を持っていた。

 さらに容姿は母譲りの金髪と父譲りの翠の瞳がとても映え、色白なこともあり、まるでおとぎ話の中の妖精のように美しいという。


 自分ではこの顔はきついと思うし、美しさに関してはヒューパート様の方がわずかに上だと認識しているのだが、ヒューパート様自身がわたくしの美貌を認め嫉妬してしまっている。

 才能でも美貌でも彼に勝るのは唯一わたくしのみと認識しているからこそ、彼はわたくしを嫌っているのであった。


 城を侍女の案内のもと歩いているだけで監視されるほどなのだから、よほど信頼がないのは今日一日だけでもわかった。

 だから妃の務めと称するこれは、一種の意趣返しのつもりでもあった。


 わたくしの優秀さを見せつけると共に、あえて役に立つことで、妙なことを企んでいるだとか遊んでいるだとかの類の言いがかりをつけられないようにすれば一石二鳥だと思ったのだ。


 ……けれど。


 夜、ヒューパート様からのお咎めは何もなかった。

 それどころか。


「お前、この量を一日でこなすとか正気じゃないだろう。さっさと休め」


 そんな風に言われただけだった。


 拍子抜けもいいところである。

 まさか正気じゃないと評されるとは。しかも、罵っているというよりは信じられないという声音だった。


 ――絶対腹を立てると思っておりましたのに、意外ですわね。


「わたくしは平気でしてよ?」


「平気なわけがあるか。普通は一日で二十枚程度だぞ。無理をするな」


 単なる暇つぶしのようなものだったとはさすがに言えず、一応頷いておいたものの、まるで心配をするような口ぶりに納得がいかなかった。


 だがまあいい。それから数日、ひたすら書類作業にのめり込んだ。

 ヒューパート様の態度から感じた違和感はさっさと忘れ去ってしまうことにした。

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