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第三十二話 いよいよ離縁?②

 皇帝陛下の謁見の間から戻ってきた。

 謁見の間には半刻もいなかったはずだ。それだというのにまるで大仕事を終えた後のような心地がする。


 けれどまだやらなければならないことは山ほどあり、その最初がクロエへの報告だった。


「……そういうわけで、わたくしはまもなく皇太子妃ではなくなることが決定しましたの。二年もの間、あなたにはお世話になりましたわね。感謝いたしますわ」


 わたくしが離縁することになった経緯を話すと、クロエは驚き顔をした。

 その反応は当然のものだろう。つい数日前までヒューパート様の誕生日のために準備し、盛大に祝っていたわたくしの姿を見ていた彼女だからこそ、あまりに青天の霹靂な話に衝撃を受けたに違いない。


 わたくしにとっては、ずっと前からわかっていたことだけれど。


「侍女の身でこのようなことを口にするべきではないと承知しています。その上で尋ねさせていただきたいのですが、やはりジェシカ様にお子ができないからでしょうか」


「その通りですわ」


 クロエはきっとわたくしが不妊だと思っているのだろう。

 痛々しい目を向けられても困ってしまう。そもそもそういう行為をしていないのだから孕まないのは当たり前で、白い結婚というものを提案したのはむしろわたくしの方からだったのに、と。


 しかしもちろんそれを言葉にするような野暮なことはしない。誤解されているなら誤解されたままの方が都合がいいのだから。


 クロエは侍女服の裾を摘み、深々と頭を下げた。


「今までお仕えさせていただき光栄でした。……お支度を、手伝わせていただきます」




 公爵家から持ち込んだ所持品はほんのわずかで、この滞在期間に増えたヒューパート様にいただいた贈り物とダブルデートで買った時のものを足しても、鞄一つあれば全て詰め込めてしまうほどの量だった。

 本当に、呆気ないものだ。二年間ここで過ごした記憶はわたくしの中に山ほど残ってしまっているというのに。


 新婚の頃のこと、偽りの溺愛夫婦を演じていたこと、冷戦状態に陥っていた日々、そして歩み寄ろうと必死で努力した数ヶ月間。

 とても色濃い二年だったと振り返る。良いことばかりではなかったというより、それどころか苦労する方が多かった気がするが、今となっては全てが懐かしく思えてしまうから不思議だ。


「この王宮にもすっかり馴染んでしまいましたし、慣れというものは恐ろしいものですわね」


 公爵家に戻れば戻ったで、皇帝陛下が用意してくださった嫁ぎ先に向かえば向かったで、その場所が当たり前になるのだろうか。

 この二年間でお世話になった人のことも忘れて、暮らすのかも知れない。


 サラ様を筆頭に二年間お世話になった城の人たちに最後の挨拶をすべきかどうか迷った。

 けれどなんだか気まずく、どうしてももう一度赴く気にはなれなくて。別れを告げないでひっそり立ち去ろうと決意するのに二、三時間を要してしまった。


 その時、すでに日は大きく傾いていた。


「もう夜になりますし、出発は明日の朝がよろしいかと」


「そうですわね。そうさせていただきますわ」


 クロエはわたくしのドレスを脱がせ、薄手の寝間着を纏わせる。

 着替えが終わると「おやすみなさいませ」と言って、部屋を出て行った。


 独りきりになった部屋に静寂が落ちる。


 せめて最後に、きちんとヒューパート様と話をしよう。

 白い結婚といえ、約二年も共に暮らしてきた相手なのだ。皇帝に離縁を命じられた直後の彼はずっとぼんやりとしていてまともに話せる状態になかったので、改めてきちんと機会を作らなければ。


 ヒューパート様の動揺っぷりは本当に見ていて痛ましいほどだった。


 それほどわたくしという都合のいいお飾りを失うことが嫌なのだろうか。離縁後は今度こそ白くない結婚をしなければならなくなってしまうから――。

 つい先日見たばかりの彼の穏やかな笑みを思い出し、胸が苦しくなる。


 わたくしはその理由に気付かないふりをして、ベッドに腰掛けながら彼を待った。

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