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第二十一話 恋愛小説を貸されても……

 わたくしとヒューパート様の関係性を端的に言い表すとすれば、可もなく不可もなく、だろうか。

 冷戦は終幕し、はっきりと言葉にはしないものの一応の和解という形に落ち着いたようで、お互いに視線を交わらせるくらいの関係にはなった。――戻ったと言うべきかも知れないが。


 しかしそこから先が難しく、なかなか進展できないでいる。

 クロエに「何かお手伝いが必要なことがあればお声がけくださいね」と言わせてしまった程度には、焦ったくて見ていられない光景なのだとは思う。


 そんな中、またもやわたくしとアンナ嬢のお茶会が開かれることになった。

 場所は城ではなく、彼女の屋敷。当然ながらヒューパート様を誘うことはなく一人でやって来ている。


「聞いたわ、サラ様とお茶会なさったんですって!」


 お茶会が始まって開口一番、アンナ嬢は興味津々で言った。

 彼女の耳聡さにはいつも驚かされる。一体どこから情報を仕入れているのか知りたいくらいだと、いつもわたくしは思う。


「相変わらず耳が速くいらっしゃいますわね」


「まあね。私には色々ツテがあるもの。

 いいわよね、ジェシカ妃殿下は。サラ様が第二皇子妃殿下になってからというもの、まだ一度もお会いできていなくて。彼女からお聞きする甘々な話が私の楽しみの一つだったのに……」


「わたくしと違って彼女は第二皇子殿下との愛を育まれるのに忙しくいらっしゃいますもの、仕方がありませんわ」


「早速聞かせてちょうだい、お茶会であった話を」


 前のめりになるアンナ嬢に訊かれて、わたくしは先日のサラ様とのお茶会について語る。

 そうすると自然にヒューパート様とのことも話さなくてはならなくなる。少し躊躇ったが、どうせ白い結婚のことも知らせているのだしと洗いざらい話した。


「……ふーん? つまりジェシカ妃殿下は、皇太子殿下との関係改善を望むと、そういうわけなのね?」


「いつまでも居心地が悪いのは嫌ですもの」


「それで皇太子殿下からの反応も悪くない、と。これは、なかなか面白い展開になったじゃないの! さすがサラ妃殿下ね!」


 そう言って微笑んだアンナ嬢は完全にわたくしのこの状況を楽しんでいるのが窺えた。

 別にわたくしとヒューパート様の関係に色恋の要素は一切ないのだけれど、アンナ嬢はやはり何かあるのではと勘繰っているらしい。完全なる勘違いだが、それを指摘するのは面倒臭いのでやめることにする。


「いいことを思いついたわ。ジェシカ妃殿下、そう長くはかからないから少し待っていらして」


「アンナ嬢? 何をなさるつもりですの」


 わたくしは眉を顰めた。


「いいからいいから」


 アンナ嬢はそう言ってパッと立ち上がると、お茶会の最中なのにもお構いなしにヴェストリス侯爵邸の中へ入っていってしまった。


 彼女が何をするかわからない以上、わたくしはただ待つしかない。

 そして数分経ち、やっと戻ってきたアンナ嬢は、両腕に本をいっぱい抱え込んで現れた。


「……どうなさいましたの、それは」


「私が好きな恋愛小説を集めてみたわ! 例えばこれは貧乏な子爵令嬢が大好きな人の胃袋を掴むお話でしょ。それからこれは『岩の貴公子』が大好きな男爵令嬢のお話。

 そうそう、白い結婚をテーマにしたラブストーリーも最近密かな人気ジャンルになっているのよ。辺境伯令息へ嫁いだのに「愛することはない」と告げられてしまう地味令嬢のお話だったり、その真逆で魔国に嫁いだ花嫁が『愛することはない』と宣言したのに魔王に愛されてしまうとか。他にも公爵に嫁いだ伯爵令嬢がかつての婚約者を取り戻して幸せになる話なんてのも……」


 十冊以上の恋愛小説――本の薄さはかなりまちまちで、表紙は赤字に金文字で書かれていたりする――をテーブルに広げながら饒舌に語るアンナ嬢。

 その話を半ば聞き流しながらも、わたくしは彼女の意図を理解した。そういうことか、つまり彼女は――。


「わたくしに恋愛小説を読んで学べと、そうおっしゃるわけですわね?」


「そう! さすがジェシカ妃殿下、察しがよろしくて助かるわ。ジェシカ妃殿下にこれら全てをお貸しするから、ぜひ読んでいただきたいの。そうすればきっと皇太子殿下との仲を真の意味で深める道筋が見つかるはずよ」


 彼女があまりに自信満々なものだから、わたくしは仕方なく本を手に取り、パラパラとページを開いて流し読みしてみる。

 少し目を通しただけなのに、「愛している」だの「お慕いしております」だの、甘ったるい言葉が目に飛び込んできてクラクラした。アンナ嬢と違って色恋沙汰には無縁の人生を生きてきたわたくしにとって、これは刺激が強過ぎる。


「皆様このようなものを好んで嗜まれますの?」


「信じられないとでも言いたげな顔をしていらっしゃるけれど、そうよ。ジェシカ妃殿下こそ理解不能だわ。恋愛小説をろくに読みもしないで今まで問題なく社交できたことが驚きだわ」


 令嬢たちの恋愛の話題には適当に話を合わせてきた。恋愛小説の話を振られる度に困りはしたが、話術で誤魔化せば別に問題なかったのである。


「こんな胸焼けのする恋愛小説を貸されても困ってしまいますわ……」


 けれど、確かにヒューパート様の関係改善を図るとなれば、恋愛小説の知識は多少なりとも必須なのかも知れないというのも事実。

 渋々ながらわたくしはアンナ嬢の提案を受け入れ、恋愛小説を読んでみることにした。


「では、お借りいたしますわ。次お会いした時に全てお返しいたしますので」


「別にいいのよ、急がなくても。それだけの量を読むには相当時間がかかると思うし……」


「わたくし、こう見えて結構暇ですの。一日一冊読むくらいは造作のないことですわ」


「妃教育の本とは違うのよ。もっとゆっくり味わった方がいいわ。次の機会にしっかり感想を――それからジェシカ妃殿下自身の話も聞かせてもらうからそのつもりでいてね」


 釘を刺されてしまった。仕方ない。じっくり読むとしよう。

 わたくしはアンナ嬢にお礼を言って、恋愛小説約十冊を抱え上げる。先ほどはアンナ嬢が軽々と持ち上げていたそれの重みをひしひしと感じつつ、ヴェストリス侯爵家の庭を後にした。


 それから十日以上、わたくしの苦行――恋愛小説たちをひたすら読むという日々が始まった。

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