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前日譚:間宮古書店の日常 (前編)


 それはまだ祖父が生きていた頃。

 碧が高校一年の、暑い夏の日へ時は(さかのぼ)る――。




 *




 蝉の声がうるさく響き渡る八月。

 そんな外の喧騒(けんそう)と対比するように、間宮古書店には閑古鳥(かんこどり)が鳴いている。


 つまり、一人もお客様が来店しておらず静まり返っているのだが、そもそもお客様が来ることの方が珍しい書店だったので、碧も兄の翠も、そして店主の祖父でさえ、誰もそれを気にしてはいなかった。


 店内は、天井まで備え付けられた書棚が細い通路の壁際に並び、そこには沢山の古書と、隙間にランタンが並べられている。


 そんな静寂の中で、祖父と翠はもくもくと読書を堪能している。しかし碧は、旧型のレジが置かれた机の端にもたれ掛かり大きな溜息を吐いた。


「どうした、碧?」


 祖父が読んでいた古書から顔を上げ、こちらに問い掛けてくる。


「じーちゃん、どうしよう。走れメロス、全然読む気になれない」

「そうか。それは困ったな」


 夏休みの読書課題である太宰治の走れメロス。読書の苦手な碧は、なかなか読み進める事が出来ずに苦戦していた。


「そうだ、碧。お前は知っているかな? 実はそのメロス。走っていなかったらしいぞ」

「え?」


 祖父の言葉に碧は机にもたれていた体を跳ね起こした。


「嘘! 走る話じゃん! さすがの僕でもそれくらい分かってるよ。じーちゃん、騙そうとしてるだろ」


「いやいや、碧。メロスは走っていなかったのではないかという論文が、発表されているんだ」


「だって……。タイトル『走れメロス』だよ? 本文で走るんでしょ?」


 信じられずに祖父に食い下がっていると、今まで読書に集中していた翠が、最後のページを閉じて顔を上げた。


「本当だよ、碧。しかもその論文は、お前より年下の、当時まだ中学生だった少年が、夏休みの課題として提出したものだ」


 兄の言葉に碧は更に衝撃を受ける。

 中学生の少年が、論文を書いた。


「それ、どんな内容なの?」


 碧は前のめりになって、二人にそう問い掛ける。碧が論文に興味を持つのは人生で初めてだ。そしてほんの少し、走れメロスにも興味が湧いてきた。


 そんな碧の様子に、祖父が嬉しそうに声を弾ませる。


「碧。その内容はな……」



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