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5話:祖父の日記帳


 

「僕のおかげって、どういう意味?」

「今回の契約で、肝心なのは条件を引き出すことだからだよ」

「だからだよ。と言われても……」


 碧が相変わらず戸惑っていると、翠が焼きそばパンを食べながら少しずつ話してくれた。


 死なない為の願い事をするには、まず契約内容の全容を知らなければどうにもならない。しかし、その内容を知るには、『自分の好物を悪魔に差し出す』必要があった。


 恐らく、これまで生き残れなかった多くの犠牲者は、心臓を取られるという条件を知らずにいたのだろう。碧も初めは、願いを叶える事しか提示されていなかった。


「この条件さえ分かれば、生きる為の願い事を考えるのは案外簡単だ」

「え?」

「まぁ……。お前みたいに分からない奴も、いるんだろうけど」

「分からない方が普通だと思う!」


 翠の言葉に碧がむくれていると、なだめるように翠が髪を撫でてくる。


「すぐ子供扱いするし、でもそれならやっぱり、僕のおかげじゃ無いじゃん。結局、僕はただコロッケをあげただけだし」


「その不確定要素な行為を、いったいどれだけの人間がやってみようと思うんだろうな」


「え?」


「今回の契約において、その行為が命を救う最初の鍵だ。それがなければ、生き残る為の扉は開かない」


 そこまで言って、翠が少し苦笑する。


「だけどな、碧。俺には、悪魔に自分の好物をあげるという発想がない。そもそも、そんな事をしてみようと思わないんだ。むしろそれは、俺にとっては無駄だとさえ思える行為だった。もし、最初に悪魔と遭遇したのが俺だったら、今と同じ結末を迎えていたと思うか?」


 翠の手が、また碧の頭をポンッと弾く。


「だから、碧。今回はお前のファインプレーなんだよ」


 翠の言葉が嬉しかった。いつも、一方的に頼る事が多かったから。例えその行為が偶然だとしても、碧だけではなく、翠だけでもない、二人だから解決できた。


 その事実がたまらなく誇らしい。


 

 その時、不意にリヴが碧の手をすり抜け、悪戯をするように古書の山に飛び乗った。瞬間、古書の山が崩れだし、碧は急いで両手を伸ばしてリヴを受け止める。


「危な……」


 散らばった古書を集めていると、明らかに他とは違う、子供が手作りしたような画用紙を貼り付けた表紙に、墨で『自伝』と書かれた綴じ本が出てきた。


 手に取り開いてみる。

 それは祖父の手書きの日記帳だった。


 亡くなった一年前には気付けなかったものだ。どうやら売り物の古書の中に紛れ込んでいたらしい。ひょっとすると祖父は、販売するつもりだったのかもしれないけれど……。


「じーちゃん、見せてもらうね」


 碧は一言呟いて、翠と一緒にその表紙を巡った。何気ない日常や、祖父より先に亡くなった祖母への愛が、これでもかという程につづられている。


「胸焼けしそうなほど、熱烈だな」


 翠が苦笑している。


「じーちゃん。ばーちゃんの事、大好きだったからね」


 しばらくページを巡るが、まだまだ祖母への揺るぎない愛は終わりそうにない。


「もう、読まなくていいだろこれ」

「とりあえず、最後の方だけでも読んでみようよ」


 愛のメモリーをすっ飛ばして、残り少ないページを開く。


「え?」


 碧の手が止まった。


 祖父が亡くなる前の、最期の三日間。

 碧と翠は驚き、互いに視線を交わす。


 そこに書かれていたのは……。



*  *  *  *


 病気がみつかり、余命宣告を受けた。

 息子夫婦と孫たちには、黙っていようと思う。不思議と恐怖はなく、先に逝った彼女に会えるのが楽しみだと思えた。


 そんな折、古書の整理をしていると、一枚の古い紙切れが落ちてきた。拾い上げた拍子に指を切り、血が紙へつたい落ちた。


 その紙切れはたちまち猫となり、おまけに悪魔だと名乗ったのだ。


 儂の心は踊った!

 死ぬ前に、こんな不可思議な出来事に遭遇できた。


 彼女といつも一緒に語っていたのだ。この古書の山の中に、とんでもない魔法の本が混ざってはいないかと。どこかの幻想的な世界に繋がる本はないかと。二人でそんな馬鹿げた事を語るのが、歳を重ねてからの二人の楽しみだった。


 張り切って、悪魔に茶を出した。

 好物の芋羊羹(いもようかん)も、すすめた。


 大変満足そうに芋羊羹を食べた悪魔が、願い事の条件とやらを話し出した。願いを叶える代わりに、三日後に心臓を奪うという。


 あと少しで病魔に命を奪われるなら、自らの意思で悪魔に差し出すのもいいだろう。あの世で彼女にこれを語れば、不可思議な事が大好きな彼女は頬を染めて儂に惚れ直すに違いない。


 最期を迎えるまで、時間は三日ある。

 大事な孫たちに会いに行こう。


 急遽、我儘を通し、碧と一緒に東京へ向かった。翠と合流し、三人で旨いものを食った。のんびり銭湯につかった。いつもより多めに小遣いもやった。翠はどうしたのかと訝しんでいたが、碧は小躍りして喜んでいた。夜は孫たちに挟まれ川の字で眠りについた。そんな特別ではない日常が、最上の特別な思い出となった。


 明日は墓参りをして、彼女とあの世の待ち合わせ場所を決めようか。


「先に逝ったお前に、案内役を任せるとしよう」


 さて。

 最終日には、あの悪魔に何を願おうか。


 *  *  *  *


 


 

 碧は静かに最後のページを巡った。


 そこに記された祖父の願いが、今ここにいる碧と翠の願いへと、時を越えて繋がっている。


「これが、じーちゃんの願いなんだ」

「ああ」


「じーちゃん、らしいね」

「らしいな」


「もしもリヴの願いが、永遠の宿命を終わらせる事だったとしたら、じーちゃんが願った『いつか』は、僕らが叶えた『今』なのかな」


 二人で日記帳の文字を見つめ、それからまた顔を見合わせ笑い合う。


 いつしか時は夜の入口に差し掛かり、小さな古書店の中に淡い橙色の光が差し込んでいた。その優しい光が、店内を包み込むように照らしている。


「翠。やっぱりここ、手離さずにすむ方法はないのかな?」

「もう契約済みだよ。……それに、古書の知識がある人に大切にしてもらう方が、本だって嬉しいだろ」


 翠が本の気持ちを考えているとは意外だったけれど、考えてみればよくここで、翠は子供の頃から本を読んでいた。


 その横で、碧はいつも眠ってしまっていたのだけれど。本好きの翠がそう言うなら、きっと、ここを愛する祖父と祖母もそれを喜んでくれるような気がする。


「どんな人が、引き継いでくれるんだろうね?」

「いい人だといいな」

「うん!」


 微笑む碧の腕の中から、まるでその会話に相槌でも打つように、猫のリヴが軽快な声で「ミャッ!」と鳴いたのだった。



 *  *  *  *


 悪魔・リヴ殿。


 いつか、其方(そなた)の願いが叶うことを祈る。


 *  *  *  *




 了



→前日譚を投稿します



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