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1話:理不尽な悪魔


 

 田舎町にある古書店で、間宮 碧(まみや あお)は亡くなった祖父の事を思いながら、彼の定位置だった椅子に座り、ぼんやりと店内を眺めていた。


 天井まで備え付けられた書棚が細い通路の壁際に並び、そこには沢山の古書と、隙間にランタンが並べられている。そのランタンの淡い光が、優しく店内を照らしていた。


 祖父がこの世を去ってから一年。家族に古書の知識がなく、明日ここを手放すことになっている。


「じーちゃん、ごめんな」


 祖父は碧に読書好きになって欲しかったようだが、むしろ活字を見ると眠くなるタイプに育ってしまった。


 五歳年上の兄の(みどり)は、碧と違い頭脳明晰で読書好きだったけれど、今は東京の一流企業に就職しているので、ここを引き継ぐ訳にはいかないようだ。


「翠も今日来るって言ってたのに、遅いな」


 スマートフォンを取り出し『いつ着く〜?』とメッセージを入れる。


 ここに一人でいると何をしていいのか手持ち無沙汰になり、碧は机に平積みされた古書を一冊手に取りページを捲った。


 目元に少しかかる長めの前髪をいじりながら、文章に目を通してみる。


 けれど、やはり活字は苦手だと再認識するばかりで、碧は山積みされた古書の一番上にその本をそっと戻した。


 その時、更に高く積まれた隣の古書の山から、一枚の古い紙切れが舞い落ちてきたのだ。


「ん?」


 その紙には、文字なのかよく分からない何かが羅列されている。


「何だ、これ?」


 紙を拾い上げようと触れた瞬間、その手触りに碧は驚愕の声を上げた。


「うわっ!」


 それは確かに紙のはずであるのに、まるで何か動物に触れているような感触がする。不思議に思い何度も紙の上に手を滑らせていると、尖った端の部分で指を切ってしまった。


「痛っ」


 赤い線がスッと指に浮かび上がる。予想より深く切ってしまったのか、そこから溢れた碧の血液がその紙の上へとつたい落ちた。


「あ」


 しかし、その紙が血で汚れる事はなく、まるで碧の血液を吸いとるかのように吸収していく。


「え? な、何だよ。これ!」


 恐怖を覚えて、碧は思わず紙を放り投げた。すると、重力に逆らうように一度大きく浮かび上がった古紙が、白い煙と共にその形を変えていった。


 

 旧型のレジが置かれた机の上に、一匹の黒猫がしなやかに着地する。


「うわっ! 猫? え? 紙が…………猫!」


 その上、よく見ると猫の背にはとても小さな翼のようなものがついている。混乱した碧の思考に追い討ちをかけるように、更なる衝撃が碧を襲った。


「俺を呼んだのはお前か?」


 小さな体の見た目からは、想像もできないような低音の渋い声で猫が喋った。碧の混乱はピークに達し、思考が一旦停止する。


 しかし元来ポジティブな碧の思考は、とりあえず現れたのが猫でよかったのではないかという楽観視への道を進み始めた。


 もしこれが虎や狼だったら、恐怖でもっとパニックになっていたはずだと。


「俺を呼んだのはお前か?」

「いえ、……呼んでません」


 問いに答えると、猫の眉間に皺が寄るのが見えた。


「どういう事だ?」


 そんな事を聞かれても、むしろ自分がそれを聞きたいと碧は思う。なぜ急に現れ、そしてなぜ、若干横柄な態度なのか。


「お前が俺と血の契約をしたのだろう?」


 契約という言葉に心当たりは無いけれど、血の方には一つ身に覚えがある。


「それって、もしかして……」


 まだ血の滲む右指を見せると、ご立腹な猫は今度は呆れたように大きな溜息を吐いた。


「やっぱり、これのせいなの?」


 遠慮がちに訪ねると、碧の問いに答えるように、猫がゆっくりと語り始めた。


 彼は魔界最強の悪魔で、名をリヴというらしい。人間の血液を吸収する事で、その人物と血の契約を交わすという。その内容が、契約者の願い事をなんでも一つ叶えるというものだった。


「魔界最強が猫で大丈夫なのか?」


 思わず心の声が出てしまい、猫……ではなく悪魔・リヴにギロリと睨まれる。


「と、とにかく! 願い事を言えばいいって事だよな?」


 誤魔化すようにそう問いかけた碧の言葉に、リヴが意味ありげに目を細めた。


「まあ、()()……そう言う事だ」


 その様子に違和感を覚えたものの、願い事へ意識が向いていた碧の頭の中からは、その小さな違和感はすぐに抜け落ちていったのだった。



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