29話 魔王と勇者
「3000年前、魔王を名乗る魔族が現れた。そいつは、元は多くの魔力を持って生まれてきた人間だったが、奴隷として強制労働をさせられていた。そんなある日彼の主人であった男が1冊の本を落とした。その本には魔族として転生するという恐ろしい禁呪が記されていた。通常、人間の魔力では行使できない魔法だが、彼は生まれ持った魔力で転生を果たしてしまう。前世の記憶をそのままに絶大な力を得た男は人間に復讐をしようと各地を襲った。その過程で多くの魔族を従え、魔王を名乗るようになった。」
「これが魔王が誕生した背景だ。人間が魔王を生み出したということなんだ。しかし、もっと恐ろしいのはここからなんだ。」
そういうとカインは続きを話し始めた。
「魔王となったその男は一人の魔族に恋をし、その魔族との間に子供が生まれ、幸せに暮らしていたそうだ。しかしそんなとき、圧倒的な力を持って生まれた一人の青年が魔王討伐に動き出したのだ。彼はその力で魔王の元までたどり着くと魔王討伐に成功する。そして、魔王の家族を皆殺しにした。それも当然で、その力は子供にも引き継がれているのだから。そして彼は勇者の称号を得て、皆のあこがれの的となった。しかしその1週間後、新たに魔王を名乗る人物が現れた。その人物が名乗っているのは勇者の名と同じ。そして魔王を目撃し生き残った者の証言によればその顔は間違いなく勇者だったらしい。」
「そして3000年間、勇者が生まれて魔王を倒し魔王になるといった負の循環が繰り返されているんだ。なぜ魔王を倒した勇者が魔王になってしまうのかはわかっていない。今の魔王は99代目らしい。そしてこの魔王を倒すべく生まれてきたのがおそらく君なのだろうね。俺たちも勇者候補だなんて言われるくらいには強かったつもりだけど本物は予想をはるかに上回ったね。」
「へぇ……」
あまりに壮絶な話にリアはそういうことしかできなかった。自分が勇者で魔王を倒さなければならない。しかし魔王を倒したら魔王になってしまう。そんなことを頭の中で巡らせているとカインが、
「君はおそらく歴代勇者の中でも最も強いだろう。だからこそ僕からの一個人としてのお願いだ。何があっても君が魔王討伐に行ってはダメだ。君が魔王になったらもう止められる勇者など生まれてこないだろう。」
「分かりました。私もそんな厄介なことには巻き込まれたくないので……」
リアがそう言うと同時に日が昇り始めた。