196話 結論と方法
目の前には無残にも血を吐いて倒れた犬型の魔獣の姿があった。なんだか申し訳ない気持ちになるがこれも実験のためだと割り切ろう。
しかし、やはり魔力の形をかたどるだけではだめのようだ。構造自体は全く同じものだったはずなのであとは魔力の質や魔素濃度、そういったものが違うのだろうか?魔力の構造を作り替えるのにはかなりの時間がかかるのでおいそれと実験材料を殺してしまうのは効率が悪そうだ。
魔力を構成するのは魔素だ。魔素自体がその持ち主ごとで違うということなのだろうか。一度、先ほどの魔獣の魔力を分解して魔素にする。
すると、私の魔素とは全くの別物である事が分かった。本質は同じなのだが、違うのだ。それぞれの個体によって異なる魔素は、それぞれ異なる形を成すことで同じ性質を示す異なる形の「魔力」となっているのだ。
それでは空気中に漂っている全ての生物に適する魔力とは何なんだろうか?
魔素と魔力の構造が少しでも違えば魔力としての役割をなすことができなくなり、取り込んだものを死に至らしめる毒となる。わたしは魔素に対する耐性があるのでそれが魔力となることはないが、毒にもならない。
つまり、空気中に漂っているのはすべての生物に適応する魔素なのだろう。そんな都合のいいものがあるのかと疑問には思うが、それ以外に考えられない。魔力になってしまうと、適応できない個体が出てきてしまうはずなので、魔素なのは間違いないだろう。しかし、その魔素を知覚することは出来ないのでそれを創り出して魔力を注入するというのも現実的ではない。
ならば、魔力を与える者の魔力をため込んでそれを一気に本人に返したらどうだろう。一度吸収された魔力なら返しても他社から受け取った魔力と認識されるはずだし、進化もできるのではないだろうか。見たところ目の前の犬型魔獣は、毎日死ぬぎりぎりまで魔力を吸収すれば1週間で進化に必要な魔力量が確保できるだろう。試してみる価値はありそうだ。
しかし、問題はその方法だ。{ドレインタッチ}で吸収するものは選ぶことができない。仮に選べたとしても、吸収した魔力は自動的に私の魔力へと変換されてしまう。まずは魔力だけを吸収する方法についてだ。これはすきる{ドレインタッチ}をもとにして改造することで作ることが出来そうだ。魔力だけを抜き取る魔法としてつくればいいだろう。それにすべて抜き取るのではなく、狙った量だけ抜き取るようにすることもできるはずだ。
つぎに、変換されないようにはどうすればいいか。これは本当にわからない。何か魔力をためておくような物体を創り出すほかないだろう。[創造]で何か作れないか試してみよう。
しかし、この方法だと人間や亜人を進化させるには時間がかかってしまう。今日中に魔力をため始めた方がいいかもしれない。それには時間があまりにも足りない。
「禁呪【時間停止】」
今では使い慣れた禁呪で時間を止める。当たり前のようにやっているがこれも実際とてもすごい魔法なのだ。魔力の流れや魔法を形作る魔力の構造は分かっているものの、その原理は分からない。なぜその構造で時間を止めるほどの大きな魔法が発動するのか。それが分かっていない。しかし、問題なく使えているのでいいだろう。今は魔法と魔力をためる物質を作り出すのが先決だろう。
そんな風にこれからやることを頭の中で整理していると、
「リア様、これはいったい何なのですか?魔獣たちが一斉に動くのをやめたようですが……」
アンチデューンが声をかけてきた。
「魔法で時間を止めたんだよ。で、何であなたは動けるの?」
質問に質問で返した。お互いに状況が理解できていない。アンチデューンは時間が止まっていることに対して私はアンチデューンが動けていることに対して。アンチデューンが動けるのならカインも動けるのだろうか。魔法で話しかけてみよう。
(カイン、聞こえる?)
(あぁ、聞こえてる。これはどういうことなんだ。急に俺たち以外のすべての動きが止まったのだが。)
(それについて説明したいから一度玉座のままで来てくれる?時間はかかってもいいから。)
(あぁ、わかった。)
その返事を聞いて魔法の通話を切る。カインとアンチデューンが動けているところを見ると、超越存在は時間停止空間内でも動くことができるのだろう。とりあえずアンチデューンに指示を出す。
「ちょっとそこで待ってて。この空間内では水分や食事、睡眠もとる必要がないし、時間も全く進んでいないからゆっくりしていていいよ。ちょっと私の魔法開発の時間短縮のために時間を止めたのだけれどあなたたちが動けるとは思わなかったものだから。」
「かしこまりました。」
相変わらず堅苦しい口調でそう言うアンチデューン。それは良いとして、アンチデューンに指示も出したし、とりあえず魔力をためる物質を作れないか試してみることにしよう。




