130話 憎悪と虚無
憎悪の感情に飲み込まれたリアはその憎しみそして怒りのままに何もない闇の中で暴れまわった。すべてを破壊したい、その衝動のままに暴走を続ける。しかし何もない空間でそれを続けていると今度は虚無感に包まれた。すべてを失ったかのような虚無感である。虚無感に包まれ何をする気力もわかなくなったリアは憎悪に飲まれる前と同じように再び深い眠りについたのだった。
しばらくして目を覚ますとそこはまだ闇の中だった。今回は何かの感情に支配されることもなく冷静である。おそらくここはリアの心の中を映し出したもの。この中にいる限りリアは過去に抱いた様々な感情に飲まれてしまうことになるのだろう。それを避けるにはどうすればいいかを考え始めた時だった。
再びリアの体を何かの感情が支配していく。
この感情は何だろう。虚無とも違う。しかし何も感じない。何も考えることができない。しかし志向は異常なほどに冷静で何をすることにもためらいがない。
その冷静な思考で考える。これはいつの感情なのか。
前回の憎悪も虚無感も勇者ブレイズを【創造神】に殺された時のものだ。
ではこれはいつの感情なんだ。人を殺すことさえも状況に応じてはやむを得ないと思ってしまうほどに人間に関心がない。自分にそんな時期があっただろうか。
そんな時期があったとして、そんな感情を持ってしまうことは『勇者』として、それ以前に一人の人間として許されることなのだろうか。
どれだけ考えても答えが出ない。そのまま次の感情に移り変わろうとしている。わかるのだ。なぜかは分からないが、次の感情は憎悪以上に危険で、自身の体が自身の物でなくなってしまうようなそんな悪寒がする。
そんな時、何かが両手に触れた気がした。それはとても懐かしく温かい。
思い出した!
この感情がいつのどんな感情なのか。
世界を救って回っていた時に魔物や魔族を倒すことが作業のようになっていたころ。そのころに一国を滅ぼした。その時の感情だ。
なぜ今まで忘れてしまっていたのだろう。自身が犯した大量殺人、決して忘れてはならない罪なはずなのになぜそんな重要なことを忘れていたのだろう。
それも本当は分かっている。あの時の自分は正気じゃなかった、自分が自分でなくなっていた。自分自身にそう言い聞かせて忘れようとしていた、いや、自分の罪を認めようとしていなかったのだ。
しかし、どれだけ辛くともどれだけ罪深くともそれを受け入れ前へ進まなければならない。自分自身の目的をかなえるために。これ以上【創造神】による被害者を出さないためにもこれを受け入れて強くならなければ、そして何より仲間や配下たちを守ることができる力を手に入れなければ。これ以上あいつから大切なものを奪われるわけにはいかない。
忘れていた感情を思い出すと同時に先ほど感じた温かさ、それが何なのかについてもわかった。
それは両親から受けた愛。それはリーンやカインから受けた優しさ。それはブレイズが自分にくれた言葉。それらすべてが温かくリアを包んでいるということにようやく気が付くことができたのだ。
これまで忘れていた、あるいは気が付くことができなかった当たり前だがとても大切なこと、この空間でリアは初めてそれに気が付くことができた。そして前へ進もうと決心したのだった。




