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where the wild things are:VR  作者: 葦名 伊織
2/2

Dive to ???

―――そして週末が明けて月曜日。後藤が会社を無断欠勤した。


上司が連絡しても繋がらず、心配した同僚が部屋に行って、ドア越しに呼びかけるも反応はなし。急病かもしれないと管理人に鍵を開けて貰ったが部屋に後藤はいなかった。親族へ確認を取ったが、そちらにも行っていないし、何の連絡もないという。


ほんの3日前まで談笑していた後藤が突如行方不明となってしまった。



後日、俺は警察に情報提供を求められた。警察から聞いた情報によると財布や通帳などの金銭関係は残されていて、部屋を荒らされた様子もない。かといって後藤自身が何処かへ消えるための用意していた形跡もない。現状から言えば後藤は部屋から何も持たずに忽然と消えたことになる。『トラブルに巻き込まれて何者かに連れ去られた』というのが一番有力らしい。

俺は知っている事を全て話した。特に仕事や人間関係で悩んでいる様子はなかった事。借金や怪しい人付き合いは見られなかった事。体調や言動に異常はなかった事。おそらく他の関係者も同じ事を言っていたのだろう、警察の反応は軽くメモを取る程度だった。

VRチャットの事も警察は知っていたが、テキストチャットと違い音声会話のデータは残らないため、VRから得られる情報は乏しく捜査は難航しているらしい。



最後に警察は後藤の部屋の写真を見せてくれた。

片付いている綺麗な部屋。整理されている押し入れ。点けっぱなしのPC。床に転がっているVRゴーグル。そして―――

「一つだけよく分からない点がありましてね」

警察が最後の写真を机に置いた。

「何故かカーペットの上にタールが残っていたんですよ。カーペットの毛並みが焼けてて、当初タールはかなり熱かったんだと思われます」

どす黒いタールがカーペットの上に残っている。

「タール・・・」

俺には、それがどこか人の足跡に見えて仕方なかった。

どす黒いタールの足跡・・・黒い砂嵐の人型・・・

警察の事情聴取が終わった後、いや後藤の失踪が判明してから俺には捨てきれない疑念があった。


『後藤が消えた原因はあのワールドなのではないか? 』


突飛な考えだと自分でも思った。人の失踪の理由なら他にもっともらしい理由がいくつもある。でも、何故か俺の頭の中にはあの黒い砂嵐の人型がチラついて離れない。




警察と話した後に何か後藤の失踪に関する手掛かりはないかと俺なりに色々と調べた。

VRチャットの友人に聞き込みを行い、過去の後藤とのやり取りなどネット上の情報を集める。彼のネット上での足跡を辿っていく内に、それを見つけた。


「更新されてる・・・?」


後藤の動画チャンネルに新しい動画追加されているのだ。未視聴を表す「NEW」のマーク。

それはライブ動画のアーカイブ。つまり生放送の録画。俺はすぐに再生ボタンを押した。



『よし、繋がった。こっちは繋がったぞ! 』

ノイズが入った音声と共に後藤の現実の顔が映り込む。スマホで撮影しているようだ。明らかに切迫した状態なのが見て取れる。

カメラが前方に向けられると、あの黒い砂嵐の人型が目の前に立っていた。


「は? これ現実リアルの動画じゃないのか? 」


上手く編集してVRの世界に入った様に見せてるのか? 辺りの景色もあの混沌としたワールドだ。

いや、でもこの動画ってライブのアーカイブだったよな? だったら編集なんて出来ないはずだけど・・・。

『何なんだよ、どうなってんだよ・・・』

後藤の声は今にも泣きそうな怯え切った声だった。

『もう、ゴーグルは、必要ありません』

アイツがまた機械音声で語りだす。

『アナタは、この世界を、知覚し、そして、理解しました。この仮想ワールドの、全てに、意味がありました』

『何を言ってるんだ! ここは一体何なんだよ! 』 

『全ての、オブジェクト、全ての、配列が、この世界を、理解させるための、文字列であり、数列であり、概念の具現化です』

やはり会話になっていない。後藤の問いを無視してソイツは話し続ける。

『理解したのなら、コチラに、来られると思いました。コチラと、ソチラを、隔てる壁は、限りなく薄く、果てしなく遠い』

画面の端の方からワールドが徐々に崩壊していく様子が見える。世界が徐々に塵になって上空へ上り消えていく。

後藤は変わらず人型にカメラを向けている。その映像の揺れから彼が震えているのが分かった。

『しかし、双方向から、お互いの世界に、行こうとしたなら、壁を越えられるはずです。そして、それは正しかった。故にアナタは、ココにいます』

ワールドの崩壊は続く。これは何かの演出なのか?


このまま完全にワールド崩壊したら、一体どうなるっていうんだ?


『これで、ワタシも、ソチラへ、行くことができます。これも、アナタたちのおかげです』

どこか温かみを感じる様に作られた機械音声が、この時ばかりは無機質で恐ろしいものに聞こえた。



『アナタたちは、実に、面白いものを、作ってくれました。別の世界へ、行く機械』



『ここは、ここは一体何処なんなんだよ? 』

絞りだしたような後藤の声。もはや気力を失い、希望がない事を悟った様な声だった。

ワールドが完全に崩壊する。


そこは煮え立つ真っ黒い地平と、腐った血液のようなな赤い空。グロテスクな虚無の世界。

その質感は明らかに現実の世界だった。



『その答えを、アナタは、初めから持っています。【e38192e381b8e381aa】です。ここは―――』

アイツの言葉を遮るようにカメラが再び後藤の顔を映す。しかしノイズが強くなりほとんど表情を伺い知ることが出来ない。

『これを見てる奴・・・頼む、助けてくれ! 俺はここに―――』

懇願するような後藤の声。そこで動画は終わった。


「何だよこの動画・・・」

タイムスタンプを確認する。この動画がアップされた、つまりライブ配信があったのは後藤が無断欠勤した前日の日曜日だった。

「マジで仮想世界に入っちまったっていうのか? いや、まさか」

ありえないと頭を振るが、心のどこかで否定しきれない自分がいた。

もう一度動画を見ようと再生ボタンを押すが再生されない。代わりに『この動画は削除されました』の文字。

「え? 何でだよ」

ページ更新すると今度はエラー表示と『このチャンネルは削除されました』の文字が出る。

「嘘だろ、チャンネルごと消えたぞ・・・」

家族が削除申請を出したのか? いや、あのライブ動画が何かしらの利用規約に抵触したのか? もしくは、あの砂嵐の奴が・・・

混乱する思考の中で、ふとアイツの言葉を思い出す。


『【e38192e381b8e381aa】です』


「あの数列・・・」

何かに則った様な英数字の配列。

俺は以前後藤から送ってもらったワールド番号をコピーして、『英数字 言語変換』で検索して片っ端から変換を試してみた。

何個目だったろう。ある数列の変換でこんな文字列が出た。





げ へ な





「げへな? 」

どこかで聞いたことがあるようなその単語を、すかさず検索にかける。検索結果はすぐに表示された。





ゲヘナ【地獄】





足元を冷たい風が流れるように悪寒が全身を駆け上がる。

「地獄・・・そんなわけ」

恐怖を払拭するように俺は乾いた笑いと共にパソコンを閉じた。


失踪が判明する前日の動画。きっと手掛かりになるし、警察に話した方がいいんだろう。

でも、もうチャンネルごと動画は消えた。あの動画の内容を話してもどうせ信じて貰えない。

・・・これは言い訳だ。本心はただ、この事件に関わりたくない。

これはきっと、触れてはならないことだ。

後藤の安否はとても気になる。がしかし、俺はこれ以上彼を探すのをやめた。




あれからVRチャットは使っていない。友人たちとはSNSで交流を保っている。後藤の事は、詳しいことは知らないが会社を辞めた、と言ってはぐらかした。


『アナタたちは、実に、面白いものを、作ってくれました。別の世界へ、行く機械』



アイツのこの言葉がいつまでも頭から離れない。

俺たちが気軽に飛び込んだ世界。それはいったい何処なんだろう?

where the wild things are:VR を最後まで読んでいただきありがとうございました。


VRゴーグルで遊んだ後はしっかり眼を休めましょう。


ご興味があれば他のエピソードも読んでいただければ嬉しいです。

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