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「連絡ありがとうございます。あ、の…この度は誠に…、」
泣くまいと眉根をグッと寄せて食いしばった歯の隙間から絞り出すようなお悔やみの言葉をかけてくれる弟の友人の姿に、由樹は咄嗟に毛玉が所々にあるセーターの裾を掴んで小さく頭を下げた。
「昨日は夜遅くに連絡しちゃってごめんね。それに急だったのにわざわざ来てもらってさ…、達也君も大学忙しかったんじゃない?」
「いや、僕は全然大丈夫です。──あの、先に仏壇に手を合わせてもいいですか?」
「ありがとう、千秋も喜ぶよ」
吐き気がした。なにが喜ぶ、だ。あの子は死んだんだ。それも自分から命を絶って。死んだ人間が、自殺した人間が一体なにを喜ぶものか。
由樹はつい一時間前に食べたコーンフレークが胃の中でグラグラと揺れている感覚を感じ、無理矢理に薄っぺらい笑みを貼りつけて仏間へと案内した。
祖父と大好きだった婆ちゃんの写真と、その横には真新しい千秋の写真。三人並んで笑顔を作っている。
千秋の遺影は、去年の暮れに由樹が酔った拍子にふざけてスマホで撮影した時のものだった。今の時代は凄い。背景どころか着ている服だってCGでなんとかなるんだから。この時の千秋は襟首がヨレヨレで、肩の辺りには由樹が付けた焼き鳥のタレのシミが目立つTシャツを着ていたのだ。それがどうだ、遺影の中の千秋は真っ白のパリッとしたシャツを着ている。
「あたしお茶とか用意してるからさ、終わったら千秋の部屋に来てね。──ゆっくりでいいよ」
逃げるように由樹はそそくさと仏間を出てリビングへと直行した。仏間は苦手だった。怖いとか恐ろしいとかではなく、ただ単に後ろめたかった。
婆ちゃんは唯一あたしを一番に可愛がってくれた存在だった。弟で長男で男である千秋ではなく、女のあたしを。それなのにあたしは中途半端にグレて十五歳から煙草を吸い始め、学校もサボりがちになって、十七歳の時に婆ちゃんは死んだ。乳癌が再発したらしく、気付いたときには手遅れだった。
今でも覚えてる、皺だらけの冷たく柔らかい手のひらの感触。震えた細い声が「由樹ちゃんは婆ちゃんの宝物だからね、これからもずっと」と最期に笑ってくれたこと。余計に後ろめたくて、未だにまともに仏壇に手を合わせることができなかった。
あたしはあたしが恥ずかしかった。千秋のように特に秀でたところはなく、ガサツで不器用でそそっかしくて、お姉ちゃんなのに、といつも言われてた。だけど婆ちゃんだけは「由樹ちゃんは婆ちゃんの宝物」と頭を撫でてくれた。祖父も父もあたしを甘やかす婆ちゃんをあまり良くは思ってなかったのを知っていたけれど。
「──コーヒーと紅茶、どっちが良いか聞くの忘れたなぁ」
キッチンの換気扇の下で煙草を吸いながら由樹はぼんやりと吸い込まれていく煙の先を見つめながら呟いた。専門学校を卒業するまで常に持ち歩いていた消臭剤を、今はもう手放していた。