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弟が死んだ日  作者: 紬
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 ガランとした六畳半の部屋のなか、由樹は畳に寝っ転がりながら火のついたタバコを顔の前に掲げてゆるりと立ち上る煙を見つめた。

 つい昨日見た光景だと、ぼんやりと思う。火葬場で弟を燃やしている間に吸ったあのときと。


「千秋、アンタほんとに死んじゃったの」


 ぐきり、と嫌な音が鳴る首を無視して窓の方へ視線をやる。小さな窓には鉄格子みたいな柵があって、千秋はそこにロープを引っ掛けて首を括った。高い場所じゃなくても首吊りというのはできるのだと、由樹は弟の自殺で初めて知った。


「アンタなんで死んじゃったのよ。姉ちゃんじゃ頼りなかった? いやまぁアンタに比べたら頭の出来も悪いし適当なとこもあるけど、それでも…それでもさ、あたしはアンタの姉ちゃんなんだからさ…もしアンタが誰かに虐められてたんだったら、姉ちゃんがクソったれな野郎の一人や二人くらい、」


 いやそれはないか。それはねぇわ。千秋はあたしと違って誰にでも好かれる子だった。先生たちからの評判も良くて、学校では人気者だと妹弟がいる同級生の子から聞いたことが何度もある。高校では部活に所属していなかったけど中学の時は野球部で、そこでも先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われていたと人伝に聞いた。


 悩みなんて聞いたこともなかった。いつもあたしの愚痴を聞いてくれて、自分の悩みなんてひとつも話してくれなかった。そんなに頼りなかっただろうか、そんなにも頼りなかったのだろうか、千秋にとっての姉の存在は。


「アンタなんで死んじゃったのよ」


 泣けはしなかった。今にもふらり、と玄関から顔を覗かせて「姉ちゃん来てたの?」なんて眉を下げて笑う千秋が帰って来そうで。とんだ茶番のような、酷く出来の悪い芝居を見せられているような気分がずっと続いている。


 由樹はフィルターのギリギリまで吸ったタバコを携帯灰皿に押し込んだ。ここに来る途中、コンビニで買ったものだ。そのついでに買ったお茶を寝転んだまま口に含み、勢いの付いたそれが気管に入り込んでしまいゴホゴホと咳き込んで吐き出す。


「ぐえ、し、死ぬかと思った…って洒落になんねーか!! アハハ! ──ハハッ、」


 上体を起こして汚れた口と鼻をぐいぐいと袖で拭い、返答のないシンと静まり返った六畳半の部屋で歪んだ顔を覆う。タオルを差し出してくれるひとは誰もいない。クソみたいな冗談に苦笑してくれるひともいない。


 ツンと鼻の奥が痺れるような感覚に耐えていれば、辛気臭さを打ち消すような軽快なメロディーにがばりと顔を上げる。メッセージの到着を報せるスマホを手繰り寄せ、父からの『早く帰って来い』と一言だけ表示されている画面に由樹はグッと眉を寄せて瞼を閉じた。

 自ずとタバコの箱に手が伸びる。この一本を吸ってから帰ろう。その前に大家さんに迷惑をかけたと詫びて、清掃業者に連絡をして、それから、それから…


「千秋、アンタ、──ほんとに死んじゃったの」


 返事はなかった。


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