弟が死んだ。自殺だった。実家から車で二時間のところにある、弟が初めて借りた六畳半の古びたアパートの一室で首を括って。十月の下旬、弟が二十三歳の誕生日を迎えて直ぐのことだった。
五つ歳下の弟は、私とは出来が違っていた。物腰柔らかで、小学生の頃から女子にモテていて、勉強も運動も平均以上に出来て、悩みがないことが悩みなんじゃないかってくらい出来の良い自慢の弟だった。
「由樹、アンタ明日、千秋のアパートに行って荷物の整理してくれる? 母さん達はちょっとまだ…無理だから、」
火葬場の外、隅っこに設けられている喫煙スペースで十五歳の頃からこっそり親の目から隠れて吸っているタバコに火を灯した。紫煙をぷかりと吐き出しながら、由樹はこの四日間で随分と年老いてしまった母親に視線を移した。
「分かった。要るもんだけ持って帰って後は業者にお願いしとく。あー…畳とか、こっちで買い替えた方がいいんかな? 大家さんに挨拶ついでに訊いとくね」
自分でも我ながら冷たい言葉だった。弟が死んだと聞かされてまだ四日なのに、なんの感情も浮かばない。仲が悪い姉弟ではなかった。むしろ姉弟仲は良かった方だと思う。連絡だって月に一度は取っていたし、お互いが学生の頃はよく二人で遊んだりもしていた。五歳も下となると、小学校以外では学年が被ることもないからそれも姉弟仲には良かったのかもしれない。
「今更だけどさ、ほんとに家族葬でよかったの? 親戚も呼ばないしさ。ほら千秋って友達多かったじゃん。顔も広かったし」
「自殺なんて外聞が悪い、ってお父さんが煩かったでしょ。……ッ、なんで千秋は自殺なんか、悩みがあるなら言ってくれれば…」
魚の骨を喉に詰まらせたように口元を押さえる母から視線を逸らし、会話は聞こえてるだろうに関わることもせず、数メートル先で空ばかり見上げる父の横顔をぼんやりと由樹は眺める。
少しばかり厳しい父親だったと思う。子供ながらに機嫌を伺うこともあった。それでも千秋は私とは違って文句もあまり言わなかった。反発ばかりする姉の姿を笑うでも同情するでもなく、憧れのような眼差しでよく見ていたことを覚えている。『姉ちゃんはかっこいいね』『俺は姉ちゃんになりたかったよ』と言ってくれたのは果たしていつだったか。
「父さんはさ、千秋の持ち物でなんか要るもんとかある?」
「…何があるかも分からんのに要るも要らんもないだろう」
そりゃそうか。だったら着いたら部屋の写真でも送るよと言えば、父は空を睨み付けように見上げながら首を横に振った。
「由樹、お前もタバコなんて辞めろ。早死にするだけだぞ。それに女がタバコなんてみっともない」
相変わらずなんの変哲もない空を見上げながら父が言った。由樹は口に咥えていたタバコを大きく一口吸い、そして喪服のポケットに数珠と一緒にいれていた携帯灰皿を取り出してグイグイと押し込んだ。パンパンに膨らんだそれに眉を寄せ、一応写真は送るとだけ顰め面の父の横顔に一言呟いた。