第7話 お家訪問
「え!!ここの豪邸、春樹くんの家だったの!?」
「……そうだよ。」
ハーブティー専門店を出た後、私達が向かった春樹の家は私の家から徒歩5分程の三階建ての豪邸だった。この家の三階からだったら私が使うバスの道やマンションも見ることが出来るだろう。どんな人が住んでいるのか色々妄想を繰り広げていたのに、まさか住んでいたのが自分のストーカーだったとは。
「凄い!ご両親と住んでるの?え、春樹くんのご両親に会うとか聞いてないよ?早く言ってよ!そしたらもう少し綺麗めの服で来たのに!」
「いや、実家は遠方だし、一人で暮らしてるよ。」
「春樹くん、今まで勘違いしててごめん。」
「小春さん、何となく想像できるけど、どんな勘違いしてたの?」
「親のスネかじりニート、もしくはフリーターだと思ってました。」
「はぁ………。とりあえず、家の中入って。」
彼はため息をつきながら玄関の鍵を開けた。何と扉の鍵は指紋認証だった。あれだけ汚いから家にあげるのは無理と言っていたのに、家の中はとても綺麗に片付いていた。
「ねぇ、どんな仕事してるの?起業してるとか?」
「いや、違うよ。まぁ、座って。」
私は客室と思しき部屋に案内され、ふかふかなソファに座る。シンプルだが高級感溢れる家具にソワソワする。すると、ふと目の前のテーブルの上にある本に目が止まった。この本…。
私が本を手に取って眺めていると、彼がティーポットとティーカップを持って現れた。
「お待たせ。今準備…」
「ねぇ、何でこの本がここにあるの!?」
私はティーカップにお茶注いでいる彼の言葉を遮るように尋ねる。この本は私が高校時代から大ファンだった「春木うみ」という作家の最新作で明日販売予定の物だ。春木先生は年齢・性別共に不詳。メディアにも顔を出していないため、どんな人なのか色んな憶測がファンの間で囁かれている。
始めはあまり一般受けしなかった作品ではあったが、私はこの作家さんの描く世界が好きだった。SF、軍記物、現代文学…色んなジャンルを書く作家ではあったが、その中で描かれる純愛が本当に好きだった。
私は彼の処女作からずっと読んでいるファンであり、とある大きな出版社のコンテストでこの作家さんが最優秀賞を取った時は少し高いお酒を買って祝った。それくらいのファンである。興味無さげな春樹に散々語って聞かせていたのが、この作家さんの作品だ。
「げっ。出しっぱなしだったか。今片付けるね。」
「え、ちょっと!」
「だって、小春さん。明日の販売日楽しみにしてたでしょ?今読むと楽しみ無くなるよ?」
そう言って彼は私の手から本を奪い取ろうとするが、私の手は本を離さない。
「待って…!!その通りだけど……でも何でこの作品が春樹くんの家にあるの!?」
「んー…………俺がその作家だからだよ。バレるのが嫌だったから君を家にあげるのを渋ってたんだ。」
そう言うと、彼は私から本を取るのを諦め、私の正面のソファに腰をおろした。
「え………!!!」
私は思わず、彼の顔を凝視する。
「幻滅したでしょう?君の大好きな『春木うみ』がこんな男で。こんな………君をストーカーして脅して怖がらせるような男で。ごめんね。」
彼は少し悲しそうな表情をしながら、私の顔を見た。私は頭の中がパニック状態で、正直、彼の話をあまり聞いていなかった。慌ててカバンを漁り、一冊の文庫本を彼の前にさっと差し出す。そんな私に困惑した表情を浮かべる彼。
「え、何?…どうしたの?」
「ずっと、ずっと…先生の大ファンでした!!!サイン下さい!!!…あ、サインペン無い…。折角のチャンスなのに、うわ、泣きそう…。」
彼は私の行動に呆然としていたが、いきなり笑い始めた。
「君という人は…!!ふふっ…サインペンなら持ってるし、い、いくらでもサインして…あ、あげるよ…?」
笑いのツボに入ったのか息も絶え絶えな彼。
私は急に恥ずかしくなったが、いそいそとサインが欲しいページを開いた。
「あ、あの…」
「どうしたの?」
「『小春さんへ』ってして貰って良いですか…?」
少し上目遣いで頼んでみた。彼はもう一度お腹を抱えて笑い、その後希望通りサインしてくれたが、サインをしている時の顔は少し赤いように感じた。
次は1時投稿です!