第5話 新しい友達
彼と一緒に部屋に入り、玄関で下ろしてもらった。どうにか歩けそうだ。
「運んでくれてありがとう。どうにか歩けそうだわ。」
「いえ…それでは私はもうそのまま警察に向かいます…後で警察の方が来ると思いますので…。この度は本当に申し訳ありませんでした。もう二度と目の前に現れませんので…。」
そういう彼は自分のした行いを深く後悔した様子で、少し青ざめながらそう私に告げ、玄関の扉に手をかけた。
「ちょっと待って。私はそんなこと求めてないわ?お話しましょう?ほら、戻って!」
そう言って私は彼の腕を掴み、強引に部屋へ連れていく。そして直ぐに玄関へ戻り、彼がすぐ出ていかないように鍵を掛けた。これではさっきと立場が逆だなぁ…なんて思いながら部屋に戻ったら、荒れた部屋の隅で立ち尽くしている彼の姿が。なんか顔が赤い…と、思ったら室内に下着干してた。すっかり忘れてた…。
「うわ!!!ごめんなさい!!!見苦し物を見せてしまって!片付け苦手で…良かったら適当に腰掛けてて!今お茶準備するから。」
私は慌てて下着を片付け、散らかった物を隅へ寄せ、彼が座れるスペースを確保し、そこへ彼を誘導する。
その後、若干ワクワクしながら電気ケトルでお湯を沸かし、お茶を入れる準備をする。その間、彼の方をチラッと見ると、床に座りながら少しソワソワしている様子だった。路地裏でナイフを突きつけてきた人とは思えない。
「ねぇねぇ、ほうじ茶、烏龍茶、カモミールティー、ルイボスティー、アールグレイ、ローズヒップティーの中でどれがいい?ゆず茶もあるけど。」
「…え、えーと、じゃあカモミールティーで…。」
「あらあら!ハーブティーがいける口なのね!分かったわ。」
私は最近お茶にハマっていて家にも沢山お茶のティーパックがあった。私はお茶を準備し、彼の元に向かうと、彼にマグカップを差し出した。
「はい、カモミールティー。」
「あ、ありがとうございます…。」
オロオロしていて中々飲もうとしないので、私は先に自分のマグカップに口をつける。私のお茶はルイボスティー。癖があるお茶だが、飲み始めるとハマるのがこのお茶だ。
「毒は入ってないわよ?だいぶ暖かくなってきたとは言え、深夜あんな所にいたんだし、まだ身体冷えてるでしょ?飲んで温まって。」
彼はおずおずとマグカップに口をつける。カモミールティーの味と香り、その温かさに癒されたのか、緊張していた顔がほんの僅か緩んだように見えた。
「ねぇねぇ、貴方でしょ?ずっと後ろにいたの。」
彼はビクッとしながら私の顔をチラッと見たかと思うと、直ぐにマグカップに視線を落とす。
「はい…その通りです。怖がらせてしまい、本当に申し訳ありませんで…」
「ねぇねぇ、私の事どうして好きになったの?」
私は彼の言葉に被せる様に質問する。私が求めているのは謝罪ではなく、「何故彼は私を好きになったのか?」という問に対する答えだった。しかし、彼は答えようとしない…というより、顔を真っ赤にして口をパクパクしている。答えようとするけど上手く言葉に出来ないようだ。
「まぁ、いいや。良かったら友達になりましょう?…もし貴方さえ良ければ。」
彼は急に顔を上げて私の方を見る。かなり驚いた表情だった。
「私は貴方のストーカーなのですよ?それもさっきまでナイフ突きつけていたのを忘れたのですか?……それより、そんな危ない人を自分の家に招き入れた上、『友達になりましょう?』って……。」
「……確かにさっきは怖かった。」
「も、申し訳…」
「でも煽った行動をしたのは私だし…それに今までやってきた貴方の行動は嬉しかったんだよ?体調崩した時に色々差し入れてくれたり、誕生日にはメッセージカード付きで小さいブーケを贈ってくれた。仕事で残業が続いた時には差し入れを玄関に置いておいてくれた。…全部貴方がやってくれたんでしょう?本当にありがとう!今日、直接言えてスッキリしたわ!」
私は彼の謝罪に被せるように自分の想いを、感謝の気持ちを彼に伝えると、彼は顔を真っ赤にして俯いていた。
「ねぇ、貴方の名前を教えて?私はね、小春。伏見小春って言うの。」
「わ、私の名前は山科春樹と言います。」
丁寧に免許証まで出して自己紹介する彼の姿に思わずクスっと笑ってしまう。久しぶりに出来た友達に、私の心はとてもワクワクしていた。
次は23時投稿です!