ようやく開始
試験開始は10分後。8人で集まるなり、風見が意気揚々と口を開く。
「手加減だってさ! 良かった良かった。何とかなりそう」
「それでも厳しいと思うんだけど……実際どのくらい強い人なの?」
「最悪、束になっても敵わないくらいかもしれない。手加減の程度によるだろうけど……」
如月の問いに、唯一知り合いである竜一が言い切った。8人掛かりで敵わないってそれもうどうしようもないんじゃ。
「重視される点は勝敗ではなく、内容だ。それならば幾らでもやりようはある」
最後に口を濁した竜一と対照的に、信は例によって声音が揺るがない。無機質って言ってしまえばそうだけど、何か凄い頼もしいな。
「俺達は前衛が4人、後衛が4人。属性もばらけているため、良い組み合わせだ。それぞれが役割を果たせば試験の合格は可能だろう。まずはーー」
「それなんだけど……我儘聞いてもらって良いか?」
早速仕切り始めた信の言葉を、竜一が遮った。どことなく神妙な表情で、信を見つめている。
「なんだ?」
「最初、凍牙さんと1対1でやらせてもらえないか? 学生最強、どこまで届けるか試したい」
覚悟とか自信とかと、何となく違うような印象を受ける。本音は本音なんだろうけど……そもそも竜一自身が束になっても敵わないって言ってたよな。
「りゅ、竜一……。そ、それは……」
「こんな機会他にないんだ。頼む」
信だけじゃなく、俺達に頭まで下げ始めた竜一を飛鳥が心配そうに見つめていた。そんな竜一に向かって声をかけたのは信ではなく、
「賛成! なんか面白そうだし! これで焔君が倒してくれたら僕達は戦わなくて済むよね!」
「いや、本音酷すぎだろ」
「流石に私達は別で試験ってことになりそうだけど……」
風見が堂々と言い放った言葉に思わず告げる。面白そうって、本当に合格する気があるのか、ないのか。
「……いいだろう。だが無理だと判断した時点でこちらに合流してもらう。いいな」
「あ、ああ! 分かった」
もうすっかり信主導で話してるけど、妙に慣れた様子だよな。もしかしてこういうの初めてじゃないのか?
「では竜一が失敗した後の基本的な陣形から。前衛である俺と焔、篝火、水沢は氷銅先輩を囲むように布陣する。適宜指示は出すつもりだが、引き気味で戦ってくれ。倒すというより、氷銅先輩に自由に戦わせない役目だ」
「えっと、先輩に張り付いて自由に動かさせないってことだよね」
「ああ、もちろん隙があれば倒しに向かって構わない。だが、攻撃の主軸となるのは後衛の4人だ。四方に分かれて、前衛が崩したところを狙ってくれ」
後衛は、俺と飛鳥、如月、風見だよな。みんながどの程度やれるのか分からないけど、信の作戦はかなり妥当性があるように思う。
「初対面の人間に指示されて不満はあるだろうが、その場合は各自好きにすればいい。無理に指示通りにしろとは言わない」
信は俺達を一瞥して、そして、
「だが指揮を委ねてもらえるのなら、俺は全員合格を約束するつもりだ」
合格まで言い切った。まだ氷銅先輩の実力すらはっきりわかってないのに。でも……なんとなく自信が伝わって来るからか、任せたいとも思う。
「僕は大賛成! 信君のことは信頼してるからね!」
「……乗るわ。どこかの誰かみたいに1人で戦いたいとは思わない。楽が出来るならそれに越したことはないわ」
風見に続いて同意したのは意外にもフードを被った……水沢だった。言葉に棘はあるけど、まあうん確かに。竜一が痛いところを突かれた顔をしている。
「俺も信に任せる。正直、大人数での戦闘ってやったことないから、自分で戦っても上手くいかない気がするし……」
実家じゃ多くても2人で組んでただけ。8人とかどうなるか想像も出来ない。
「わ、私も……力になれるか、分からないけど……」
「うん、青柳君の指示に応えられるように頑張るよ!」
飛鳥と如月も続いた。信はおもむろに頷いて最後に暁夜へと視線を向けと、暁夜は短く息を吐き抜くと、
「……指示を受けることは構わない。だが、妥当性がない場合には従わないと思え」
「それで構わない。一先ず指揮を委ねてくれたことは礼を言う。助かる」
「い、いやそれはこっちの台詞なんだけど……」
まだ始まってすらないけど、こういうまとめ役がいないと話にならないと思うし……。にしても、暁夜も信も大物感が凄い。
「では、もう少し作戦を詰めていく。戦闘経験や魔法の程度について教えてもらえるか?」
という信の言葉に続いて、俺達は自分がどんな魔法が使えるかとか、武器の技術等々を伝えていった。
この試験方法になった竜一はやっぱり戦闘経験とか多いらしくて、信や暁夜、水沢もかなり戦えるっぽい。風見と如月は魔法が色々使えるみたい。飛鳥は自信なさげで、確かに他と比べたら技術で劣るっぽいけど……信は十分って言っていた。
俺については……みんなと比べて全然取り柄がなかったという。
そうして、時間が過ぎて、
「そろそろ始めましょうか。どちらから行いますか?」
「では、俺達からお願いします」
東雲先輩の呼び掛けにいち早く信が答えて、先に俺達の試験に。坂を降った先、戦うには十分過ぎるくらい広がった草原で、氷銅先輩と向かい合う。
俺たちは信の指示通り、前方にに竜一や信達前衛、後方に俺や飛鳥達後衛の配置。それぞれ武器召喚をして、俺の両手には黒塗りの銃身に黄色いラインが2本刻まれた銃が収まる。
「おー、こうしてみると壮観だなぁ。ハッハッハ、楽しみだな!」
武器を握る俺達8人を眺めて、心の底から楽しそうに氷銅先輩は笑っていた。どんだけ余裕あるんだ、この人。8人だぞ。
「なぁ、空斗。武器くらいはいいよなっ!」
「……いいでしょう。ですが、刃は落としておくように」
「おう、まっかせとけって!」
どことなく呆れたような東雲先輩との会話の後、氷銅先輩は片手を突き出した。そこから武器召喚の光が漏れ出て、長物状に伸びていく。
光が弾けて現れ出たのは、長い柄の先端に幅広の刀身のついた武器。薙刀……だっけか。
「青龍刀……銘は 《凍嶺》でしたか」
「おっ、よく知ってるな! えっと、……青柳だったよな!」
信の言葉に声を弾ませながら氷銅先輩は刀身を左手でなぞる。すると刀身が凍り付く。荒削りな氷が纏わりついて、もはや刀剣じゃなくて鈍器に近いように見える。
「では、いつでも始めてください」
「おう、どんどん来い! 全員でも1人ずつでもいいぞ!」
全員って、本当に良いんだよな。いやまあ先手は決まってるんだけども。
「ち な み に〜、もし1人で先輩を倒しちゃったら試験はどうなるんですか〜?」
「あ〜……」
風見がニヤニヤしながら尋ねたら、確かにと言わんばかりに口元に手を当てている。今まで考えてたのか、それとも。
「そん時は全員合格ってことでいいだろ! そいつに任せるって最善手を取ったわけだからな!」
本当に良いのかそれで。東雲先輩思いっきり頭に手をやってるけど。そんなことはどこ吹く風でテンションを上がる風見は、1人前に進み出る竜一に呼びかける。
「だってさ、焔君! よっろしく!」
「……ああ。凍牙さん、全力で行かせてもらいます」
「おうっ! 来い!」
竜一はどことなく神妙な雰囲気で紅色の大剣を持ち上げた。両足を広げて腰を落とし、肩の高さまであげた大剣の剣先を半身になって氷銅先輩へと差し向ける。
「火文演武 砲」
竜一が構えた大剣から炎が湧き立つ。後ろにいる俺でも熱気を感じる最中、炎が大剣に纏わりついて刀身が覆い尽くされた刹那、
「火吹喇叭!」
その発声と共に、熱気が全身を叩く。思わず細めた視界の先には、竜一の大剣から極太の熱線が一直線に放たれていて、既に氷銅先輩を呑み込んでいた。
「すっごいねぇ」
「流石と言うべきか」
「い、いやそんな平然と出来ないだろ!」
風見も信もさも当然のように見てるけど、とんでもないって。ほとんど予備動作なしでこの威力って、いくら学生最強とかでも直撃したんじゃ。
「えっと……まだかな?」
如月の呟きに何がと思ったところで、竜一が熱線を打ち切って、今度は後ろに向けて逆噴射。慌てて避ける俺達にも構わず、熱線の最後尾を追従するように竜一は直進して、氷銅先輩が立っていた地点の目前で熱線を打ち切って大剣を振り上げた。
そうして、熱線が通過して現れた影目掛けて、一切の容赦もなく大剣を叩き付ける。
「ーー良い威力だな! 力強い努力が伝わって来る」
そんな呑気な言葉と一緒に甲高い接触音が響く。竜一の大剣とせめぎ合う氷塊の長物。それを握る氷銅先輩は、全くの無傷だった。
さっきの熱線なんてなかったかのように涼しい顔で立っている。マジかよ、俺だったら必死に逃げる威力なのに。