俺達の入学試験
「だ、大丈夫か、晴輝!」
慌てた様子で竜一が先頭に近寄って来た。大丈夫かと言われれば大したこともされてないし……してやったつもりがやられたのは腹立つけども。
「ご……ごめんなさい。は、晴輝君……」
「飛鳥が謝る必要ないって。俺が勝手にやったことだし、むしろ中途半端でごめんな」
口を挟んで出来たのは威嚇だけ。生徒会長に止められなければとも思うけど……。まあ、きっとその機会はあるはずだ。
「う、ううん……わ、私がしっかりしていたら……」
「怪我もなくて、一応収まったんだから、天雷君の言う通りそんなに落ち込まないで。村井さん」
「そうだよね! むしろかっこいいところを見せられて、天雷君は得したんじゃない?」
如月と違って、風見のそれは気遣いに入るんだろうか。
「俺からも謝る。悪かった、晴輝。茂は昔はああじゃなかったんだけどな……」
「だから別に竜一が謝る話でもないって。というか、結局あいつ貴族なのか?」
「え、知らないで喧嘩を……って、それはそうだよな……」
なんだか凄い納得された。ってことは、誰か知ってたら喧嘩売るのを避けるような奴なのか。……もしかしてだいぶ危ない奴? 端から見たら俺の方があれかもしれないけど……。
「五大貴族城間家の分家である御山家の嫡男、御山茂。魔力属性は土で、実力は同年代の中でもおそらくトップクラスだろう。武器は地槍《万樹突き》という特殊な代物だ」
「……まきづき?」
答えたのは竜一じゃなくて信。常識を語るような口振りで、よくそんなつらつらと言葉が出て来るよな。
「万の樹を一突きで粉砕するという逸話に基づいた名前らしい。実際に相応の能力を秘めている武器だ」
逸話相応って……流石にそんなとんでもない武器はないだろ。さっきの、土壁を作ったのが能力なんだろうけどさ。
「く、詳しいな、信。俺は昔馴染みだから武器の事は知っていたんだけど。茂の実力まで把握してるなんて」
「身近に情報筋があったから、それを利用しただけに過ぎない。調べればすぐにわかる程度の知識だ」
「上級貴族の情報はすぐには出て来ないと思うけどな……。ちなみにどんな情報筋なんだ?」
「それは一種の秘匿事項だ。法には触れていないから安心しろ」
いや、法って言葉が出て来る時点で怪しさしかないんだけど! その、御山って奴より、信の方が不気味。
「あー、まあ、言いたくないこともあるよな。信の知識は凄いって事でいいか」
「ああ」
ああって。……うん、まあ、俺も踏み込む勇気ないからな。いいか、うん。
「にしてもあの御山君に喧嘩売るなんてヒヤヒヤしたよねー。東雲先輩が入ってくれなかったらどうなってたことかと」
「負ける前提やめろ! 分からないだろ、まだ!」
「初手の速度こそ驚いたが、その後の展開は御山に好きにさせ、挙句武器を失った状況下では逆転は難しいだろう。先手を取ったのなら、いち早く拘束すべきだ」
「そんな本気の解説は要らないから……」
脅しじゃないとは言ったものの、まさか本気で武器召喚をして来るとは思わなかったし。しかも別に攻撃して来るわけでもなく、地面に突き刺しただけだからな。
警戒しろって方が無理な気がする。
「あ、あはは……で、でも生徒会長はやっぱり凄いね。御山君の技は高強度に見えたけど、簡単に破壊したもの」
「流石だよな。文武全てが高水準、雲属性まで使い熟す実力者。一回本気で戦って欲しいんだけどな」
「……雲属性?」
俺が間違えてなければ魔法の属性は基本の5属性の炎、水、雷、土、風に相対属性って言われる光と闇属性の計7種類。
雲属性なんて、聞いた事もないけど。
「雲属性は特定の家系にのみ受け継がれる特異属性の一種だ。基本属性の派生という位置付けであるが、相性や性質は基本属性とは大きく異なる」
「そうなのか……」
すぐに信から辞書を引いたような解答が出て来たのは置いといて、特異属性……なんてあったんだな。世界は広い。
「ちなみに凍牙さん……さっき受付をしてくれた氷銅先輩は氷の特異属性を持ってるんだ」
それでその特異属性を持ってる2人が学生トップなのか。もちろん、本人の実力もあるんだろうけど、特異属性ってのがどれだけ強いのか伝わってくる気がする。
「遅かったですね。闘技場の方はどうですか?」
「ちょっと向こうの準備に手間取ってな! バトルロイヤルも6番の方も始まったっぽいし、後はこっちだけだ」
軽快な足音がしたかと思ったら、そっちに生徒会長が声をかけていた。見れば、受付をやっていた氷銅先輩が声を弾ませている。
「結構です。ではーー」
「あ、そうだ! 空斗こっちこっち!」
何か言いかけた生徒会長の手を引っ張って、氷銅先輩がこっちに向かって来た。って、俺の方を見て目を輝かせてるんだけど。
「空斗も竜一のことは覚えてるだろ?」
「ええ、お久しぶりですね。元気そうで何より」
「は、はい。お久しぶりです」
一瞬顔を顰めた生徒会長は、淡々とした様子で竜一に挨拶をすると、その竜一はというと若干強張った様子で返事をしていた。氷銅先輩の時と全然違わないか?
「でな! 俺もさっき名簿見て驚いたんだけど、こいつ龍牙先輩の弟だってよ!」
「そうでしたか。どうも、お兄様には非常にお世話になりました。改めまして、東雲空斗と申します」
「あ、ええっと……て、天雷晴輝って言います。よろしくお願いします」
生徒会長、改め東雲先輩は特に驚いた様子も見せずに右手を差し出してきた。兄貴のせいか、もの凄い丁寧な言葉遣いなんだけど、お、俺は全然合わせられない……。
「驚かねぇの!? 竜一と龍牙先輩の……晴輝が同じグループって凄くねぇか?」
「ちょっとした偶然でしょう。彼らは目立っていましたし、龍牙先輩には弟がおそらく入学すると聞いていたので、大きな驚きはありません」
「それはそうだけど、もう運命だろ! 弟達が自ら出会って、俺達ともこう関わってる! 俺達が龍牙先輩と零真先輩に色々と教わって受け継いだもんを、今度は俺達がその弟達に教えていくんだ!」
冷静さを一切崩さない東雲先輩と違って、氷銅先輩の目がこれ以上ないくらい輝いている。空気感もそうなんだけど、なんというか本当にこの人氷なんて属性を持ってるんだろうか。真逆じゃない?
「盛り上がってるところ悪りぃけど、氷銅来たんなら試験始めねぇでいいのか? もう全員、ふぁ〜あ……待ちくたびれてんだろ」
「貴方がそれを言いますか」
東雲先輩がそう言うのもごもっともで、言葉を投げかけた和樹さんは腕を枕にして横向きに寝っ転がっていた。しまいには見事なまでの欠伸まで付け加えて、もう東雲先輩の方が教師らしいと思う。
ろくでなし教師の様子に東雲先輩は嘆息を漏らして、俺達を見やると、
「積もる話はありますが、今は本題に入りましょうか。あなた方の試験内容を発表します」
緊張が走って息を呑む。兄貴の話を聞きたいって気持ちも……なくはないけど入学試験を受けに来たんだ。それが出来なきゃ意味がない。
……でも、氷銅先輩が来たならってことは、来ないと出来ないような試験なのか? 東雲先輩は咳払いを1つして、俺達全員を一瞥して言い放った。
「このオグルワート学園の入学試験における重要項目は、基礎的な戦闘能力と戦闘中において何をするのかの2点となります。それを測る際に負荷をかける意味合いでバトルロイヤルという数を重視しています」
「要は同程度の実力の集団を相手にして、どう戦うのかって形だよな。けど、竜一達には話したけど飛び抜けた奴がいるとそれが崩壊する。でも、飛び抜けた奴でバトルロイヤルなんて、まず頭数が揃わない」
「そこで、何を重視して負荷をかけるのか。分かりますか?」
話の流れで質問を投げ掛けられた。うぅむ、大量の相手は簡単に倒せる可能性がある奴が今ここにいて……多分竜一だよな。数じゃないならって事だよな。
「私達16人で個人戦とかですか?」
「いいえ、グループを崩すわけではありません」
「ってことは……2グループあるからグループ同士で戦うとか!」
「考え方は近いですが、受験生同士で1対1を行うことは避けたい。実力者とグループを組んだ時点で、一定の戦闘能力を見込んでいますが、個人差はありますからね」
如月と風見の解答がすぐに否定された。その、グループの実力者に実力者以外が速攻倒されるかもってことなんだよな。
正直、グループ同士なら御山と白黒付けられて嬉しかったんだけど。
「数を補うならば質です。察するに氷銅先輩が試験官となって俺達と戦う、というところでしょうか」
「お見事、正解です。皆さんにはグループ毎に凍牙と戦っていただきます。その内容に基づいて合否を判定します」
「ハッハッハー、よろしくな!
信が言い当てた。東雲先輩は拍手をしてるけど、こっちは空気が重いような。いや、だって学生最強とか言われてる人が相手って、いくらなんでも。
「そんなの俺の望むところです! ずっと戦ってみたいと思ってた……全力でお願いします!」
「焔竜一に同意するのは癪だが、当代最強と揶揄される氷銅凍牙の実力を測る機会。願わくば1対1で行って貰いたいのですが」
竜一と御山が言い連ねた。竜一はともかく御山まで……ビビってたのが悔しい。
「ハッハッハ! 良い気合いだな、俺も全力でーー」
「凍牙には加減して戦って貰います。もちろん、だからと言って簡単に勝てるとは思わないことですが」
弾ませていた声を遮られた氷銅先輩が肩を落としている。仲が良いのかどうなのか。
「また試験はグループ単位で行います。その中でどのような作戦を立てるかは自由ですが、なぜグループ単位であるのかを考えること。アドバイスはこの辺りです」
グループなら単純に戦力差を埋められるからじゃないのか。なぜって言われてもな……。
「ではどちらのグループからでも構いませんが、試験開始は10分後とします。そこまでどう戦うかを考えると良いでしょう」