因縁の始まり
風見の先導で森の中を歩いて数分、木漏れ日とも違う光が行先から差し込んできていて、一気に視界が広がる。
森の先にあったのは、草花の広がる草原。なだらかな坂を挟んで、さっきの闘技場にも似た円形のフィールドが広がっていた。
「ようやく来たか。はぁ〜、待たせやがって」
気怠そうに投げかけられた声の方を見やると、木の根に寄り掛かって寝そべっていた和樹さんがいた。一目見て分かるほど面倒くさそうにタバコを吹かしているけど、どう考えても教師の姿じゃない。
「えっと……この人が案内人?」
「そう……みたいだな」
そりゃ如月と竜一も、というか全員困惑するよな。俺もあそこで会ってなかったら同じだと思う。
「あー、テメェらで1グループか。んじゃあ、もう少し来る手筈だから、ちょっと待ってろ」
「いや、少しは姿勢を正したらどうなんですか!?」
「いやもう、室外とかだりぃ」
まるで動く気配がないんだけど。ここで良いんだよな? 改めて不安になって来る。
「なぁ、晴輝。知り合いなのか?」
「知り合いって言うか……闘技場まで送って貰っただけなんだけどな」
「あー、それで転移で来たんだな……」
竜一が小声で尋ねてきた。俺と暁夜が転移で来たの知ってたんだな……もしかしてそれで声掛けられたのか?
「俺より暁夜の方が前からの知り合いっぽいんだよ」
「そ、そうなんだ。篝火君、大丈夫なの……?」
如月の質問に促されて視線が集まった先、暁夜は露骨に視線を逸らしていた。さっきまで知らん顔してた暁夜がこれな辺り、相当だと思う。
「ぼ、僕のせいじゃないよっ。どんな性格かなんてところまで分からないしっ!」
「別に風見のせいとは言ってないって」
「おいこら、何か小声で悪口言ってねぇか」
円形になって話していた俺達に横槍が飛んで来た。そう思うならせめて立ち上がって欲しい。と、そこで信が嘆息気味に歩み出す。
「5番の紙を配布されました。こちらであっているでしょうか」
「あー……確か大丈夫だろ」
確かってなに! 一切確認の意味がなかったんだけど。
「まあ、その内しっかりしたのが戻って来るから、そいつがはっきり分かるだろ」
戻って来るって……そういや、風見が2人くらいいるって言ってたな。その人待ちか。流石にこの状況で間違ってて試験受けられないはないよな……。
「あ、でも早速誰か来たみたいだよ」
如月の言葉に続いて、確かに森の方から足音が聞こえ始めて来た。足音は複数で、迎えに行っていて戻って来たのか?
数秒もしない内に、その足音の主の姿が見え始めた。
「っ……は、晴輝君……ちょっとごめんね……」
先頭に立つ男子の姿がはっきりしかけたところで、飛鳥が俺を壁にするように、背中に隠れた。
「茂……お前もこっちなのか」
「当然だろう。僕が有象無象と同等の扱いなわけがあるまい」
竜一が若干険しい顔で白を基調とした煌びやかな衣服を来た先頭の男子に話しかける。それとは対照的にその男子はかなり偉そうに返答すると、俺達全員を一瞥してから、俺に、というより俺の後ろに視線を定める。
「へぇ、これがもう一組かい? 焔竜一はともかく、まさか君までいるとはね。落ちこぼれには場違いではないかな?」
そいつがそう言うと、後ろの連中が続けて嘲笑った。どいつも高そうな服を着て、貴族連中で固まっているのが簡単に理解出来る。
んなことはどうでもいいわけで、その落ちこぼれってのが飛鳥を指してるのも、分かる。震えた手で俺の服の裾を掴んで、きっとこういうのは今までに何度もあったんだろう。
「大人しく得意分野で伸ばせばいいだろう。家事手伝いなどをお勧めするよ」
「茂、そういうところはあまり好きじゃない。いい加減にしろよ」
竜一が重い声音て告げながらそいつに進み出た。竜一は他より身長が高いから迫力があるけど、そいつはまるで臆した様子も見せずに、
「焔竜一、五大貴族の跡取りとなったのだから君こそいい加減矮小な縁など斬り捨てたまえ。それとも、くだらないことに未だに囚われているのかい?」
「っ……」
鋭い眼光が飛んで、竜一の足が止まる。相当痛いところを疲れたのか。竜一の顔は苦々しい。
「君達も落ちこぼれと同じグループとは災難だったな。数的不利だろうが、せいぜい奮闘するがーー」
「おい」
聞くに耐えない言葉を遮って、告げる。自分の想像以上に、低くなった声音はそいつの興味を引いたらしく、嘲るような表情を向けて来た。
「何か用かい? 残念ながら僕達は既に人数が埋まっていてね。助けてやることは叶わないのだが」
「いらねぇから安心しろよ」
「では、何かな? 話ならば簡潔にしたまえ」
言葉とは裏腹に、何か期待するような面持ちで促して来る。大方、媚びへつらうのでも期待してるんだろうが、そんなことするわけがない。
「は、晴輝君……」
飛鳥が心配そうに名前を呼んでくる。心配無用……とは言えないけど、ここままじゃ腹の虫が収まらない。
「……謝れよ」
「誰が、誰にだい?」
「お前が、飛鳥や竜一にだ。俺は会ったばかりだけど、そんな落ちこぼれだとかくだらない言葉で片付けていいわけないだろ」
飛鳥も竜一も、お互いのことを気に掛けて礼が言える人間だ。間違ってもこんな奴に扱き下ろされるなんて正しいわけがない。
それを聞くと、そいつは驚いたように、わざとらしく眉を上げた。
「なるほど、無知とは恐ろしいな」
「田舎者だからな。てめぇがどんな貴族かも知らねぇよ」
「座学を必要としない試験形態の弊害か。良かろう、教えてやろう」
とことん偉そうな口振りで、一度閉じた口を開く。嫌らしい笑みを湛えて。
「村井家は土属性の家系だ。その血筋で雷属性を持って産まれ、さらに初級魔法も満足に扱うことも出来ない」
「や、めて……くだ……」
「挙句、相性で有利な水属性の、しかも学年が2つも下の相手に負けたのだから落ちこぼれとしか言いようがないだろう?」
……たった、それだけ?
「君達庶民には分からないだろうが、貴族には相応の力を持つ責務があるのさ。その欠片すらも得られない者に早い段階で現実を示す。礼こそあれど、非礼と罵られる謂れはないだろう」
「っ……うぅ……」
「村井さん……」
苦痛に満ちた声を漏らして、その場で崩れ落ちる飛鳥。それに如月が駆け寄って、背中をさすっている。
「……それだけで、落ちこぼれだって、責められるのが当然って言うのかよ」
「何度も言うが平民とは勝手が違うんでね。一緒にされては困るな」
「同じだろうが! 平民も貴族も、何を感じるかは!」
「話にならないな。会話が通じると見誤っていたよ」
「っ、てめぇ!」
ついカッとなる。大袈裟な手振りで肩を竦めたかと思えば、今度はああと呟いた。
「ああ、そういえば飛鳥というのは落ちこぼれのことかい? 確かにそんな名前だったか、忘れてたよ。最早不要な記憶だったのでね」
……本気で言ってんのか、こいつ。
一回頭が空になって、何だかかえって頭がすっきりした。
あんなに血が登ってたってのに、全て怒りが全部どっか行ったみたいで、
飛鳥の嗚咽、竜一の拳を握る音、如月の飛鳥を抱き締める音、青柳の腕を組む際の服の擦れ、取り巻きの笑い声、嘲笑を浮かべるあいつ。
見えていないにも拘らず、全てがはっきりと感じられた。
「失礼、つい気になってしまってね。話をーー」
「うるせぇ、もう黙っとけ」
武器召喚を終えて、一瞬にして眉間と鳩尾に突きつけられた銃口を見て、そいつは目を見張った。俺自身でもこんな速度で構えるのなんて驚いたけど、今はどうでもいい。
「ふふっ……舞花見えた?」
「う、ううん。全然だよ」
取り巻き連中のざわめきの最中に、風見と如月の声がはっきりと聞こえる。
「信君と焔君は?」
「大体はな」
「す、凄いな、信。俺はある程度しか……」
風見に尋ねられて、信と竜一まで続けた。周りがそんな状況の中、そいつは見開いた目を戻して、口端に笑みを溢す。
「……ほう、なかなかやるようじゃないか。面白い」
この位置でこの状況。明らかに俺が主導権握ってるのに、その余裕振りは何なんだ。
「言っとくけど脅しじゃないからな。これ以上くだらないことをほざくつもりなら」
「そうしてくれたまえ、そうでなければ張り合いがない」
あまりにも動揺の欠片もない言葉の直後、そいつの右手に光が溢れる。武器召喚の術式に伴って現れる光、それを突き破って出て来たのは幾重の装飾が彫り込まれた円錐型の……槍?
「残念ながら脅しで終わったようだね」
「何……?」
嘆息混じりに槍の穂先部分を地面に突き立てた。その直後、真下から何かが登って来て俺の両手を激しく突き上げた。
「いっ……!」
思わず離した双銃が宙を舞って、後方の地面に墜落する。俺の両手を打ったのは、土の壁だった。そいつと俺の間の地面から競り上がっている。い、いつの間に。
「随分と歯応えのない。撃つならば標準を合わせた直後だったね」
「……このっ!」
とっさに飛び出した刹那、目の前の土壁が木っ端微塵に消失した。息を呑む中、あいつの顔を見ると目を見張っている辺り、その仕業じゃない。ってことは誰がーー
「まったく……何をしているんですか、雨宮先生」
「……ちょ、俺かよ」
「当たり前です。教師としての自覚持ってください」
いつの間にか俺とそいつの横側にいた生徒会長が和樹さんに振り向いて咎め始めていた。土壁を壊したのも……この人なのか。あんな一瞬で。
「あなた達も争うために来たのではないでしょう。試験を受けるために来たはずです。これ以上揉めるのならば試験を中止にしますが、どうしますか?」
……中止ってことは、俺だけじゃなくて竜一や飛鳥達も……。あいつはムカつくけどそれは、ダメだ。
「……すみません」
「フン……」
そいつも試験の中止は避けたいらしく、大人しく武器を送還していた。くそ、次は必ず……。
「良いでしょう。では、試験官がもう1人来ますのでこのままお待ち下さい」
生徒会長の言葉の最後にパンと拍手が添えられて、心臓が跳ね上がるもその後緊張やらが落ち着いていく。だからこそかもしれない。小さく呟かれた声が微かに聞こえたのは。
「ふふっ……光の持ち主、見~つけた」