よろしくな
呼びかけて来た声に反応して振り向いてみれば、そこには真っ赤な髪が印象的な男子と、その後ろに栗色の髪の控えめそうな女子がいた。なんか、男子の方は特に雰囲気が周りとまるで違う。顔が目立つくらい整っているし、服も素人目で分かるくらい上等のものを使ってるよな。女子の方も見てるこっちが照れるくらい可愛いし。
……これが都会人なのか、住んでる世界が違う気がする。
「俺は焔竜一。竜一って呼んでくれ、よろしくな!」
燃えるような赤目と裏腹に、物腰柔らかい声音で竜一と名乗った男子が右手を差し出してきた。
「あ、うん、俺は天雷晴輝。こちらこそよろしく」
「ああ、仲良くしようぜ。晴輝!」
応じる形で握手を返すと、速攻で名前呼びされた。感じてた近寄り難さとか最早さっぱりない。何となく、ほっとする。
「……もしかして、天雷龍牙って人と知り合いだったりしないか?」
「それなら俺の兄貴だけど」
尋ねられるがままにそう答えると、竜一は嬉しそうに破顔した。……何で知ってんだ?
「そうなのか! 晴輝の兄貴とは俺の兄貴が同期でさ、何度か家に来たんだよ!」
「え゛⁉︎ そうなのか!? 兄貴なんか迷惑かけてないか⁉︎」
「それどころかお世話になりっぱなしだったよ! 同い年の弟がいることは聞いていたけど、まさかここで会うなんてさ」
嘘をついてる様子はないし、それなら良かったけど……変なことまで聞いてないよな。さ、流石に人の恥ずかしい話をベラベラ喋ってないと思うけど……図星を掘りそうで聞くに聞けない。
「あ、悪い悪い。龍牙さんの話はまた後で。それでグループだけど、俺達と組まないか?」
「そうして貰えると俺の方も助かる! まるで当てがなかったんだ」
こっちは本当にありがたい。竜一は友人多そうな気がするし。
そう思って周りを見たら……何かほぼ全員がこっちを見てひそひそと話してある。俺達、というか竜一を見ていて、微妙に距離を取って囲っている。もしかして、竜一ってやばい奴?
「よし! ありがとうな。俺と飛鳥、晴輝、それに君もだよな。名前は何て言うんだ?」
「……篝火暁夜だ」
「よろしくな! 暁夜!」
当の本人は気付いてないのか、暁夜に向かって話しかけている。あいつ、俺の時は無視したくせに。どことなく居心地悪そうだけど。
「ご、ごめんね。目立っちゃって……」
「ああ、いや……」
竜一と一緒にいた女子が近づいてきて、声をかけて来た。それと一緒に周囲に視線を流している辺り、周りの目に気付いているらしい。
「えっと……飛鳥、さん? でいいのか?」
「う、うん。初めまして、村井飛鳥です」
言葉尻をすぼませながら自己紹介。明るそうな竜一とは反対に物静かが似合う。
「俺は天雷晴輝。よろしくな」
「あ……う、うん。わ、私の方こそよろしくお願いします。えっと……は、晴輝君、でいいかな……?」
「もちろん、好きに呼んでくれ。せっかくだから飛鳥でいい?」
「う、うんっ」
ペコリとお辞儀まで加えて、何か身長も低いしあわあわしていて小動物に近い感覚を覚える。
「これであと4人だよな、他にーー」
俺と飛鳥が話していると声を弾ませた竜一は周りを見やって固まった。どうやら状況を理解したようで、苦笑いを浮かべている。
「りゅ、竜一はちょっと有名人で……みんな、話しかけ難いんだと思う……」
「そうなのか。ってことは飛鳥は竜一と親しいのか?」
「そ、そうなんだ。お母さん同士が仲良かったから、小さい頃からよく会ってて……」
いわゆる幼馴染ってやつだな。だから他の奴らと違って一緒にいたのか。にしても有名人って……大貴族かなんか? いや、でも確かに言われてみれば焔って兄貴が何か言ってたような、ないような。
何となく記憶が呼び起こされたところで、正面にいた奴らがこっちに踏み出してきた。丁度4人くらい、これで8人ーー
「はいはーい! 僕達入りまーす!」
と元気の篭った大声が響いた。動き出していた奴らの足が止まって、代わりに雑多返した受験生の中から出て来たのは、
胸を張って堂々としながら先頭を歩いている黄緑色のゆるふわした髪の女子。
次に周囲の視線に照れながら、その後を追う水色のポニーテールの女子。
それから目元までフードを被って、素顔がよく見えない奴。多分……女子か?
そして最後に冷静の2文字がこれ以上ないくらい落ち着いた様子を見せる青髪の男子。
これで、丁度8人なのか。
「おおっ、大歓迎だ! よろしくな!」
早速その4人と合流する竜一。元気だな。
「い、行こっか……?」
「あー……先行っててくれ」
尋ねながらも歩き出した飛鳥にそう答えて、身を翻す。暁夜はほっといたら来るとは思えない。
「ほら行くぞ、暁夜」
「……」
暁夜は他所の方を見ていてやっぱり無視。そっちがそうなら別に構わないけどもな、あと1人探すのも面倒だしなぁ。
「試験受けるにはグループ組まなくちゃいけないんだからよ。俺らと組むのが手っ取り早いと思うけどな」
「……別にグループを組むことに異論はない。だが、常に集団行動する必要はないだろう」
あのな。和樹さんがどうせ友達出来ないって言っていた理由がよく分かる。どんだけ、コミュニケーション取る気がないのか。
「ほら、さっさと来いって」
腕を取って引っ張るように竜一達の方へ。そうしたら後ろからため息が聞こえた。それは俺の方がしたいくらいなんだけど!
その後、早速受付へ。その列に並んでいる間に自己紹介をすることになった。試験もあるので、ついでに自分が持っている属性やら武器も付け足して、と。
「それじゃあ先陣を切らせてもらって、僕は風見茜! 風属性だよ!」
というのは黄緑でゆるふわなショートの髪の女子。目も鮮やかな黄緑だ。後から来た4人の先頭を歩いていたのも風見だ。周りから好まれそうな明るそうな印象、って印象なんだけどなんか暁夜はジト目で見てる。
まあ、お互いに積極的に関わりそうなタイプじゃなさそうだからな。
「じゃあ時計回りに、俺が行かせてもらうな」
と右隣の竜一が風見に続く。
「焔竜一。属性は炎で武器は大剣だ。これからよろしくな」
「え、焔ってあの!?」
「あー……まあ、一応な。でも仲良くしたいから竜一って呼んでくれ」
とさっきの水色のポニーテールの女子の驚嘆に、竜一は口を濁らせる。有名人ってのは本当らしい。
「やったあ! この試験もらったね!」
「うん、本当に心強いよ」
「……なるほど。噂には聞いていたが少々驚いたな」
風見に問い掛けた女子、最後の青髪の男子と口々に告げる。驚いたってそんな抑揚のない声で言ってもな。……でも俺以外全員知ってるんだな……。
「なぁ飛鳥、竜一って一体何者?」
「え、えっとね。竜一は五大貴族の中の、焔家出身なんだ」
五大貴族……なら聞いたことがある。親父と兄貴が話してたのを盗み聞きして……確か大昔の暗黒時代に勝利の立役者となった五人の末裔だとかなんだとか。その一族は例に漏れずにみんな強いらしいから、確かに味方なら心強いな。
「でも……なんであんな苦々しい表情なんだ?」
風見を中心とした会話を見つめる竜一の表情はなんだか、そんな成功が約束されてるような家のそれじゃなくて、苦虫を噛み潰したような。嬉しくはなさそう。
「……竜一は色々とあって……大貴族の跡継ぎだから、色眼鏡で見られることも沢山で……。だ、だからあんまり焔家って言われるのが嫌なんだ」
……へぇ、大変なんだな色々。飛鳥の重い声音からしても、相当ややこしそうな環境なのが窺える。でもまあ、
「じゃ、竜一として付き合えばいいんだろ? その方が俺も楽だし、助かるな」
貴族がどうとかよく知らないし、俺としてはそれ前提の付き合いなんて面倒なだけだしなぁ……。ただそれだけなのだが、飛鳥は俺の言葉を好意的に受け止めたらしく、
「……うん、ありがとね」
とホッとしたような面持ちで笑顔をお見舞いしてきた。持ち前の可愛さに加えて、幼馴染のことでお礼を言える心優しさもあって……ちょっと脳裏に焼き付いて離れなさそう。
「じゃあ……次は私かな?」
と口にしたのは水色のポニーテールの女子。
「えっと、如月舞花。 属性は風と土で武器は弓だよ。援護は任せて」
可愛いっていうか、凄く美人。スタイルもいいし、なんだか人気が出そうだな。
風見や青髪の男子も顔整ってるし、何か俺は浮いてそうだな。とか思っていたら、次はその青髪の男子が口を開いた。
「俺は青柳信。武器は何でも使えるが、メインは槍だ。魔力属性は水と炎を持っている」
さっきもそうだけど言葉にほぼ一切抑揚がない。ここまで表情1つ崩れないし、何を考えているのかよく読み取れない。暁夜とは違って、仲良くなれるか分からないタイプだ。
「凄いな、舞花も信も2属性持っているんだな! 」
「フッフッフ、どう? うちの舞花と信君は凄いからねっ」
「風見さんと会ったのはついさっきのような……」
「そもそも重要なのは属性の数ではなく、質だろう」
興奮した様子で声を弾ませる竜一に、鼻高々に胸を張る風見。それと対照的に当の如月と青柳が口を挟んでいる。
いやでも確か、複数の属性を持ってるのって何万人に1人とかだろ? 竜一の反応が普通な気がするんだけど。俺も羨ましい。
て、話が盛り上がってるけど、次飛鳥だよな。あわあわしてるけど……大丈夫か?
「あ、ごめんね、話しちゃってて。自己紹介の続き、よろしくね」
「う、ううん。あ、ありがとう……」
そう促してくれた如月にぺこりとお辞儀を返す。いいよとばかりに笑顔で手を振るのを見る限り、如月の性格も良い人っぽい。そうして飛鳥は一度深呼吸を挟んでから、
「わ、私は村井飛鳥。属性は、雷……あ、あと武器は鞭です」
あ、飛鳥、大人しそうな雰囲気なのに鞭が武器なのか。全然想像出来ないんだけど。
「……あれ? でも村井家って大体土属性じゃ……」
不思議そうな面持ちで尋ねたのは風見だ。そういや魔力の属性って確実に親から遺伝するんだっけ。
「う、うん……。なんでだろうね……」
そう答えた飛鳥の顔には影が落ちていた。尻すぼみな声で、聞かれたくない話なのがわかる。尋ねた風見がやってしまったとばかりに視線を泳がせるし。
竜一と幼馴染ってことは飛鳥も良いとこの貴族なんだろうし、変なしがらみとかあるんだろうけど、
「まあ、少なくとも俺達といる時は気にしなくていいんじゃないか? 正直、貴族がどうとか前提にしないで貰えると助かるから、飛鳥は飛鳥で頼む」
俺自身、貴族どうこうに適応出来る気しないからな。そう言うの取っ払って仲良くして欲しい。まあ、本人がそうして欲しいから分からないけども。
「そうだよね。私達が仲良くなるのに属性は関係ないもの」
「僕も賛成! ごめんね、変なこと聞いちゃって。改めてよろしく、飛鳥!」
「う、うん……ありがとう」
俺に続く形で如月と風見まで同調してくれた。少しは飛鳥の顔も晴れたから、きっと今ので良かったよな。
「なぁ、晴輝。ありがとうな。本当なら俺がフォローするべきだったんだけど」
「いや、田舎者だからややこしいことは勘弁ってだけだって。後は如月達の言う通りだぞ」
いつの間にか後ろに回り込んでいた竜一が小声で礼を言ってきた。
「むしろ竜一や飛鳥が貴族とか関係なしにってのは俺からお願いしたいくらいなんだけど」
「そんなの当たり前だろって! 晴輝を誘って良かった!」
「いだっ!」
景気が良い音と一緒に鋭い痛み背中を走る。お前、喜んでるのは分かるから背中ぶっ叩くなって。そういうのは遠慮させて欲しい。普通に痛いから。
「おっ、何イチャイチャしてるの〜?」
面白いものを見付けたような声色で風見がからかってきた。これ以上ないくらい嫌らしい笑顔を浮かべている。
「いや、晴輝と知り合えて良かったと思ってさ! な、親友!」
竜一が晴れ晴れとした笑顔で肩を組んできた。いつの間に親友になったんだ。
「おおー! ふむふむ、需要ありそうだねっ」
「どこにだよ」
「そりゃあもちろん、そういうのが好きな層に?」
そういうのって何なんだ。男同士の友情とかそういうの?
「そうだ、次は晴輝だよな。景気良く頼んだ!」」
景気良くって言われても……普通で良いよな。深呼吸してと、
「俺の名前は天雷晴輝。属性は雷で武器は双銃だ」
「め、珍しい武器を使ってるんだね」
「銃は一般的に出回っている代物ではないはずだが」
「そ、そうなのか? 兄貴に押し付けられた武器だから、その辺りはよく知らないんだけど」
特に拘りもなく、使ってみたら意外と使いやすかっただけだし。にしても如月も青柳も、そういうの詳しいのか。
そう話していたら視界の端で、風見がニヤニヤしながら飛鳥に何か呟いていた。すぐに飛鳥の顔が赤く染まっていくけど、何か変なこと言ってるんじゃないだろうな。
「さぁて、次もよっろしく!」
満足げな笑顔を浮かべながら風見が暁夜に向き直る。……大丈夫か、こいつ。まさかと思うけど、俺が代弁した方がいいとかないよな。
「……篝火暁夜。属性は炎と闇。武器は……剣だな」
「や、闇!? 本当にいるんだな!」
なんかあっさり言いやがったのはとりあえず置いといて! 闇属性って! 複数属性より珍しいらしいのに、しかも炎属性まで使えるんだろ!? いやそれどんな確率になるんだ……?
な、なんか竜一やら如月、青柳の凄さが薄れるな……。
「水沢穂香。水属性、武器は爪よ」
暁夜への驚きを残してる中で、最後のフードの人が端的に自己紹介を終える。女子、だったんだな。それで武器は爪って、なかなかインパクトがある。
「穂華のフードの中身みたいでしょー。見せてあげたら?」
「嫌に決まってるでしょ。やめなさい」
「あばっ!」
尋ねつつ自分は横から覗き込もうとした風見に拳骨が振り下ろされる。そりゃそうなると思うけど、容赦ねぇな。
「まあ、無理にとは言わないしな! よろしく、穂華!」
「構わないで」
竜一が好意的な笑顔で差し出した手を、水沢はばっさり言葉で斬り捨てた。こんな調子で、よく集めてたな。