オグルワート学園入学試験
ローレンクロス歴927年3月2日
俺こと天雷晴輝の目の前にはデカい校門と、その奥にこれまたデカい校舎が広がってる。……地元じゃ2階建ての家しか見たことないんだけど、これ何階建てなんだよ。横幅も100m越えてそうだし。……都会って凄いんだな。
て、今から圧倒されてたらダメだって、せっかく何日もかけてここまで来たんだから、絶対試験は突破しないと。
勉強はあんま得意じゃないから実技だけのここに絞って、親父に扱き続けられた数年間……ほんと大変だった。嫌な思い出が溢れ出て来たけど、いやいやいや、受ける前からこんなことを気持ちじゃ受かるもんも受からないな、うん。
気持ちを切り替えて、校門に立て掛けられた看板に目を送る。達筆な字で『オグルワート学園入学試験』と書かれている看板の横のカゴに入った地図を取ってと、大きく開かれた校門を潜る。
……何か、まるで人がいないんだけど。確かに少し寝坊はしたけども、時間にはギリギリ間に合うはず……日にち間違ってるとかないよな。これで試験受けられなかったとかになったら、親父に絶対馬鹿にされる。この学園に入学するって決めた時だってそう、いつもいつもあのくそ親父ーー
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『親父!俺、オグルワート学園に入るから!』
『やめとけ』
寝起き早々、高々と宣言した俺に対し、親父は椅子に座ってコーヒー啜りながら即答した。
『……いや、息子に言う第一声がそれかよ!』
『そりゃお前、あそこは大陸最高峰って言われてんの知ってんのか? 少なくともお前じゃ無理だから、父親の優しい助言は聞いとけって』
『優しさの一欠片もないじゃねぇか!』
涼しい顔でコーヒーを啜り続ける親父に、何というかこうイラッと来て思わず尋ねる。
『そういう親父はどこの学園出身なんだよ。どうせ、大したところじゃ』
『俺も母さんもオグルワート学園だな』
『う、受かってんじゃねーか!』
は、初耳なんだけど、母さんもなのかよ。あんなに呑気で戦いとかと無縁そうなのに。
動揺を隠せない俺に、さらに親父は表情一つ変えずに言い放つ。それはもう全く遠慮なしに。
『お前じゃ、無理だから』
『繰り返し言う必要ないだろ!』
『ハッハッハ、悔しかったら俺に一度でも勝ってみやがれ』
珈琲を啜る音に加えて、あからさまなほど鼻で笑ってるのが耳を突く。常日頃より、こんな会話の応酬を繰り広げて、いつものように兄貴にもらった練習用の双銃を両手に召還。その銃口を親父のこめかみに突き付ける。
『今日こそ兄貴の時の二の舞にしてやる! 後で吠え面かくなよ』
『はぁ〜ぁ、それで脅かしてるつもりなら舐められたもんだな』
フッと目の前を影が通り、気付けば両手にあった銃の片方は親父の左手に弄ばれ、もう片方は俺のこめかみに銃口を突き付けていた。い、いつの間に。
『でかい口叩くならこんぐらいできるようになってからにしやがれ。ま、あと50年くらいかかりそうだがな』
ニヤニヤ嘲笑って来る親父に、思わず殴りかかるのだった。
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……ふと思い出すだけですげぇムカついてきた。あの後簡単にねじ伏せられたし、本当に人の父親とは思えない。
その鼻を明かす意味でも絶対合格しないと。あと……ここを卒業した兄貴に追い付きたいのもあるし。
「……で、ここどこなんだ?」
地図の通りに校舎を通ってるはずなんだけど、一向に着く気配がない。景色もずっと似たような廊下が続いてるし、俺一人しかいないし。少し心細くも……いやいや、こんなことで折れてたら笑われるだけだって。
せめて道を聞くだけでも、この曲がり角の先に誰か……いた。
赤が少し混ざったような黒髪に、暗色の私服を来た背中。同じ受験生で間違いないっ! 咄嗟に駆け寄って、隣に並んで右手を差し出す。
「なぁ受験生だよな! 一緒に行こうぜ! 俺は天雷晴輝って言うんだ!」
そいつは腹立つくらい整った顔を一切歪めることなく、冷たさを感じる黒目で俺を一瞥して、尚も直進する。……て、無視かよ!
「あ、ちょっと待てって! 名前はともかく受験生だろ⁉︎ 会場まで一緒に行こうぜって」
再び小走りして横に並び、歩みを合わせると、
「好きにすればいい。俺はお前に合わせるつもりはない」
まるで俺を見ずに突き放すように淡々と言う。いやまあ、初対面から仲良くしろとは言わないけども、同じ境遇なんだから少しくらいはな。
……でも、とりあえず着いていけば会場には着きそうだよな。何か少し気まずいのが難点だけど。
「……時間とか大丈夫なんだよな?」
「……そのはずだ」
何の気なしに聞いてみたら、ため息と共に意外に返事が返って来た。でも、そのはずってちょっと怖いんだけど。
「……んあ? 何してんだ、てめぇら」
「っ! だ、誰」
脇道に差し掛かったところで、思いっきり気怠そうな声が投げかけられた。ちょっと驚きつつ、視線を寄せるとボサボサ頭の男性がふらつきながら歩いて来る。私服だけど……教師? タバコ吸ってるけど……。男性は俺の隣のやつを見るやいなや、半目を意外そうに見開いた。
「暁夜じゃねぇか。マジで来たのかよ」
「悪いですか」
「いや、悪くはねぇけど」
知り合いだったらしい。にしては暁夜ってやつは凄いトゲがあるんだけど。
「んで……そっちは?」
嘆息混じりにその、教師っぽい人が俺に視線を寄せる。
「えっと、俺は天雷晴輝って言います」
「へぇ、そうか。俺は雨宮和樹。んでこいつは篝火暁夜。まあ、てきとーに仲良くしてやってくれ」
雨宮先生は隣の、暁夜の頭に左手を置きつつ、タバコをふかしながら自己紹介をした。……いやなんか、というか正直やる気を感じないんだが。
「余計なお世話だ」
「どうせお前、友人なんて出来ねぇんだから、こういうちょろそうなやつ捕まえとけよ」
「必要がない。ましてやこのような軽薄そうな奴」
「おいこら」
無茶苦茶言ってんな。暁夜もそうだけど、この人本当に教師? その辺のおっさんってことはない?
「雨宮……先生でいいんですよね」
「あー……お前に雨宮先生とか言われんの気持ち悪りぃから……和樹さんとかにしといてくれ」
えぇ……。いやまあ、先生って部分は否定しないんだな。
「そういやお前ら受験生だろ? そろそろ始まるぞ」
「……へ?」
「つーか、お前らのせいで俺まで遅刻じゃねぇか。教頭いつもうっせぇんだよな」
「いや、俺達ほとんど関係ないですよね!」
一緒にいた時間なんてたかが知れてるし! もっとこう、教師ってしっかりしてるもんだと思ってた。
しかも和樹さんの隣の暁夜を見ると、平然としてる。まさか、いつもこれなのか……?
「しょうがねぇなぁ。寛大な俺が送ってやろう」
「お、お願いします!」
後半部分は疑わしいけど、助かることには変わらない。けど、送るったってどうやって。
「その代わり合格しなかったら……どうすっかな」
不穏なことを口にしながら、白気味の魔法陣が足元に組み上がっていく。……これって、転移の魔法陣だよな。親父が俺を山に置き去りにするときによく見るから覚えてる。
「まあ、それはそん時に考えるとして、【転移】」
和樹さんが唱えた途端に、完成した魔法陣から光が放たれる。思わず目を瞑ってから、浮遊感。それから地に足が着く感覚の後に恐る恐る目を開けると、固い砂地の地面が見えた。
それから視線を上げて一瞥すると、広い円形の空間とそれを囲う壁、壁の上に観覧席が広がっている。屋根は観覧席の上側だけ、俺達のいる砂地の部分は大きく開かれている。ここが、試験会場の闘技場なのか。
そして俺と暁夜の周りにめちゃくちゃ人がいた。しかもどこを見ても俺達を見ながらざわついている。そりゃ、突然現れたら目立つよな。パッと見回しただけでも口開けて唖然とするやつとか、びびってそうなやつとか、何か敵視してくるやつとかいる気がする。完全に悪目立ち。
「おーし、さっさと終わるからこっち向けガキ共」
げんなりしていると聞き覚えのある声がした。そっちに視線を寄せると急造のような台の上に和樹さんが立っている。いつの間に移動したんだ。
和樹さんは受験生全員を眺めているけど、なかなか静かにならない。だんだん顔がめんどくさそうになってきて、
「だりぃ……しょうがねぇな。【土砂降り】」
和樹さんがそんなことを唱えながら気怠そうにタバコを吸うと、俺達受験生の上に巨大な魔方陣が出来上がった。
というか嫌な予感するんだけど……確実にろくな事無い気がする。何が待っているのか知っていそうな暁夜を見やると、他人事のように目を瞑っていた。知り合いじゃないのか。
「おい、暁……」
呼びかけたところで突然鼻に何か当たった。それが何か判断する暇を与えず、次々に水が、豪雨が降り注ぐ。ど、どしゃ降りってそのまんまじゃねーか!
って、もう激しいというか痛っ! いだだだだっ! 雨痛っ! しかもなんだか隣から熱まで感じてくる。目の上に手で傘を作り、瞼をうっすら開けて見渡してみると、暁夜が平然と立っていた。
熱はその上から来ているようで見上げてみると、景気よくとは行かないが、オレンジ色の炎が傘のように広がって、雨を打ち消している。ちょ、ちょっとそれ、俺の方にも広げてくれないかと言いかけたところで、雨の勢いが弱まり始めた。
「また喰らいたくなかったらこっち向いて静かにしてろ」
そう和樹さんの声が聞こえるほど、雨は弱まっていて全員がそれに従う。その光景に和樹さんは満足げに頷くと、
「手短に一回しか話さねぇからよく聞いとけよ。試験のルール説明だ」
自然と全員に緊張が走る。待ちに待った試験が始まるんだ。この大勢の中から選ばれるのは1割程、国最大最高の学園だから、強いやつとか英才教育を受けた貴族ばっかなんだよな。
正直自分の強さがこの中でどのくらいか、わからないからルールは重要だ。出来たら一対一がいい。
「まぁ重要な試験だからじっくり実力を図る為に一対一……」
よっしゃ! ありがとう和樹さん!
「なんてもんはめんどくせぇだけだからな、さっさと終わらすためにバトルロワイヤルだ」
数秒の間に意識が真逆になったのは初めてなんだが。あまり信用しない方がいい大人なのかも。
「ってことで以上だ。まあ、怪我はすんなよ」
そう締め括って和樹さんは光に包まれて消えた。
……消えた!? まだ詳しい事の一つも聞いてないんだけど! 周りも同じ反応らしく、辺りが一斉に騒がしくなる。
そんな中、壇上に光が伸びて別の、制服を着た男性が現れ出た。……学生だよな? 転移って結構高等技術って話なはずだけど。
「適当な説明で申し訳ごさいません。一応やるときはやるのですか……仕方がないので彼の代わりに力不足ではありますが、私が説明させていただきます」
すげー丁寧なんだが、他人の事で年下の俺らに頭下げて謝るなんてそうそう出来ないだろうて。どう見ても尻拭いだし。まあ、でもこの人の方がさっきの和樹さんより頼りになりそう。
「申し遅れました。オグルワート学園の生徒会長を務めています、東雲空斗と申します」
……なんだか凄い周りがざわついてるんだけど。そんなに有名人なのか? 東雲ってどっかで聞いたことがある気がするんだけど。
「……あれが学生最強か」
突然、暁夜が呟いた。
「そんな強い人なの?」
「……所詮は学生レベルだ」
思わず尋ねてみたら淡々と返された。正直学生の尺度ってあんま分かんないんだけど、周囲に同い年なんて2人しかいなかったし。
「では早速試験内容ですが、一概にバトルロワイヤルと言っても、今回はグループ戦を行っていただきます。
生徒会長の言葉に動揺する声が幾つも聞こえてくる。俺も、他人事に考えてる場合じゃないんだけど……。
「1グループに1つ、この紋章を配りますので、それを奪い合ってください」
金色の金属でできたよくわからない模様の紋章だ。ってことはそれを多く奪ったやつが合格するのか?
「決して紋章を多く集めたグループが合格するわけではなく、グループの中でどういう動きを行い、どのような成果を上げるかを重視します。そしてグループは8人1組とします。グループが完成したら、試合場周囲の受付にて登録を行ってください」
生徒会長に促されるままに壁際を見やると、確かに長机があって制服を着た人達が固まってる。あれが受付なのか。
「では、私はこれで。皆さんと来年度お会いすることを願って、活躍を応援しています」
そう締め括って生徒会長は光に包まれた。て、二回目だからあんま驚かんけど、なにこれ流行ってんの!? な、なんて考えてる場合じゃないよな、周りはもう動き始めてる。
くそっ、こんなことならあいつも連れてくればよかった。
「きょ、暁夜どうすんだ?」
とっさに暁夜に話しかけるも、何も反応を示さない。こいつ、俺に全部任せるつもりなのかよ! て言ってる場合じゃないし、あと6人、さっさと探さないと!
「なぁ、一緒に組もうぜ!」
という声と共に、突然背後から肩を叩かれた。