プロローグ
草木の栄える丘陵の上、木々や草花が風で揺れてそれぞれ音を鳴らす。
壮大と言わんばかりの光景の中、1人立ち尽くした少年はその腰に携えた長剣をおもむろに抜き払った。熟練の鍛冶屋の鍛え上げた名剣の刀身に、深紅の炎を灯す。
そうして、少年はゆっくりと目を閉じる。黒に赤いメッシュが加わった髪が風に煽られて乱れる。
木々と草花の音だけが流れて、少年の吐息もまた押し流される。しばらくして少年が瞳を開いた時、長剣に灯った炎は深紅から黒色へと変質していた。
全てを呑み込むような黒い炎は、空気を焼き焦がし無に返す。
それは、鍛え上げられた刀剣ですら耐えることは出来ない。落胆のような嘆息を1つ溢した少年は、黒炎を消失させて残った柄と鍔を前方へ放る。
続けて腰から外した鞘も合わせて。
少年は再び目を閉じて、右手を差し出した。ゆっくりと開いた手のひらが陽の光を受ける最中、黒いもやとしか形容し難いそれが少年の全身から放出され、右手の手のひらに集約する。
風を受けているように揺らめき、少年の等身大程も立ち登りながらも形状を保たず、黒く塗り潰されたそれから放たれるのは異質な熱のみ。
まるでそれを掴むように、力強く握り締めた刹那、唐突に耳をつんざくような金切り声が静寂を斬り裂いた。おもむろに目を開き、上空を見上げれば強靭な両足と大翼を持つ魔獣が滑空していた。
日光を反射するほど鋭利な嘴を大きく開き、一刻進む毎に大きさを増していく魔獣が少年を獲物を見定めて一直線に飛来してくる。
自分の何倍もある魔獣に狙われても、少年は動揺を見せない。むしろ両足を引き、半身になって腰を落とす。黒炎を纏う右腕を引き絞り、見定めるは大翼の魔獣。
再度響いた金切り声に、少年は静かな吐息で返して、魔獣目掛けて握り締めた右腕を突き上げた。
そこから黒炎が直線状に放たれて、魔獣に脅威を抱かせる間もなく、包み込む。一瞬にして黒炎は魔獣を駆け抜けて、チリの一つも跡形もなく消し去った。
この一帯の荒くれ者を容易く排除した少年の背後に、若草を踏み締める音が響いた。
同時に行こうと告げた声に対して、少年はゆっくりと振り返って頷く。そうして、差し出された手を取って彼らはその地を後にするのだったーー