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ムーンカクテルにお願い  作者: 一の瀬光
3/3

第三幕

    第 三 幕


        第一場  喫茶店の中

         (昼だがビルの谷間から朝陽のようにさしこむ光)




         理名、カクテルグラスを手にして第二幕終わりと同じ

         姿勢で窓辺にたたずみ外を眺めている

         朝陽のような(昼の)光が理名を照らす

         理名、二幕終わりの雰囲気のままため息をつく

         さおり、店の奥から登場。第一幕の洋服姿、第一幕と

         同じく若々しく健康的


さおり  あら? もう来てたの? 早いなあ、姉さん。


理名   (ハッとして)さおり? い、いま「姉さん」て呼んでくれた?


さおり  やだあ、何いってんの、姉さんったら。


理名   さおり、どうしたの? あなた今日は着物じゃないの?


さおり  き、着物って、あら! きょう結婚式とか何かあったんだっけ!


理名   結婚式? さあ。


さおり  なあんだ、おどかさないでよ。何にもなきゃあ着物なんか着てく

     るわけないじゃない、お正月じゃあるまいし。この暑いのに。


理名   暑いって、今は・・・あれっ?


         理名、店の様変わりに気づく。店内は小粋な喫茶店に

         もどっている


理名   どうしたの、このカウンター、このイス、このテーブル! な

     んて素敵! なんてロマンチックなの!


         理名、嬉しさにこおどりする

         さおり、面くらう


さおり  姉さん? あの、おかげん大丈夫?


理名   まあ、さおりちゃんたら! なんて上品な言葉づかいなんで

     しょう!


さおり  ええっ! ははあん、おかしいぞ。なあんかごまかそうとして

     るでしょ? あ、そうか、きのうのことだな。かくすとこみる

     と、よっぽどいいことあったんでしょ。ねえねえ、どうだった

     の? あのレストラン行ったの? どう、おいしかった、すご

     かった? ねえ、どんなお話したのよ。まさかプロポーズ!

     なあんてね。


理名   きのう? プロポーズ? ああ・・・ええ、そういえば・・・


さおり  うっそー! いきなりそこまでやる? あんなまじめそうな顔

     してて結構やり手なんだね、綾小路さんて。


理名   綾小路! やめて! 冗談じゃないわよ!


         さおり、また面くらう

         理名、そのさおりの顔をまじまじと見つめ、同じく店

         の様子をじっくりと眺め、そして考えこむ


理名   ねえ、さおり。


さおり  ん? うん。


理名   あなたもさっき言ってたけど、今日ってけっこう暑くない?

     暑いよね。


さおり  暑いよ。だってもうすぐ夏だもん。これでもきのうよりは涼しい

     んじゃないかな。


理名   じゃあ、今日って、もしかして、金曜日?


         さおり、壁にかかった大きめのカレンダーを見る


さおり  えーと。うん、そう、だけど?


理名   じゃあ満月の夜の次の金曜日よね!


さおり  やだあ、なにそれ? そんなこと知るわけないじゃない。わた

     しお天気キャスターじゃないよ。あ、でも、きのう姉さんが自

     分でそんなこと言ってなかった? ほら「きょうは満月の晩だ

     からナントカカクテルが効くのだ」なあんてさ。うん、言って

     た言ってた、きのうの今ごろさわいでたよ。


理名   それホント? 確かなの!


さおり  ええっ? うん、そうだよ。


理名   じゃあ、あれから一日しかたってないってことなの? いやいや、

     それじゃあ、いくらなんでも・・・あ、そうだ! お守り!


         理名、自分の服をさわって何かをさがすが出てこない


理名   ない! お守りがない! さっきまであったのに、どういうこと?


さおり  なんだ、またごまかしてるな? (あね)()、ずるいぞ。ねえねえ、

     きのうのデートのこと、聞かせてよー。


理名   デート? ああ・・・あれ? どうだったかな。わたし、行った

     のかしら?


さおり  もう、またはぐらかすー。ちぇ、いいなあ。わたしも大きな会社

     づとめの人と結婚して奥様におさまっちゃって、そういう幸せも

     ありかなあ。


理名   え、そうなの? さおりったら、バリバリ仕事でガッチリ貯めて、

     そのうち自分で何か始めるんだって言ってたじゃない。


さおり  うん、以前はねえ。でもさあ、最近の姉さん見てるとさあ、なあ

     んか結婚近そうだしー、わたしもちょっぴり心境の変化というか、

     そういう未来もわるくないかなあって。


        客たち次々と登場。みな第一幕と同じスーツ姿


さおり  あっ、いらっしゃいませー。いけない。準備まだ終わってないよー。

     あっと、姉さん、もっとちゃんと聞かせてよ、あとでね、約束よ。


         さおり、忙しくする


理名   わたし、いったいどうしたのかしら?


         理名、まだ混乱しながらカクテルグラスを見つめる

         スーツ姿の客たち、次々と入ってくる


さおり  姉さん! つっ立ってないでお水、お水。たのむわよ!


         理名、考えを中断され給仕に追われる


理名   あ、はいはい! いらっしゃい・・・ませ・・・


         理名、給仕で席をまわりながらも客たちの顔をジロジロ

         のぞきこんでは、それぞれの客の前で首をかしげる

         桜井、西崎、片山、OL1と2、すでに来店している

         OL1と2、何かの話題ではしゃいでいるが理名が近くに

         来た時に例の「決まったぜ!」のポーズをとる


桜井   (威厳たっぷりに)ゴホン。


         OL1と2、桜井部長のせきばらいで静まる

         理名、桜井に給仕する


理名   いらっしゃいませ。


         理名、嫌悪感を抑えつつすぐに去ろうとする


桜井   あっと、きみきみ。


         理名、振り向かずに立ち止まる


桜井   うん、そうそう、きみだ。


         桜井、席を立ち理名に歩み寄る


桜井   (威厳をだして)きのうのアシスタント募集の件ですがね、やっぱ

     もう終了ということでした。


理名   (ホッとして)ああ、そうですか。


桜井   でもね、わたしの私設秘書ということでなら一つ空いてる枠がある

     そうなんだ。


         桜井、何気ないふりで理名の肩に手をおく


桜井   (なれなれしく)実を言うとね、募集締め切りというところをけっ

     こう無理してこじあけてねえ。まあ、尽力したんだよ、きみのため

     に。理名くん、といったねえ、たしか。アルバイトとは思えない高

     給だよ、ふふふ。


理名   最低!


         理名、桜井の手をふりはらう


桜井   (粗野に)な、なんだと!


理名   最低限、の収入はこの仕事で得ておりますと申し上げました。です

     からこのお話はけっこうです。お世話になりました。ではお客さま、

     どうぞごゆっくり。


         桜井、憤懣(ふんまん)やるかたないが周囲を気にして席につく

         OL1と2、ひそかに「決まったぜ!」のポーズ

         理名、カウンターに戻りカクテルグラスを手にとって

         じっくりながめてうなずく


理名   うん、よし!


         桜井、怒りがおさまらず再び席を立ち理名を呼ぶ


桜井   (怒って)おい、きみ!


         理名、その声におびえて振り向く

         西崎、すかさず立ち上がる


西崎   はい、部長。お呼びでしょうか?


         桜井と理名、驚いた顔で西崎を見る

         西崎、平然と続ける


西崎   例の取引の件ですよね。以前部長がご指摘になられたとおり、

     やはり契約書に訂正すべき箇所がございました。さすがです

     部長。おかげで助かりました。


桜井   う、うん、そうか。ではあとで報告したまえ。ごほん。


         桜井、苦虫をつぶしたような顔で不満げに席につく


西崎   はい、そういたします。(理名に向かって)ああ、きみ、ちょ

     っと。


          理名、西崎の席にいく


西崎   (冷たく)きみぃ。きみはさっき、またぼくの所に水を運んで

    きたね? きのうあれほど確認したばかりでしょう。きみは

    接客の作法をいちから学ぶ必要があるのじゃないかな? 先

    ほどの部長への接客態度にしたって・・・


理名   ええ❤ はいー❤


         理名、ありったけの好意と色気をこめて西崎を見る


西崎   うっ・・・


         西崎、絶句する

         理名、ますます親しげに西崎にすりよる


西崎   (声が裏返って)客の要望を聞く、その態度、ひとつにして

     も、だね・・・


理名   ねえ、偽悪(ぎあく)趣味?


西崎   なに?


理名   本心をかくしてわざと(わる)ぶったりするのを偽悪趣味っていう

     んでしょ? 偽善の反対。もう。


         理名、ますます西崎に体をすりよせる


西崎   なになに? ぼくに何か言いたいことでも?


理名   ムーンカクテル。


西崎   はい?


理名   ええ、ムーンカクテルのお話を。


西崎   むーん? かくてる?


         と、店のドアが勢いよく開き綾小路登場。第一幕と

         同じスーツ姿


さおり  あ、いらっしゃあい! ほら姉さん、お給仕して。


         理名、しかたなく綾小路の席にいく


理名   (よそよそしく)はい、ご注文は。


綾小路  (誠実そうに)理名さん、きのうはどうしたんです? ぼく、

     ずっと待ってたんですよ?


理名   あら、わたし行かなかった?


綾小路  (たじろいで)えっ、じゃあ来たんですか? あの、ぼく、ず

     っと待ってたって言いましたけど、三十分しても理名さん来な

     いから、もう来ないかなって思って・・・じゃあ、あのあとに

     理名さん来たんですか? そりゃあどうもごめんなさい。ほん

     とにぼくったら・・・


理名   いいのよ、別に。


綾小路  もちろん帰る前にここへは電話しましたよ、何度も! ぼく思

     い出したんです。理名さんが食事へ行く前にここでぼくとカク

     テルを飲みたいと言ってたこと。ほら、どうです? 理名さん

     の話したことなら一言一句のこらず覚えているでしょう、ぼく

     って。


理名   それは、どうも。


綾小路  うん。でね、ぼく心配になったんです。ひょっとすると理名さ

     んはそのカクテルを飲みすぎて気分でも悪くなったんじゃない

     ないか、ならばすぐに電話しなくっちゃって。なにしろ強そう

     な名前のお酒でしたものね、マンダラカクテルって。


理名   マンダラ!


綾小路  何度も何度も電話しましたよ、ここに。だけど誰も出ないから

     しかたなくぼくも帰ったんです。だけど、ええ、もっと理名さ

     んを待つべきだったんだ。ちゃんとレストランの中で席につい

     て二人分の料理も注文して。


理名   いいのよ、無理しなくて。だってあなた、他にもいろいろお忙

     しいんでしょ? わたしがダメならお次のかたが待っている、

     ね? わたし、もうみんなわかっているんですから。


         綾小路、一瞬おどろいた顔で理名を見るが、すぐに

         くだけた態度に変わる


綾小路  なあんだ、知ってたの、全部? これはこれは。もっとおカ

     タイお嬢様だと思ってたけど、けっこう世の中わかってんじ

     ゃないの、理名っち。


理名   (観客に向き小声で)じゃ本当にそうだったんだ!


         綾小路、芝居がかった仕草で理名の手をとり立つ


綾小路  でもね、きみはまだ真実を知らない。


         綾小路、王子さまのように理名の肩を抱く


綾小路  確かにきみの言ったことをぼくは否定しないよ。けれどね、

     ぼくが一番大事に想っているのはきみだよ。きみだけなん

     だ、理名ちゃん。だって、ほら見てごらん。


         綾小路、指輪のケースを取り出し、中から指輪を

         出して理名に捧げるようにふるまったあと、また

         ケースにしまいフタを閉じる


綾小路  見たかい、ダイヤモンドのエンゲージリング。今夜こそこ

     れがきみの指にはまるのさ。


         理名、大きくふりあげた手を綾小路の顔めがけて

         ふりおろす


理名   (ピシャリ!)


         と、理名の平手打ちの音が大きく響きわたる

         綾小路、その反動で思わず指輪のケースをすっと

ばしてしまい、それがさおりに向かって飛んでいく


さおり  きゃあ!


         と、片山が飛び出してきて、さおりの顔にケースが

         ぶつかる前にキャッチするが、その動作はまるでス

         ポーツ選手のように華麗


さおり  まあ・・・


         さおり、たくましい片山の姿をほれぼれと見る


綾小路  いてて・・・


         綾小路、立ちつくす

         OL1、飛び出して理名につかみかかろうとする


OL1  何すんのよ、あなた!


         片山、OL1の動きをスマートに制する


片山   おちついて。ここはお店の人にまかせましょう、さあ。


さおり  カッコいい!


理名   片山さん。きみこそ頼りになる人よ。うん、そうなのよ。

     だから妹をよろしくね。


         理名、片山に握手する

         片山、理名の言動におどろいていつもどおりの

         もじもじした態度にもどってしまう


さおり  わたしのことよろしくって、な、なんなのよ、それ。姉さん

     ったら!


         さおりと片山、目が合ってしまう

         さおり、ついほほえんでしまうが、すぐに背を向ける


さおり  知らない、わたし!


         さおり、カウンターのはしへ行ってしまう

         片山、おろおろする


理名   これ、いいかな?


         理名、片山の手から指輪のケースを取ったあと片山

         の背中を押してさおりの方へ送り出す


片山   は、はい。


         片山、おどおどしながらもさおりの方へ近づく

         理名、綾小路の正面に立つ


理名   これはお返しします。


         綾小路、去ろうとするとOL1がかけよりなぐさめる

         綾小路とOL1、ふたりで足早に去る

         取り残されたOL2、事態の急変にあわてながらも

         友人OL1の分も支払いをすませて去ろうとする


理名   あ、ちょっと待って?


         理名、OL2に声をかけ引きとめる

         OL2、ビクリと緊張して立ち止まる


理名   あなたのお友だち、あの子をしっかり見てあげてね。


OL2  えっ、わたしが、ですか? なぜそんなことを、わたしに

     言うの?


理名   だってあなたはしっかりしたかたですもの。そうでしょう?


OL2  しっかりしたかた! そんなことひとから言われたの、わた

     し初めて・・・


理名   おねがいよ。


OL2  え? ええ、はい。


         OL2、すこし頭をひねったあと、ほめられた言葉に

         機嫌をよくして背すじをピンと伸ばし、未来の公認

         会計士を予見させるような仕草でさっそうと去る

         西崎、理名のほうへ来る


西崎   きみは・・・


理名   あ、はい。


西崎   きみはいったい何てことをするんだ! あれはもう接客態度など

     という範疇(はんちゅう)で処理できる次元の問題じゃないよ!


         片山、どこからともなく現れ西崎に口をはさむ


片山   あ、あのう、先輩。ぼ、ぼくちょっと調べてみたんですけど・・・


西崎   (片山の出現に驚いて)だれだ、きみは!


片山   ぼ、ぼく、となりの課に、せ、先月より配属になりました片山

     といいます。に、西崎先輩はうちの課でも、ゆ、有名人ですか

     ら、ずっと知ってました。せ、先輩は知ってますか? う

     ちの会社に関する、う、裏サイトのこと?


西崎   え? うら、何?


片山   う、裏サイト。しゃ、社長の裏スケジュールとか専務のかくれ

     趣味とかのってんです。あ、もちろん、に、西崎先輩のことも

     ありますよ。いやあ、さ、さすがですね先輩、さっき見たら先

     輩の先月の業績が・・・


西崎   いったい要点は何だね!


片山   す、すいません。よ、要点はですね。い、いまさっき、あ、綾

     小路先輩をサーチしたらですね、あ、あのひと、ご、強引なん

     ですよ。


西崎   強引?


片山   な、なんて言いますか、じょ、じょ、女性関係がすっごく強引

     で手広いってけっこう、か、書き込みがあって・・・


西崎   たとえそうだとしてもだね、いきなり平手打ちだよ、平手打ち!

     この衆人(しゅうじん)環視(かんし)の店の中でだ!


        片山、西崎のけんまくに引きさがる

        西崎、理名につめよる


西崎   きみ! こう見えてぼくはひとさまのプライバシーは尊重する

     人間です。でもね、今回に限ってこの点だけはぜひとも聞かせ

     てもらわなくては引き下がれないよ。ねえ、それほどひどい事

     を彼はきみに対してやったというのかい?


理名   はい! あ、いえ・・・それがその、今のところ、別にまだ

     何も。


西崎   なんにもしてないのに平手打ち! だいたい「今のところまだ」

     とはどういう意味かね? そこんとこちゃんと説明・・・


         理名、いきなり西崎の片腕にしがみつき顔をうずめる


西崎   え? あ、あの・・・


         西崎、言葉を失い、理名はますますしがみつく


理名   西崎さん・・・


西崎   な、なんだい?


理名   ありがとう。


西崎   え?


理名   ありがとう、こんなふうに(しか)ってくれて。


西崎   叱るなんて、そんな。ぼくは、ただ、きみの行動があまりにも。


理名   わたしのこと気にかけてくれていて、うれしい。


         理名の母よしえと光一おじ、登場

         よしえと光一、店内でまず桜井部長の気づき深々と

         おじぎする


光一   ほれ、きのう話した部長さまだよ。理名にありがたいアルバ

     イトをお世話してくださるっていう。


よしえ  理名の母でございます。どうも娘がお世話になりまして申し

     わけございません。ほんとうにありがとうございます。


桜井   ん、まあ、よしなに。ではいずれまた、失礼。


         桜井、去る

         よしえと光一、ようやく理名と西崎の様子に気づく


光一/よしえ  (同時に)お、お、お、おお!


         よしえと光一、理名と吉崎を取り囲みジロジロと

         ながめまわす


光一   (イヤミたっぷりに)うーん、まだ若いな、あんた。年収は

     どのくらいかね?


よしえ  (理名に向かって冷たく)こちらさん、いつも現金払いかい?

     よもやツケがたまってるなんてことないだろうね?


光一   スーツはどうかな、うむうむ。靴は、こうか。で、ネクタイはと。

     うーん、しめて合計ウン万円てとこか。まさか月賦払いじゃなか

     ろうね?


よしえ  兄さん! ここ、ここ、(自分の頭をさして)ここも見てよ?


光一   お、そうか。(においをかいで)フンフン、こりゃ国産の整髪料

     か。フンフン、オードコロンはなし。


よしえ  兄さん! 信用! し・ん・よ・う。


光一   わかっとるって。あんたカードは何種類? ビザ? アメックス?

     JCB? ゴールドはあるんかね?


西崎   なんです、これは! ぼくは失敬する!


         西崎、不愉快そうに去る

         よしえと光一、理名を問いつめる


光一   (きびしく)理名あー。きのうはやけにお見合いいやがっとると

     思ったらこういうことかいな。お前、よく調べたんかい、あの男

     のこと?


理名   いいえ、まだあんまり。


光一   ち、やっぱりなあ。それだからお前は。


よしえ  (冷たく)それにお前ったら、なんで手ぶらなんだい。昼

     休みは一番の稼ぎ時なんだから気合い入れなきゃって、き

     のうも言ったばかりだろ! こういう商売じゃね、こちら

     が何か手に持って一歩うごくたびにお宝が一歩近づいてき

     んなさるんよ。


光一   それよかあの男な、丸菱商事さんとこの社員かい? まさ

     か平社員じゃなかろうね?


理名   課長になったって聞いたけど。


光一   ほお、課長! 若そうに見えたけどな。いやいや、それく

     らいで安心しちゃいかん。あの男だいぶキザっぽかったが

     資産家のあととりか何かか? え、ちがう? お前、髪の

     毛さえフサフサしとりゃええ男だ思いよるじゃろ、ダメだ

     よ。ほんにお前は男を見る目がまだまだっちゅうか・・・


理名   ありがとう、おじさん!


          理名、まるで子どものように光一に抱きつく

          光一、あっけにとられ黙る


理名   今までおじさんの気持ちも知らないで、いつも言うことをき

     かなくてごめんなさい。


          光一とよしえ、ますますあっけにとられる


理名   わたし、わかってなかった。と言うよりきっと、わかろうと

してなかったんだと思う。ほんのちょっぴりでもわたしが心

を開いていたら、おじさんがわたしを心配してくれている気

持ちがよくわかったはずなのに。


         理名、光一に近づく


理名   きのうまでのわたしは白か黒かで世界を見ていた気が

     するの。でもねおじさん、今はちがうの。いろんな色

     が見えてきた。そんな気分よ。


         理名、光一の手をとる


光一   あ・・・


理名   たしか今日だったよね、お見合い。いいご返事ができる

     かどうかわからないけど、おじさんが行けと言うならわ

     たし行くわ。ううん、今日だけじゃない、もしおじさん

     が行けと言うならいつだって行く。おじさん、いつもい

     つもわたしのこと心配してくれてありがとう!


         理名、光一の手をはなす

         光一、照れて下を向き頭をかく

         理名、今度はよしえに向き合う

         よしえ、身構える

         理名、うつむきかげんに話し出す


理名   (しおらしく)あの、お母さん。わたし・・・あのね・・・


よしえ  な、なんだえ、この子は! まさか親に向かって説教す

     るつもりじゃなかろうね。そんならとんだお門違(かどちが)いだ、

     よそでやっとくれ。


理名   あ、ちがうわ、説教だなんて。わたしはただ、言っとき

     たかっただけなのよ。わたしもよく覚えているんだって。


よしえ  覚えているって、何をさ?


理名   お父さんのこと。


         よしえ、ハッとして理名に向き合う


理名   ねえ、お母さん。わたしもよく思い出すんだよ。この

     テーブルやイスをお父さんとお母さんがふたりで「あ

     あ、忙しい忙しい」って言いながらこの店に運び入れ

     ていたあの日のこと。ほら、あのカーテンだってお母

     さんたちふたりでふーふー言いながら取り付けてた。


         よしえ、胸をつかれたようにカーテンをふり

         かえり、そしてテーブルをながめる


理名   お母さんがこのカウンターを磨きながら「いよいよ明日

     からお客さんが来るね」って言うと、お父さん、とって

     も嬉しそうに笑ってた。ねえ、この店にはすみずみまで

     お父さんの思い出がぎっしりつまっているんだよね?

     だからわたし、絶対につぶしたりなんかしない。わたし、

     がんばる。がんばってこのお店守るよ!


よしえ  理名! おまえ・・・


         よしえ、思わず涙する


よしえ  だけどお前、どうしたってんだい、急にそんな?


理名   え? ああ、それがね、どうしたのか、わたしにもよく

     わからなくて・・・


光一/よしえ  (同時に)え?


理名   そうかあ、もしかすると、あのカクテルのおかげかも。


光一/よしえ  (同時に)ええっ!


よしえ  カクテルって、お、お酒かい?


理名   そうよ。えーと、あのグラス、どこやったかな?


         理名、グラスをさがす

         光一とよしえ、けげんそうな顔つきで理名

         から離れ抜き足差し足でカウンター席へ行

         き、手招きでさおりを呼ぶ仕草

         さおり、二人に呼ばれて登場


さおり  あら、どう・・・


光一/よしえ  シッ!


         光一とよしえ、さおりの口をふさいだあと

         三人でひそひそ話す


理名   たしかこのへんに置いたはずなんだけど。


         光一とよしえ、さおりとなにやら相談がま

         とまったらしい様子で去るが、姿が消える

         まで首をひねりながら理名を見つめる

         片山、さおりの後から登場し、落ち着かぬ

         様子でその場を見守る


理名   あったあ! ほら、これなの、母さん・・・あれ?

     お母さんたちは?


さおり  帰ったわ。まだ用事があるからって。


理名   そうなんだ。残ってるのはわたしたち、だけかあ。


         片山、その場に居づらくなる


片山   ああ、お、お昼休みそろそろ終わりですよね。し、失

     礼します。


         片山、去りかけてまたふりかえる


片山   あっと、そうそう。えと、ミュ、ミュージカルじゃな

     くてコンサートの予約サイトなんかも、チェ、チェック

     するんですよ、よく。(自分で引いてしまい)な、なに

     言ってんだか、ぼく、興味、な、ないですものね。し、

     失礼します、さ、さお、さお、さお・・・・

     さおうならっ!


         片山、くやしげな顔で去ろうとする


さおり  あ、ちょっと、片山さん。


          片山、立ちどまりふりかえる


さおり  えと、コンサートならわたし、興味あるんです・・・


         さおり、なにか書きとめたいらしくメモ用紙

         をさがすが見当たらず、壁の大きめのカレン

         ダーを一枚やぶりとって裏に何か書く


さおり  こ、これ、わたしの番号。よかったら後で予約の情報

     電話してもらえますか・・・


         さおり、このカレンダーの紙を片山にわたす

         片山、その紙の大きさに驚く


片山   でけえーっ! はい、も、もちろん電話します! ウ

     ハー!


         片山、大喜びで去る


理名   見たぞ、見たぞう。


さおり  もう、からかわないでよ。そんなことより、姉さん!

     さっきのはなあに? 母さんもおじさんも、すっごい

     驚いて帰ったわよ。「いったい何があったんだ、理名は

     どうなっちまったんだ」ってわたしにしつこく聞く

     から困っちゃったじゃないの。わたしのほうが聞き

     たいわ。さあ、いったいどうしたのか、ちゃんと説

     明してちょうだい。


理名   それは、そのう。(小声で)どうしよう。カクテル

     なんて言ったら、ぜったい変な顔されちゃうし。


さおり  なにブツブツ言ってるの。ごまかしてもダメなんだから。


         理名、しばし思案の後、何か思いついたように


理名   いやあねえ、ほんとにわかんないの? つまりさあ、あ

     れはね、お母さんたちからあんまり「金、金、金」って

     文句いわれないために、ああ言ってみたまでよ。ちょっ

     と釘をさしたわけ。わかる?


さおり  あ、そっかあ! なあんだ、なるほどね。さっすが(あね)()

     ちょっぴり見直したわ。


         理名、肩をすくめペロリと舌を出す

         電話が鳴る


さおり  はい、毎度ありが・・・ああ、母さん。うんうん、わ

     たし。姉さん? いるよ? あ、わたしだけ? どこ

     で? うん、あそこね。はい、じゃあね。


理名   片山くんじゃないの?


さおり  母さんたちよ。姉さんのことが心配だから、わたしと

     三人で相談したいって。わたしちょっと行ってくるわ。

     まかしといて、うまくやるから。


          さおり、去りかけてふりかえる


さおり  あ、それからね、今夜のお見合い、中止だって。姉

     さんの具合が悪いからって先方(せんぽう)に電話したそうよ。


         理名、ガッツポーズをとる


さおり  じゃ、店おねがいね。なるべく早く帰るから。


         さおり、去る

         理名、店内にただひとり、後かたづけする

         うちに西崎の忘れた文庫本をみつける


理名   あ、忘れもの。これきっと、西崎さんの本だわ。


         西崎、静かに登場


西崎   あのう・・・


理名   あら。


         理名、西崎の本をさしだす


西崎   え? 何かな、それ?


理名   本です。お忘れ物はこれでしょ。これを取りにいらし

     たんじゃないの?


         西崎、急によそよそしくクールで固い態度


西崎   も、もちろんそうです。あのような状況下では忘れ物

     くらいしますよ。


理名   そうですよね。あのような状況下では忘れ物くらいな

     さって当然ですわ。


         西崎、からかわれてやや動揺し理名を見る


理名   でもあのときの西崎さんたら。(西崎の口調をおおげさ

     に真似て)「ぼくは失敬する!」なあんて。


         理名、クスクス笑いだす

         西崎、理名につられて笑いだす


理名   はい、これ、忘れ物。


西崎   ありがとう。


理名   きっとむつかしいご本なんでしょうね、それ?


西崎   え? 中身みなかったの?


理名   だって。


         西崎、少し迷ったのち本のカバーをはずして

         理名にわたす


理名   ええっ? 「ぜったいに成功する喫茶店経営法。これで

     あなたも喫茶の鉄人!」ど、どうしてこんな本を!


西崎   いやあ、実はぼくね、ゆくゆくは父の跡をつぎたいと思

     ってるんだ。そのための準備の一環(いっかん)さ、これも。


理名   跡をつぐって、お父さん会社員でしょう? あ、そうか

     わかった、やっぱり西崎さんて資産家の御曹司(おんぞうし)なんだ。

     それで全国展開の大規模喫茶店チェーンとかを買収し

     たりするんでしょ。それを任せられるから只今準備中、

     ってわけね?


西崎   ちがうちがう、そんなわけない。


理名   え? じゃなに? わかんない。


西崎   うちの父が実業家だなんて誰に聞いたの? うちの父は

     酒屋(さかや)だよ。


理名   なるほどう、(つく)酒屋(ざかや)大旦那(おおだんな)


西崎   ちがうって。町の酒屋だよ。ビールとかコーラとか売っ

     てる、あれ。


理名   じゃあ西崎さんて、酒屋の息子さん? プッ!


         理名、ふきだす


西崎   キミは酒屋をバカにしてるの?


理名   あ、ごめんなさい。そうじゃないの。つい、うれしくて。


西崎   うれしい?


理名   うん。だって、なんだかわたしと近い気がするんだもの。


         西崎、ちょっと驚いてから照れる


理名   でも、酒屋さんのあととりなら、どうして喫茶店の本

     なんか読むの?


西崎   うん。これはね、ぼくの夢なんだ。


理名   夢?


西崎   そう、夢。ただモノを売るだけじゃなくて、何かこう、

     もっと夢のあるものを提供したくて。たとえばね、昼

     はカフェで夜は少しお酒も飲めるような、豊かな雰囲気

     のある店がやれないかなって。


理名   わあ❤


西崎   今の会社づとめも商売の世界を知るための勉強さ。それに資金

     集めの意味もある。なにせ父の店は零細(れいさい)だからね。まずぼくが

     スタートの資金をためなくちゃ。そのてん丸菱は高級だから助

     かるよ。


理名   わたしもお手伝いしたい!


西崎   え?


理名   あ、いえ、応援したいってこと・・・


西崎   ああ、ありがとう・・・


          理名と西崎、いい雰囲気になってしばし見つめあう


理名   そうかあ、西崎さんの夢ってそうなんだあ。じゃあ準備は着々(ちゃくちゃく)

     進行中ね。楽しみね。


西崎   (少し暗くなって)いや、それがそうでもない。とくに今年に

     なって国際事業部に配属されたのは誤算だったよ。来週に大き

     な取引があるんだけど、それがまとまるとその責任者としてア

     フリカへ赴任することになる。エネルギー関連の大プロジェク

     トだから周囲は大出世だともてはやすけれど、行けば五年は帰

     ってこれないし・・・


理名   ご、五年ですって! そんなに、長く・・・


         理名と西崎、暗くなる

         と、桜井部長がこっそり店の中をうかがう


桜井   えー、ごめんなさいよ。誰かいるかな?


理名/西崎  (同時に)部長だ!


西崎   まずいな。午後いちですぐに部長に報告することになってる

     のに、こんな所で見つかったら。


         理名、西崎を店のすみにかくす


桜井   (なれなれしく)ああ、いたいた。リーナーくん。ふふふ、

     なあ、来てくれるんだろう、わしのところに。お母さんにも

     頼まれているんだよう?


理名   わたし行きません。何度きかれても同じですから。


         桜井、一変し態度を硬化させる


桜井   偉そうなくちをきくな! 無理をおして用意させた採用枠をキミ

     ごときの小娘(こむすめ)に蹴られたとあっちゃあ、ワシのメンツが立たんのだ。

     そんなこともわからんのか!


         桜井、理名のひじをつかみ体を引き寄せる


理名   きゃあ、いやっ!


         西崎、姿をあらわす


西崎   部長!


桜井   西崎くん!


         理名、西崎にかけより腕にすがりつく


桜井   そういうことか。ふん!


         桜井、憤然として去ろうとする


西崎   あ、部長。すぐにご報告にまいりますので。


桜井   何の報告だね? 挙式の日取りでも知らせたいのなら人事課

     に行きたまえ。


西崎   いえ、そんな。例の取引の件です。


桜井   ああ、それなら報告にはおよばん。ゴホン。西崎課長、キミ

     はこのプロジェクトからはずれてもらう。はっ、誰が外国で

     派手な王様ぐらしなぞさせてやるものか! ふん、残念だな。

     ああ、そうそう、下の階の部長がずいぶん前からキミを欲し

     がっとったなあ。よし、ワシから連絡しといてやる。キミも

     望まれる部署へ行って活躍したほうがいいだろう? ま、せ

     いぜい国内で汗をかくんだな!


         桜井、去る


西崎   一階下というと(ポンと手を打って)国内事業部へ異動だ!


理名   まあ、国内!


         理名と西崎、手をとりあって小踊りする

         やや興奮がおさまると二人は恥じらい手をはなす

         小さな沈黙

         西崎、何かを思い出したように顔をあげる


西崎   そうだ、そうだった。


理名   どうしたの?


西崎   いや実はね、さっきここへ戻ったのは忘れ物のためじゃ

     ないんだ。


理名   え? じゃあ・・・


西崎   聞きたいことがあったんだよ・・・キミに。


理名   キミ、だなんて・・・理名です、わたし。


         西崎、ゴクリとつばをのみこみ、あわてて店内を

         見渡すが誰もいないので口をひらく


西崎   じゃあ、その・・・理名さんに・・・


理名   はい❤


西崎   (照れながら)ほんとはすぐに理名さんに聞きたかったんだ

     けど、あのときのなりゆきであわてて店を出てしまったもの

     だから。


理名   すぐに聞きたかったって、えーと、何のことですの?


西崎   ほら、ぼくに知ってるかって聞いたでしょ? たしかムーン

     カクテルっていったっけ、あれは何かなと思って。(急に

     不機嫌そうに)それに綾小路くんともその話をしていたみた

     いだし。


         理名、西崎の手をとりカウンター席へ誘う

         理名、カクテルを作りながら歌うように言う


理名   ひとくち飲めば  疲れがいえ

     ふたくち飲めば  楽しい思い出

     そして残らず飲みほせば

     恋のゆくえが見えてくる


         理名、グラス2杯分のカクテルを作り、グラスの

         ひとつを西崎にわたす


西崎   これって・・・えーと、どういう・・・


         理名、人差し指で西崎の口をふさぎ、そのまま

         窓辺にいざなう

         理名と西崎、踊るようなステップで窓辺へ移る


理名   こよい()みかわさん、ムーンカクテル。あなたに勇気が

     あるのなら。


         理名、西崎の前にグイとグラスをつきだす

         西崎、ハッとする


西崎   勇気!


         西崎、笑顔になりグラスを高くかかげる

         理名と西崎、グラスを合わせると「チン」と音

         がする

         ふたりを照らす窓辺の光はやがて夕陽となり、

         だんだんと月明かりになってゆく

         寄りそう二人のシルエットが浮かびあがり、幕




                     全幕終了





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