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ムーンカクテルにお願い  作者: 一の瀬光
2/3

第二幕

           第二幕 第一場


       第一場  居酒屋の中(夜)


         理名、一幕終わりの姿勢のまま窓辺で外をながめる

         グラスを手にした理名を月光が照らす

         理名の服は一幕終わりの初夏の服装

         その理名に一陣の風が吹きつける


理名   うう、どうしたのかしら、寒いわね? もうすぐ夏なのに。


         木枯らしの音、次第に高まる

         さおり、カウンター席に現れるが居酒屋のおかみさん風の

         和服姿に変わり、ひどく面やつれしている


さおり  寒いだあ? はっ、あったりめえじゃん。真冬だってのにそんな

     夏服着てたんじゃねえ。


         理名、激変したさおりに驚く


理名   あなた・・・さおりちゃん? さおりちゃんなのね。今が真冬

     ってどういうこと?


さおり  (下品に)キャーハハハ。「さおりちゃん」だなんて久しぶりに

     名前をかわいく呼んでおくれだねえ、何年ぶりのことやら。それ

     じゃあ、あたいもアンタのことを「お姉さま」って呼ぼうかい?

     それともお嬢様って呼んでほしいのかい、そんなチャラチャラした

     服着こみやがって。それにしてもそんな服、まだ持っていたんだ

     ねえ。ちったあ歳を考えなよ、アンタ。


理名   アンタって・・・なんて話し方するの、さおり。どうしたの? 

     まさか酔ってるの?


さおり  ケッ。酔っ払いにそんなこと言われたくないねえ。なんだいその

     すかしたグラスは。おつにすましやがって。


理名   これ? こ、これは空よ、何も入ってない。ほら。


         理名、グラスを傾けると酒がザーと床にこぼれ落ちる


理名   いけない、入れてたんだっけ。


さおり  あーらあら、開店前からもうご酩酊かい。アンタ相変わらずだ。


         理名、ようやく店内の様変わりに気づく。いつの間にか

         店はすっかりさびれた居酒屋に変わっている


理名   こ、これはどうしたの? お店の内装がまるっきし違うじゃない。

     誰がこんなことしたの!


さおり  アンタ! 酔っぱらってフラフラ歩きまわって、またお皿やお銚子

     割ったりしないでおくれよ! まったく酒ぐせが悪いったらありゃ

     しない。


         理名、ぼうぜんとする。そこへ桜井が登場


桜井   おっとっとっとおー。


         桜井、泥酔していて登場するなり派手に転倒。桜井の

         服装は職にあぶれた日雇い労務者のそれでかなり老いて

         いる

         そんな桜井を笑いながら同じく労務者風の客が数名登場

         それにまじって女性客が二人登場。女性客のひとりは

         水商売風の服を着た元OL1。もうひとりは地味な事務員

         タイプの装いの元OL2.しかし二人は別々に席を取り

         互いに挨拶もしない


さおり  どうやら開店だよ。まいど~~~。


         桜井はなかなか立ち上がれず、床をはいずるうちに

         こぼれたカクテルに気づくき犬のように鼻をならす


桜井   クンクン、こりゃ酒だ。おや、(あめ)めぞ。


         桜井、床をペロペロなめる

         理名、反射的に桜井をつきころがす


理名   やめて! あなたなんかに味わってほしくないの!


さおり  ほお、地べたにこぼれた酒の奪い合いかい? さすがに酒飲み

     同士の挨拶だ。


         下品な客が下品に大笑いするが事務員風の元OL2だけ

         は笑わない

         桜井、ようやく理名に気づく


桜井   おンやあ? なあんだ、よく見りゃ女将(おかみ)でねえの。あらら、お洋服

     たあお珍しいや。あれ、この服なあんかなつかしいんでねえの?

     そうそう、十年も(めえ)によ、こんな服よう着とったがな。ほれ、まだ

     喫茶店やってたころによう。


理名   喫茶店をやってたころ? 十年も前ですって?


桜井   そうそう、おれっちがアルバイト世話しちやったころよ。会社

     ン中の部屋で「おれの女にしちゃる」って何度も言うてあげたや

     ないの。あ、そうかそうか! そんな服着てるちゅうのはあの頃

     が恋しいっちゅうわけやな。ちゅ、ちゅいにおれの女になるちゅう

     かいな。ほなら(口をとがらせて)チュウ、チュウ、チュウ。


         理名、抱き着く桜井を振り払いながら


理名   アルバイトの世話? 会社の中の部屋って、まさか、あなた、

     桜井部長さん?


         店内の客、大爆笑の渦


客A   ガッハッハ。「部長さん」はよかったぜ。


客B   こりゃキツーイお返しだ。さすがはダルマ屋の鉄火(てっか)(はだ)


客C   いよっ、姐御(あねご)


         桜井はくやしげに引き下がる


さおり  なんだえ、桜井さんもまだ気にしてんのかねえ。そんなに忘れられ

     ないのかねえ過去の栄光ってさ。リストラされたの、もう八年前

     だろ? え、それとももっと前だっけ?


元OL1 (だらしない口調で)あのねえ、八年前はあ、部長殿が女房・子供

     に逃げられた記念の年だよ。


客A   それだけじゃないぜ。大改革とやらでおれたちみんなが一斉リスト

     ラくらった年だし。


客B   ハハ、思い出させてくれるねえ。女将(おかみ)のジョークはおれたちの

     腹ワタまでえぐってくれるよ。


客C   おいらも「あなた部長さん?」って言われるとこまで昇進してみた

     かったね、ハハ。(さおりに)おーいチーママ、もう早く焼酎(しょうちゅう)ついでよ。


         桜井はさおりに背後から抱きつき体をなでまわすが、さお  

         りも桜井の行為をあまり気にしてない様子

         青ざめる理名


さおり  アンタ、もう早くそんな服ぬいで着物に着替えておくれってんだ。こんなに騒がれちゃあ仕事になりゃしない。ったく、この十年、

     嫁にもいかず、のらりくらりと。


桜井   (さおりの体をなでながら)チーママのほうがずっとやさしい

     もーん。


理名   さおりちゃん! なにしてるの、さおりったら!


さおり  気安くさおり、さおりって呼ぶな! 今日に限って(あね)()づらしやがって。昔みたいな名前で呼ぶから・・・ちくしょう・・・つい思い出しちまうじゃないか・・・


        さおり、しんみり涙ぐむ。それをのぞきこむ桜井を強烈な

        ひじ鉄砲で突き放すさおり。怒った桜井、さおりの肩を突き

        返す。よろけるさおり

        片山、店の奥から登場しさおりをしっかりと抱きとめつつ

        桜井を静かに制する


桜井   なにさまのつもりだ!


片山   (りりしく)なにさまって、ここで焼き鳥こさえるのがあっしの役目、お客さんの役どころは焼き鳥をさかなに酒を飲むほうで。ささ、席にもどってくだせえ。


         桜井、小さく不平をこぼしつつ席につく


片山   お(めえ)もいったいどうしたんでえ、そんなに荒れて。今夜はまだのれんあげたばっかしじゃねえか。


さおり  (理名を指さして)こいつが(わり)いんだよ。開店前から飲んだくれてさ、あたいに妙なことばっかし言うもんだから。


片山   誰に向かってこいつなんて言ってんだ! (理名に)義姉(ねえ)さん、ど

     うもすいやせん。うちのやつときたら、ここんとこどうも低気圧でして。


         理名、まじまじと片山を見つめる


理名   (大声で)えっ、もしかして片山くん? あなた片山くんなの! あのモヤシっ子新入社員の片山くん?


         片山、目を丸くするが気を取り直す


片山   ハハ、新入社員は手きびしいや。このお店をあずかってもう五年ですからね、まあ(いた)(ちょう)なんてのもおこがましいが、モヤシはかんべんしてくだせえよ。


         理名、片山のりりしさに驚くばかり


理名   わたしのこと、あなたいま、義姉(ねえ)さんて言ったわね。あの、あなた、もしかして、さおりと?


片山   (照れて)またそのお話ですかい。いやあ、まいったなあ。そろそろかんべんしてくださいよ。そりゃあ駆け落ち同然にこいつと家を飛び出して、いっときとはいえ義姉さん一人に店をまかせっきりにしたご苦労は今でもすまねえと思ってやす。そいつはけっして忘れちゃいけねえと思ってますから。


さおり  何度も何度もしつこいんだよ、アンタ! うちのひとはね、重々(じゅうじゅう)すまないと感じてるからこそ大企業に再就職もしないで、慣れない料理もいちから覚えて体はってここまでやってくれたんじゃないか!のらくら飲んだくれてるアンタにいつまでもごちゃごちゃ言われたくないんだよ。


片山   もうよさねえか、お(めえ)。すいやせん、義姉さん。あとでようく言っ

     てきかせやすから、どうぞご堪忍(かんにん)を。


         西崎、店の裏口から登場。出入りの業者らしい姿、荷箱をかかえている


西崎   (愛想よく)ちわぁ! ご注文の品、ここに置いときまあす。少し

     遅れちゃったかな?


片山   おう、ツトムさん。急に無理な注文いれちまってすいやせん。遅れ

     たなんてとんでもねえ、いいタイミングですよ、いつもどおり。


西崎   そりゃどうも。


         腰の低い西崎、客たちに対してもニコニコと笑顔を絶やさ

         ない


理名   あら? このひと、どっかで見たような・・・


         西崎、次々と荷箱を運び込み店内を忙しく動く

         理名、その西崎の顔を不審そうにのぞきこみながら彼のあとをついてまわる

         西崎、理名に気づく


西崎   どうも、理名さん。


理名   理名さんて・・・あなたなんて知らない!


西崎   知らないなんて、そんなあ。じゃ返事のほうは、つまり?


理名   返事? 何の返事よ。あなたなんて知りませんったら!


さおり  ちょっとアンタ、いいかげんにおしよ! 西崎さんにまで当たりち

     らして。


理名   西崎、さん?


片山   そうですぜ、義姉さん。こいつはちょっといただけませんや。なん

     だって今日に限ってツトムさんを邪険にするんで?


さおり  気まぐれもたいがいにしなよ。いいかげん色よい返事のひとつもし

     てあげたらどうなのさ。そのひと、エリートコースもぽーんと捨て

     ちまってあげくに何年もアンタにみついでるんだろ?


片山   おい、よさねえか。でもね、こいつの言うことも一理(いちり)あるかもしん

     ねえですよ。リストラどころか重役候補ナンバーワンてさわがれて

     たツトムさんがあっさり退職したのも、よく考えてみればこの店が

     喫茶店の看板をおろしちまった時だったもんなあ。あんだけ商才に

     たけたおかたが、こんな店を中心に御用聞きにまわるだけの商売や

ってるなんてやっぱり不自然だ。こりゃあ案外、義姉さんが目当て

で会社とびだしたんじゃねえかって、あっしもね、考えたりしたこ

とだってありやすよ。


西崎   目当てだなんて、そんな言い方はやめてください、片山さん。ぼく

     は、ただ・・・


理名   西崎さんて・・・西崎さんなんですか? あのロシアンティー専門

     の?


西崎   ああ、うれしいことを言ってくれますねえ。そんな昔のぼくの好み

     を覚えてくれてるなんて、やはり理名ちゃんはやさしい人だ。


理名   理名ちゃん? あのう、あなたほんとうに西崎さんなの?


片山   おっとそうだ、ツトムさん。うっかり醤油(しょうゆ)も切らしちまってさあ。

     なんとか今日中に都合つくかな、(ふた)ケース。


西崎   (愛想よく)はい、毎度。二ケースね、平気ですよ。一回りしたら

     すぐにお届けします。


理名   (小声で)うそよ。西崎さんて、こんな愛想いいわけないもん。

     水の一杯であんだけ文句つける人よ? 新入社員にあごでこき使わ

     れてペコペコ喜んだりするような人じゃないんだから。絶対うそよ。


西崎   あれ? ひとりごとかい。理名ちゃんらしいね。ではすっかり理名

     ちゃんらしく戻ったところで改めて聞くけれど、どう? 考えてく

     れた、返事?


理名   返事って・・・


西崎   そりゃあいくら何でも最初から二人で何もかも全部やろうなんて言

     ってやしないよ。ただまず手始めに二人で新しい店をだそうってい

     う、そのことだけの返事でいいんだよ。


理名   え、手始めって、いったい何の手始め?


西崎   (恥じらって)そりゃあ新しい生活のさ。ぼくら二人だけの。


理名   (観客に向かい小声で)ええーっ! これってもしかして、わたし

     今、プロポーズされてるの? あの西崎さんに!


さおり  ねえ、醤油のうちでに割りばしもお願いよ。


西崎   あ、はいはい毎度。で、いかほど?


さおり  ああもう、西崎さんていつもこまかいなあ。適当でいいのよ、わか

     ってんでしょ?


西崎   毎度ありがとうございます。


理名   (小声で)おかしい! こんな大事な話の腰を折られて黙ってるよ

     うな人じゃないはずよ。なんてったってプライドのかたまりなんだ

     から。それともこれって大事な話じゃないのかしら? そうか、そ

     うなんだわ、ぜんぜん真剣なんかじゃないんだ! さっき片山くん

     だって「理名ちゃんがお目当て」とか軽い感じで言ってたもの。


西崎   理名ちゃん?


理名   なにが理名ちゃんよ、今までわたしの名前なんて呼んでくれたこと

     もないくせに! あなたにからかわれる覚えなんてありません!

     バカにしないで!


西崎   そんな・・・ぼくは。


         理名、西崎に背を向けて両手で顔をおおいうずくまる

         西崎、あきらめたように引き下がり、何度もふりかえり

         ながら去る

         客たち、この様子を酒のサカナにニヤニヤしながらながめ

         ているが事務員姿の元OL2ひとりだけは冷静にこの光景

         をながめている

         理名、急に何かしらを思いついた様子でさおりに走り寄る


理名   ねえ、さおりちゃん、お母さんは? お母さんはどこなの?


         さおり、両手でバン、と台を激しくたたきつける


さおり  なんですって!


         さおり、激怒してプイと背を向ける


さおり  (声をしぼり出すように)あたいだって・・・あたいだってね!

     忘れてるわけじゃないんだ、母さんのこと・・・


         さおり、理名の方へ向き直る


さおり  ああ、そうだよ! この店をこんなにしちまったのはあたいのせい

     ですよ。あたいが手を抜いたせいさ。母さんがあんなことになっち

     まったのもどうせあたいのせいですよ! だけどね、アンタだって、

     姉さんだってそんな偉そうにひとを責められるご身分なの? 胸を

     はれる立場なの? ああっ、ちくしょう! 母さん、あんなにがん

     ばったのに・・・


         さおり、声を押し殺して泣く

         理名、片山につめよる


理名   お母さんは! まさか、お母さんは死んだんじゃないでしょうね!


片山   な、なに縁起(えんぎ)でもねえこと言ってんですよ、義姉さん。


理名   なあんだ。はあ、よかった。なら、お母さんはどうしてるの?


         片山、理名に答えず苦々しい顔つきで目をそらし、さお

         りに話しかける


片山   おい! いつまでぼうっとしてんだ、こっち来て手伝わねえか。

     ほれ、そこ()がしちまうだろうが!


         さおり、片山にかけより手伝う

         理名、行き場を失い店の中をうろうろする

         と、勢いよく扉が開いてコートを着た綾小路が登場

         綾小路、派手にコートを脱ぎ一幕とまったく変わらぬスマ

         ートなスーツ姿を見せる


理名   綾小路さん! ああ、祐一郎さん!


         理名、綾小路にかけよろうとする

         水商売風の元OL2、理名をさえぎるように綾小路に

         抱きつく


元OL2 ハーイ。


         理名、とまどい二人を見つめる

         綾小路、理名に気づくとすぐに元OL2を迷惑そうに

         遠ざけてから一人で理名に近づく

         元OL2、不満そうに席に戻る


綾小路  (誠実そうに)お久しぶり。理名さん!


         綾小路、両腕を広げて理名を誘うが理名はその場で立つ


理名   わたしのこと・・・覚えていてくださるの?


綾小路  なんの冗談です、それは?


理名   ああ、よかった!


         理名、綾小路の腕にとびこむ


理名   わたし、もうわけがわからなくなっちゃって。


綾小路  どうしたの、何の話?


理名   だって、このお店を見て。なんでこんなに汚く変わってるの。妹も

     様子が変だし、みんな十年たっただとかわけのわからないこと言っ

     たり、急にわたしを責めたりからかったりするんですもの、もう頭

     がついていけなくて。ちょうどそこへ祐一郎さんが来てくださって

     地獄に仏よ。だってあなたは昔のまま、いやそうじゃなくて、いつ

     もどおりの祐一郎さんですもの。ね、そうでしょう? まさかあな

     たまでが、わたしのことなんか知らないとか言わないでしょ?


綾小路  (誠実な口調で)きみのことを知らないだって? 何を言ってるの、

     とんでもない話だ。


理名   (ホッとして)そうよね、そうですよね。じゃあ聞きますけど、わ

     たし別に変なとこないですよね、いつもどおりですよね?


綾小路  変なとこ? あるわけないじゃないか。きみは変わらないよ、いつ

     までたっても。特にそんな服を着るとまったく昔のままじゃないか。


理名   え? あの、そんな服、って?


綾小路  こんな服だよ。


         綾小路、理名のスカートのすそをつまんでめくりあげる


理名   きゃあ!


綾小路  (一転くだけた口調になって)洋服なんて何年ぶりか知らないが、

     服ぐらいでごまかされるぼくじゃない。なんたってきみのことを

     一番知ってるのはぼくだろう? 三年も一緒に暮らしたんだぜ。

     そりゃあ正式には結婚しなかったさ。でもそれはお互い納得づく

     だろ? それに三年も同じ女と暮らしたなんて後にも先にもこれ

     っきり、偉大なる大記録ってやつだ。


理名   なんですって!


         綾小路、すっかりなれなれしい態度


綾小路  おいおい、その怖い顔はやめてくれって何度もお願いしたじゃない

     の。その顔が怖くてメシものどを通らないどころか家にも帰れなく

     なって、結局それがきっかけでダメになっちまっただろ?


理名   祐一郎さん!


         綾小路、理名のけんまくに驚きつまづいて髪型が乱れる


綾小路  うわっ、大変だ! 美容院行ってきたばかりなのに!


         綾小路、手鏡を出して髪型を整える


綾小路  困るなあ、ヘアスタイルが重要な決め手なんだから。今夜はこれ

     から大勝負がひかえてるってのに。きみもわかってるだろ、さっ

     きの女だよ。


理名   ねえ、話を聞いて、ちゃんとこっち向いて、わたしを見てったら!


綾小路  だからその顔はやめろって! 頼むよ、ほんとに。なあ、六、七

     年前ならそんな顔のときだって色気があったけどさ、今はほら!


         綾小路、手鏡を理名につきつける


綾小路  今はそんな顔をしたらシワくちゃだよ。それもタテじわだ。


         理名、思わず手鏡をのぞきこむ


理名   なに、この顔! こんなにシワが! ああ、わたしの顔・・・

     それじゃ十年たったのね、ほんとに・・・


         理名、椅子に座り込み両手で顔をおおう


綾小路  うわあ、今度は泣き落としかい。まいるなあ。わかった、わかった

     よ。もうシラをきるのはやめるよ。話ってのはお手当のことだよな、

     わかってるって。半年も送金しなかったのは確かにぼくが悪い。そ

     の顔も無理はない。あやまるから、このとおり。


         理名、顔をあげ正面を向く


理名   (ひとりごとで)これがわたしの男なんだわ。そうよ、だんだん

     思い出してきた。こんな男と暮らしてたのよ、何年も、わたしは。

     ああ、こんなこと思い出したくなかった。


         理名、再び顔をおおいかくす


綾小路  だからさ、その意味でも今夜の用は大事なんだ。これがうまく

     いけば、また毎月送るからさ。なにせ上客だ、あの女。くれぐれも

     途中で邪魔しないよう頼むよ。おっと、あんまり先方(せんぽう)を待たせても

     なんだからもう行くぜ。またあとでな。


         綾小路、足早に元OL1に近寄り話しかける

         元OL1、うれしそうにそれに応じる

         理名、綾小路の方へ行こうと立ち上がるが事務員風の

元OL2にひじを引っ張られて立ちどまる


元OL2 失礼。ねえあなた、あの男のこと詳しいんでしょ? あの

     プレイボーイと暮らしてたのよね?


理名   プ、プレイボーイ・・・


元OL2 あら、ジゴロって言ったほうが正確だったかしら?


理名   プレイボーイ、ジゴロ・・・あんな男に引っかかって、だま

     されて、捨てられて、泣かされて、そうやってわたしの十年

     は過ぎていったんだわ。


         理名、二幕冒頭で置きっぱなしにしたカクテルグラス

         に目をやり、それに飛びつく


理名   ああ、こんなこと思い出したくなかった、忘れたい、全部!


         理名、グラスでやけ酒をあおろうとするが元OL2

         に止められる


元OL2 お酒は後にしていただけないかしら。緊急なのよ。ねえ、な

     とかしてほしいの。わたしの友だちを助けたいの。


理名   友だち?


元OL2 あの男と話してる彼女、あれが友だちなの。ほら今、あなた

     のクモ野郎が肩に手をかけたでしょ。


理名   わたしのクモ野郎がどうしたですって!


         理名、目につく酒をかたっぱしからグラスについで

         飲もうとするがまたしても元OL2に止められる


理名   なにするのよ、飲ませてよ、忘れたいのよ。そうよ、毎日毎日

     わたしはね、こうして飲んで、いやらしい過去を思い出すのを

     ずっと拒否してきたんだわ。だってそうでしょ。思い出して何

     になるのよ、こんな十年間! 酔いがさめるとどんどん思い出し

     ちゃうのよ。ああ、もう耐えられない。飲ませてよ!


元OL2 いろいろ事情はあるんでしょうけど、今はいろいろ思い出してい

     ただかないと困るのよ。だからお酒はもう少し待って。


理名   ここはわたしの店よ。文句あるの!


元OL2 あ、タテじわ。


         理名、ハッとして口をつぐむ


元OL2 ごめんなさい、わたしも気が立っているもんだから、つい。ほんと

     ごめん。仲間割れしてるときじゃないわね。


理名   仲間?


元OL2 ほら、見て見て! あなたも同じ手でやられたんじゃないかしら?


         綾小路、にこやかに指輪のケースを取り出して水商売風の

         元OL1に見せている


理名   あの指輪のケース!


元OL2 見覚えあるの? やっぱり。


理名   今晩たいせつな話があるからって、祐一郎さんがわたしに見せてく

     れた、あの指輪。


元OL2 有名なんでしょ? あの人のあの手口(てぐち)。そういえば昔わたしもやら

     れかけたこと、あったかな。ながい知り合いといえばけっこうなが

     いものね、十年て。


         理名、元OL2の顔をのぞきこむ


理名   あたなの顔もどこかで見たような・・・


         元OL2、昔とくいだった「決まったぜ!」のポーズを

         してみせる。

         と同時に離れた場所で元OL1も偶然同じポーズをして

         みせる


理名   あのOLさんたち!


元OL2 OLかあ。くうっ、なっつかしいその響き。そんな時代もあった

     っけなあ。ねえねえわたしね、これでも今は公認会計士よ。リス

     トラされたとき、さすがに考えちゃってね。大企業なんてOLの

     ことはしょせん使い捨てカイロくらいにしか思ってないんだなっ

     てことが身にしみたの。資格でも取んないことにはとてもこの

身を守れないって目がさめて。だけどあの子はなんだかズルズル

いっちゃって、それで今はあんなヤツに・・・


理名   あのひとが指輪を!


元OL2 え? あっ、指輪うけとっちゃった! バカバカあの子ったら、

     あんなにはしゃいじゃって。


         綾小路と元OL1、話がすんだ様子


元OL1 じゃあ先に行って待ってるわ。あんまり待たせないでね、ふふ。


         元OL1、指にはめた婚約リングをながめつつ上機嫌で

         去る

         綾小路、手をふって元OL1を見送ったあとにタバコを

         取り出すと、それに火をつけようとさおりがかけよる

         綾小路、そのさおりのあごをなでてやる

         さおり、うっとりとして綾小路を見つめ返す


元OL2 あれ妹さんなんでしょ? ちょっと噂になってるのよ、あのふたり。


         理名、ぼうぜんとする


理名   そんな、そんな・・・


元OL2 あら、あなた思ったよりもウブねえ。ふーん、けっこういい人な

     んだ。あ、いけない、あの子を追わなくちゃ。ここが大事な曲が

     り角ですものね。ねえ、またお話きかせてね、頼りにしてます。

     じゃあ、お勘定(かんじょう)


         元OL2、去る

         桜井、綾小路に近寄り話しかける

         理名、聞き耳をたてる


桜井   ひひひ、ダンナ、(せい)がでるね。


綾小路  おう、いたのか。ちょうどいい。なあ、あとふたつ都合できんか?


桜井   はあ? 何のことかな。


綾小路  とぼけんなよ、おやっさん。例のイミテーションだよ、指輪のさ。


理名   イミテーション!


綾小路  今のが最後でな。だから急ぐんだよ。


桜井   へえ、お急ぎですか。じゃあまず、この店の払いは安心してええ

     のかな?


綾小路  そんなもん、どうとでもなる、みみっちいこと言うなよ。で、

     いつまでに入る?


桜井   いつまで、と言われましてもねえ。


綾小路  なんだ、もったいつけて。まだ何かほしいのか。相場はちゃんと

     払うんだぞ。


桜井   みみっちいヤツなんて言われちゃあ、お代だけではちょっと。


綾小路  だから何がほしい。


桜井   次の二匹の獲物(えもの)のうち、一匹はおれによこせ。いいか、これが

     絶対の条件だ。


綾小路  おやっさん、いい年こいてがっつくなよ。あー、わかったわか

     った、用が済んだら回してやるよ。


桜井   甘くみるなよ小僧(こぞう)。手つかずのまま頂戴(ちょうだい)したいって申しあげて

     るんだよ!


         理名、怒りにふるえる

         と、西崎が店の奥から現れる


西崎   ここはそういう話をする場所じゃありませんよ。


桜井   あ、きさま立ち聞きしたな! タレこむつもりか!


綾小路  なにかカン違いしてないかい、きみは。ぼくが話してるのはこの

     人じゃないか。ねえ、理名さん?


         綾小路、理名の肩に手をまわす

         理名、あまりの怒りと絶望に動けない


綾小路  いきなりしゃしゃり出てきてぼくらの邪魔をするなんて、きみも

     無粋(ぶすい)な男だな。ん? その目つきはなんだい。きみにそんなふう

     に(にら)まれるいわれはないなあ。出入りの業者ならそれらしくふる

     まいたまえよ。客の目ざわりだぜ。


         西崎、綾小路を睨みつけてから去る

         桜井、そのすきに逃げるように去る

         綾小路、よりいっそうなれなれしく理名に体を

         すりよせる


綾小路  ふうん、久しぶりにこうしてみるとやっぱりきみはいい女だな。

     ついつい昔を思い出しちゃうぜ。なあ、また甘い生活にもどら

     ない? 今夜はちょっとダメなんだけどね。うん、さっそく

     あしたの晩からさあ。


         理名、顔をそむける


理名   離して。わたし、つきあってる人がいるの。


綾小路  ははあん。さては西崎め、あいつだね。どうりであんなに睨む

     わけだ。ねえ、あんなカタブツのどこがいいのさ。きみの体の

     幸せを一番よーく知ってるのはぼくじゃないか。ちがうって言

     うの?


理名   やめて! わたしもう、あの人にプロポーズされてるんだから。


綾小路  プロポーズ? ハハハハ、あの落ちこぼれが? いっちょまえに?

     なあ、ぼくはこう見えてもいまだにれっきとした大企業の一員だ

     よ。リストラなんて無縁のエリートコースだ。それを会社の仕事

     についてもいけずにすごすごと辞めていった負け犬の西崎なんか

     と同列に見てもらっちゃイヤだな。


理名   もうやめて。手を離してったら。


綾小路  わかった、わかってるって。きみの好きなやさしい羽毛ぶとんの

     タッチでいくから。ほら、ここだろう?


         綾小路、理名の体をまさぐる

         理名、ブチ切れる


理名   やめろと言ったらヤメロー! 出ていけえ!


         綾小路と客たち、目をみひらいて理名を見る

         さおりと片山、理名の大声に驚いて店の奥から出て来る


客A   やったあ!


客B   こう火をふいたらおさまらねえんだ。おっかねえ、へへへ。


         理名、大爆発する


理名   出ていけえ! みんな出てってえ!


         一同、去る

         理名、絶望にうちひしがれるが、やがてグラスを手に取り

         それを見つめる

         西崎、ひとりでおそるおそる登場

         理名、西崎に気づき恥じ入った様子で背を向ける


西崎   いやあ、すごいなあ。こんなに荒れたの久しぶりだね。えと、妹

     さんにも今は入らないほうがいいって止められたけど、でも、こ

     れはぼくのせいだと思ったから。


         理名、意外そうにふりかえる


西崎   だって、ぼくのせいなんでしょ? 理名ちゃんがそんなに怒って

     るの。


理名   いえ、そんな・・・


西崎   かくさなくていいんだよ。今日だってあんなに返事をせっついて

     しまって、怒るのも無理ないさ。でもね、傷つけるつもりなんて

     全然なかったんだ。ほんとだよ。


         西崎、思い出したようにポケットから何か取り出す


西崎   えーと、これね、また怒っちゃ困るけど、あ、いや、それとも

     笑われちゃうかな?


理名   なに・・・それ?


西崎   ああ、なんてことないもんだけど、うちの近くの神社さんで

     もらってきたお守りなんだ。


理名   お守り・・・


西崎   うん。商売繁盛と家内安全、それに健康祈願。


理名   健康?


西崎   そう! 実はね、このお守り、主婦にすごい人気なんだよ。ま、

     主婦といってもキッチンドランカーの奥様専門なんだけどね。

     ほら、さみしくてつい台所の料理酒とかワインとか飲むうちに

     アルコール依存症になっちゃうっていうあれさ。このお守りはね、

     断酒に効果てきめんの御利益(ごりやく)があるって評判なんだ。あっと、

     怒っちゃいやだよ?


         理名、思わずグラスをかくそうとする


西崎   でもね、そのクセ(酒を飲む仕草)そろそろなおしたほうがいい

     と思う。さっきみたいに荒れてしまうのも、きっとお酒が悪いん

     だ。心配なんだよ、ぼく。


         西崎、理名のグラスをやさしく取り上げてテーブルに

         置くと、お守りを理名の手に握らせる

         一瞬、手を握り合うふたり

         西崎、すぐに恥ずかしそうに手を離す


西崎   そのためになら、ぼくもお手伝いできると思うんだ。あっ、これ

     は返事の催促なんかじゃ全然ないよ。そのほうはゆっくりと待っ

     てるから。じゃあ。


         西崎、足早に去ろうとする

         理名、声をかけようとするが、その前に西崎がふりかえる


西崎   そうだった。ぼくもね、そのお守りもらうときちゃんと神社さんに

     お参りしたんだ。でさ、なんかさ、変なことに気づいっちゃってさ。


理名   変なこと?


西崎   うん。なんて言うのか、そのう、お参りするとき「いいことだけを

     お願いする」って、けっこう簡単じゃないなって。


理名   え?


西崎   いや、だからね、ほら、わざわざ神社にお参りしなくても願い事

     なんてみんな心の中でしょっちゅうしているもんだろうけどさ、

     考えてみるとそういう時って、たとえば「あんなイヤな奴、早く

     死んじまえ」とか「あんなバカな上司はさっさとクビになりゃいい」

     みたいにさ、どっちかっていうとネガティブなことばっか心の中

     でとなえてるほうが多いなあって気づいちゃってね。だって、そう

     だな、ほら、ビールの箱の上げ下ろしの最中に「どうか一刻も早く

     全世界が平和と幸福に満ちあふれ、愛するあの人に幸せがおとずれ

     ますように!」なあんて考えないもんなあ、ぼく。だからね、きの

     う神社ではちょっと根性いれてお願いしたんだよ。いいことだけが

     ありますようにって。


         西崎、まだ何か言いたそうだが思い切ってここで言葉を

         切り、去る

         理名、少しためらったあとに西崎を追うためかけだすが

         その理名の前に光一おじが現れる


光一   理名!


         理名、足をとめる

         光一、すっかり老けこんで杖をついている


理名   まあ、おじさん・・・光一おじさん?


光一   なんじゃい、客がひとりもおらんじゃないか。不景気じゃのう。


         理名、光一おじの相変わらずの口調にうんざりした様子


理名   (やけ気味に)光一おじさんの言うとおりに、わたしがちゃんとお

     金     持ちの男性と結婚していればこんな具合いにはならな

かったわよねえ。そうなんでしょ、おじさん!


光一   それじゃよ!


         光一、杖を脇に置き両手をひざにつけて深々と頭を下げる


光一   すまん、理名! わしがほんとに悪かった。高望みばかりしたワシ

     が無理な縁談を押し付けていたばっかりに、お前は婚期を逃してし

もうた。それもこれもみんなワシのせいじゃ、許してくれ。すまん。


         理名、驚く

         光一、ついに体を支えきれずにガクリと床にひざをつき

         ついに土下座の姿勢になる

         理名、光一を助け起こす


理名   いったいどうしたの、おじさん?


光一   どうしたって、そりゃお前。前々からちゃんと手をついて謝ろう謝ろうと思いながらもついつい機を逸してしまってのう。だが今日な、

     よしえと、お前の母さんと話してるうちにな、今日こそはお前たち

     に()びたい、まだこの体が動くうちにじゅうぶんに謝っておきたいという気持ちがむしょうに強うなって、そのうちとうとう居ても立ってもおられんようになってな、こうしてやって来たわけじゃよ。


理名   まあ・・・


         光一、理名、ともに少し落ち着く


理名   ねえ、おじさん。お母さんは今どうしてるの?


光一   よしえか? ありゃあ相変わらず中央病院のベッドが固い固い

     ゆうてこぼしとる。床ずれがひどうなるいっぽうじゃゆうてのう。


理名   そう・・・そうね。そうだったわね。


光一   それでも今日は調子がようてのう、ふたりしてようしゃべったわ。


理名   そう。どんな話したの?


光一   うん。今日は喫茶店の頃をなつかしがって、店の間取りやら

     メニューやらを細かく思い出してのう。とくに開店の日のこと

     を、そりゃあこと細かにしゃべっちょったよ。


         理名、うれしそうに語る光一によりそう


光一   やっぱり何といってもあの喫茶店は、よしえにとってただ一つ

     の生きがいだったんじゃなあ。


理名   ええ。


光一   いや、と言うより亭主がすべてだったんじゃよ、よしえには。

     ほれ、覚えとらんか? あの二人が店を始めるときはもう大変

     な騒ぎじゃったろう? あ、そうか、お前はまだ小学校だか

     中学だったから、よう覚えとらんか。


理名   それはさおりよ。わたしはもう少しおとなだったわ。


光一   じゃ覚えとるかな。それまでサラリーマンしとった(うち)が店を

     始めるなんて、そりゃ大変なことじゃろう? それなのにあの

     夫婦ときたら、夢がかなったとかこれからが生きがいある人生

     だとか、うかれるだけうかれてちっとも準備が進まんのじゃ。

     おかげでワシはだいぶ骨を折らされたぞ。


理名   (遠くを見つめるように)そうそう、そうだったね。


光一   それにしてもなあ、あん(とき)の二人みたいに幸せそうな夫婦

     ちゅうもんは見たことなかったなあ。


理名   おじさん・・・


光一   ところがお前の父さんが急死しちまって、あれからがいかんかった。


         光一、急にまた元気をなくす


光一   それからっちゅうもの、よしえは喫茶店に異常に執着してのう。

     ワシが、もう店はやめなさいと言っても耳を貸さん。じゃあ続け

     るのならせめてテーブルくらいは新しくしなさいと言っても、こ

     の店の物にはすべて主人の思い出がしみこんでいるから絶対に

     手放さない、とこうじゃよ。そうこうするうち資金は底をつくし、

     子どもには金がかかるし・・・いや、それもみんなワシが裕福で

     ないからいかんのじゃ。すまん。よしえに金の苦労をさせて、

     あいつを(かね)勘定(かんじょう)ばっかしの女にしてしもうたのもワシじゃ。せ

     めてお前たちには娘としての幸せを、女としての幸福を味わって

     ほしいとあせったワシのやり方も、今からよう考えてみれば強引

     すぎたのう。無理な縁談ばかり押し付けたせいで、それがかえって

     お前のじゃまになってしまったんじゃな。すまん・・・おや?


         光一、ようやく理名の洋服姿に気づく


光一   今日のその服、あの頃を思い出すわ。ほんにのう、あの頃の

     お前たちはきれいじゃった。ほんに美しかったなあ・・・


         光一、いつの間にか席でうつらうつらと眠っていたが、

         そのうちガクリと首をうなだれ死んだように動かなくなる

         理名、それに気づきあせる


理名   おじさん! 光一おじさん!


         光一、跳ね起きて非常に驚いた様子


光一   (早口でまくしたて)だから、とうとう喫茶店じゃやっていけ

     なくなって飲み屋にしちまった時のよしえの落胆ぶりといったら

     ひどいもんじゃった。なにせほんとは気の弱い妹じゃから。主人

     も店も守ることができなんだと、そりゃあ(なげ)いて(なげ)いてついに入院

     するはめになったことはお前たちもよく知っとるはずじゃないか。

     だのに何で今ごろそんなことをワシにたずねるんじゃね?


理名   (いたわるように)そんなこと聞いてないわ、おじさん。もういい

     のよ。お疲れなのね。


光一   うん? ああ、いかんいかん。何をしゃべっとるんじゃワシは?

     ついウトウトしてしもうた。ワシゃもう帰る。今日は話しすぎて

     疲れた。理名、ワシのカバンを取っておくれ。


理名   え、カバン? カバンなんて持ってらしたかしら?


光一   なに? いかん、しまった。病院の部屋のあそこに置きっぱなし

じゃ。


理名   わたし取ってこようか?


光一   ええ、ええって。どうせな、帰り道の途中じゃ。寄ってくから

ええって。じゃお休み、理名。


    光一、去りかけるが立ち止まる


光一   理名。


理名   はい?


光一   どうしてワシら、こんなことになっちまったんじゃろうなあ。


        光一、去る

        理名、光一を呼び止めようとするが思いとどまる。やがて

        西崎にもらったお守りを見つめるが、しばらくして例の

        カクテルグラスに目をとめる

        理名、グラスを持ってカウンターに入り何かお酒を作ろう

        とする仕草


理名   ふ、バカね。こんな居酒屋で材料がそろうわけないじゃない。と

     てもあのカクテルは無理だわ。


        理名、あのお守りを見る


理名   それにもうお酒は・・・


         理名、お守りと空のグラスを持って窓辺に移る


理名   ほんとうに。


         理名、グラスを高くかかげて見つめる


理名   どうしてこんなことになってしまったのかしら・・・


         理名、力なく窓辺にたたずみ、ぼんやり外を眺める

         月明かりが理名を照らす



                     (二幕 終了・暗転)











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