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ムーンカクテルにお願い  作者: 一の瀬光
1/3

第一幕

映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のドクとマイケルの二人が再会して肩を抱き合い仲良くツーショットしているインスタの写真を見て大感激、思わず涙ぐむ始末。あ、そういえば以前にぼくなりの「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を書いたなあと思い出し、この機会に書き直し、投稿することにしました。今回もまた戯曲です。

これは銀座みゆき館劇場で数年前に公演となった作品で、書いたのはぼく、演出がNHK大河ドラマのチーフプロデューサーで(彼からの依頼脚本)大河ドラマ「MUSASHI」を手掛けた人です。この人は新人発掘の天才で、かつてNHK夕方のドラマ「六番目の小夜子」では山田孝之・鈴木杏・栗山千明・松本まりかをオーディションして起用、主役として初めてテレビに出したりしています。

3幕3場ものです。時間が行き来します。役者が劇中で正反対の人格を演じます。演技の力量が丸裸になります。時間の持つ残酷さが感じられれば作者としては本望です。


        ★主な人物★ (十名)






理名りな    二十八歳・会社近くの喫茶店のウエイトレス


さおり       二十二歳・理名の妹


綾小路祐一郎あやのこうじゆういちろう二十八歳・客。理名の「憧れの君」


西崎つとむ     二十八歳・新進気鋭のエリート課長


片山 純      二十三歳・客。新入社員


桜井部長      五十五歳・客


光一        六十一歳・理名のおじ


よしえ       五十五歳・理名の母


OL その1    二十二歳・客


OL その2    二十二歳・客




        ※年齢は第一幕と第三幕のもの




その他       客A・B・C







               第一幕


   第一場  喫茶店の中。今は昼だがビルの谷間から

        朝日のように差し込む光




         小粋な店内。

         大きな窓辺にひとり理名がたたずみ外をながめている。

         カクテルグラスを手にしている。

         ふと気づいたように観客の方を向き、



理名   ああ、これ?


         と、誰とはなしに話始める


理名   これはね、ムーンカクテルっていうの。


         窓辺を離れ、グラスを相手にワルツを踊るような仕草で

         話す


理名   ひとくち飲めば 疲れがいえ

     ふたくち飲めば 楽しい思い出

     そして残らず飲みほせば

     恋のゆくえが見えてくる

     こよい酌みかわさん ムーンカクテル

     あなたに勇気があるのなら・・・か!


         勢いよく中央に出た理名、急に脱力する


理名   あーあ、なんでこんな古い歌おもいだしちゃったんだろ。

     学生ンときに作ったセンチメンタルな歌じゃないの。


         背後のカウンター席にさおりが現れる。

         洋服姿、若々しく健康そう


さおり  やぁね、もう。朝っぱらから飲んだりしないでよ、姉さんたら。

     もうすぐ開店なんですからね!


理名   飲んだりしてないって! ほら見てよ。空でしょ、このグラス。


         開店準備に忙しいさおり、理名に背を向けたまま話す


さおり  飲んでないならその独り言やめてくれます? 最近やけに独り言

     多いんだから、なんだか気味わるいわ。それにうちはビジネス街

     の昼休みがかき入れ時なんだから、そんなにのんびりしてられちゃ

     困ります。いくら家族経営のカフェだからって、


さおり・理名     (同時に)甘えは許シマセン!


理名   母さんの口まねはやめてよ。あーあ、父さんが生きてるころはお店

     も楽しかったなあ。父さんたら落語の真似とか上手でさ、お客さん

     も笑っちゃって盛り上がっちゃって、話を聞くためにみーんなこの

     カウンター席にすわりたがっちゃって。おおぜいのお客さんに

     囲まれた父さん、幸せそうだった。ね、そうじゃない? さおりは

     まだ小さかったけど、あの雰囲気は覚えてるでしょ?


さおり  小さくありません。もう中学生でした! ったく、いつまで

     たっても子どもみたいなのは姉さんのほうよ。ほんと夢みがちなの

     よねえ。そういえばさっきもぼうっとしてたけど、そういうときっ

     て何かんがえてんの?


理名   ナ・ヤ・ミ・ゴ・ト。おとなのね。いろいろよ。


さおり  へーえ。でも結局さいごには何を考えてたわけ?


理名   それはね、あれっ、えーと何だっけ。あ、そうそう、今日は木曜

     だから、いよいよ満月の晩来たなって。


さおり  満月?


理名   そう、満月。だって満月の晩にころムーンカクテルの効き目がある

     んだもの。


さおり  なあに、それ? ったく、ほんとにそろそろしっかりしてくれない 

     とやっていけませんよ!


理名   また母さんみたいに。こっちだって真剣なのよ。さおりにムーン

     カクテルの話なんて十年早いわ。そうだそうだ、そういや母さん

     どうしたの、きょう?


さおり  まだ来てないってことは忙しいんでしょう。光一おじさんの所に

     寄ってから来るって。


理名   やだあ、おじさんも連れて来るのかしら。あのきょうだい、二人に

     なるとほんと口やかましいんだから。


         スーツ姿の客が入ってくる


さおり  あ、いらっしゃーい。お好きなお席にどうぞ。


         ビジネスマン、OLなどスーツ姿の客が次々入店する

         カウンター席には誰もすわらない

         最後に桜井部長が入ってくる。大企業幹部の押出しと風格

         を兼ね備えた実年男性

         桜井は理名に会釈したあと、客のひとり西崎に目をとめる

         その西崎は一人でテーブル席に座っている。若いが冷静

         沈着、ある種の冷たさをただよわせている


桜井   (威厳たっぷりに)西崎くん、きょうの会議のプレゼンは見事

     だった。ときに、例の大取引が迫っている件なんだが。


西崎   (立って)部長、午後いちばんでご報告にあがります。今は昼休み

     ですので仕事の話は。


桜井   (泰然として)うむ、いいぞ西崎くん。さすがだ。オンとオフを

     きちんと区別することが仕事の質を上げる条件だからな。その姿勢

     を忘れんようにやりたまえ。では後で。


         居場所を失ったかたちの桜井は空席をさがす

         片山が席から立ちあがる。ヒョロヒョロとした体格で

         青白い顔をしている


片山   あ、あの、部長。こ、こちらの席はいかがでしょうか。


桜井   きみは?


片山   せ、先月に配属になりました片山純です。


桜井   うーん、この席に二人ではいささか窮屈になるでしょう。


片山   は? あっ、こ、ここはもちろん部長おひとりで座っていただく席

     でありまして、そのう。


桜井   しかし。


片山   カ、カウンター! ぼくさっきから、いえあの、わたくしさっき

     からカウンター席に移りたいなあって、あのう(消え入る声)。


         片山はカウンター席のはじっこに座る

         カウンター越しにさおりが理名に耳うちしている


さおり  さすがね、西崎さんは。ねえ、部長さんのほうが気ィつかうなんて

     スゴクない? まだ二十八なのに異例の課長昇進なんでしょう。

     国際事業部きっての、てゆうより丸菱物産きっての切れ者エリート

     営業マンって噂だもんね。


理名   そうかなあ。わたしは西崎さんて、どうもね。話し方キツイしさ、

     なあんか冷たそうで。まだそっちの新入社員くんのほうが好感

     もてるかなあ。


さおり  ダーメダメありゃ、てーんでダメだって。男はズバリ将来性!

     これで決まりよ。ハイ、出来上がり。二番テーブル、西崎さま。


         理名は西崎のところへ給仕に行く


理名   ロシアンティーです。お待ちどおさまでした。ごゆっくりどうぞ。


西崎   きみ、ちょっと。


理名   はい?


西崎   困るんだ。


理名   あの、何がでしょう?


西崎   きみはティーと水の入ったグラスとをぴったり並べてくっつけて

     運んできたんじゃないのかな。


理名   はあ? いえ、それは。


西崎   ほら見たまえ、ティーの取っ手の金具に冷たい露が付着している

     だろう。何か冷たいものがここにくっついていた証拠だ。これでは

     ティーがさめてしまう。


理名   (観客に向かって小声で)こまかい奴。


西崎   そもそもなんだってティーと一緒に水なんか持ってくるんだい?


理名   だって、このテーブルに水が置いてないから、さっき置き忘れ

     ちゃったのかなって。


西崎   水がないのは、ぼくがさっき「要らない」と断ったからでしょう。

     ねえ、たしかこれを言うのは三回目だと思うけど、もう一度だけ

     きみに言っておきましょう。水道水は飲みません。ぼくが飲むのは

     ミネラルウォーターのこの銘柄。これです。いつも持参していると

     二年前から申し上げているでしょう。


理名   (小声で)喫茶店にボトル持ってくんなよ。それにこっちゃ忙しい

     んだ。銘柄ってなに? んなのいちいち覚えてられますかっての。


西崎   それと、さっきからそれ、クセなのかな?


理名   え?


西崎   ひとりごと。


理名   へ?


西崎   急によそを向いて何やらブツブツつぶやいてるみたいだけど、

     それはつまり、ぼくとなど話したくないという意思表示であって。


理名   そ、そのようなことあるはずございませんわ。大切なお客さまに

     向かってそのようなこと。これはその、花粉症で。ホーホッ

ホッホッホ!


西崎   ああ花粉症。それなら結構。では、ティーがさめるんで。


         西崎は茶を飲みながら文庫本を読みだす

         理名はカウンターへ水のコップをもどす


理名   思いっきり冷てえよ!


さおり  姉さん!


理名   この水が、ですよ!


さおり  ちょっと姉さんたら! 西崎さんが見てるよ(西崎に向かって)ど

     うもすみません。(思い切り流し目で)ごゆっくりね❤


理名   さおり、何してんの?


さおり  姉さん、いいこと? カフェだってェ、基本的にィ、客商売なん

     ですからね。常連さんの好みくらい覚えといてよね。


         はじに座っている片山がじりじりとさおりに近寄ってくる


片山   あのう、さお、さお、さお・・・


さおり  さお?


片山   いえ! サ、サンドイッチを。それにホット。


さおり  ああ。はい。


片山   さ、さおりさん!


さおり  えっ、いまわたしの名前よびました? どっからわたしの名を!


片山   ととと、とんでもないすよ! あの、さ、さとうをもっと欲しいな

     って、さとうをおり重なるくらいたくさん欲しいなって。


さおり  ふーん・・・はいどうぞ、シュガーの追加です。


片山   あのう・・・


さおり  まだ何か?


片山   (スマホを見せて)い、いま、ミュージカルの予約しようかなって。


さおり  え?


片山   ミュ、ミュージカルです。で、その、どんなミュージカルが好き

     かなあって。おすすめというか、ふ、ふたりで見るのに・・・


さおり  ミュージカルってなあんかウソくさいでしょう、興味もてないん

     ですよねえ。


片山   (絶句して)・・・ですよね・・・


        片山、がくりと肩をおとしはじっこの席にもどる


理名   (小声で)ああもう、この人のアプローチってじれったいわね。

     見ているこっちのほうがイライラしてくるじゃない。


         スーツ姿の客が入ってくる。理名はこの客を見て

         いろめきたつ


理名   あ、いらっしゃあーい❤


         理名から熱烈な視線を浴びて綾小路祐一郎が登場。

         甘いマスクにスマートな着こなし、そのうえ誠実さ

         あふれる立ち居振る舞い。綾小路、席につく。

         理名が給仕する


理名   いらっしゃいませ、綾小路さん。今日はもういらっしゃらないかと

     思っちゃって、わたし。


綾小路  (誠実な口調で)まさか来ないはずがないでしょう、出張でもない

     かぎり。ところで理名さん、急なんですけど今晩出られないかな。

     一緒に食事できたらと思うんですけど。


理名   えっ、お食事! ふたりだけで! いいんですか。うわあ。


綾小路  ではOKですね。ああ、よかった。実はとても大切な話があるんだ。


         そう言いながら綾小路はポケットから小さなケースを

         取り出す


理名   それってもしや、指輪のケースじゃ・・・


OL1/OL2   (同時に)キャハハハハ!


         隣の席のOLたちが自分たちの話題に突如大笑いをして

         理名と綾小路の会話は中断


OL1  やっぱコレでしょ!


OL2  コレ、コレ、コレだって!


OL1/OL2   (同時に)決まったあ!


         そう言いながら二人特有の決めポーズをとる


OL1  あっ、理名さんがいるぅ。ねえねえ理名さあん、見て見てえ、

     このネイル。セクシー、なんてレベル超えてるでしょ?


OL2  もはや芸術?


理名   あの、こういうのは妹のほうがくわしいから。


OL1  ワオ、理名さんの爪って超きれい。ねえ、これならあの色ためせる

     んじゃない?


OL2  うん、いけるいける。ぜったい似合う。じゃあ妹さんに聞こう?


        OLたちは理名をカウンターのさおりの所へ連れていく


さおり  新しいネイルカラー? わあ、見せて見せて。


        さおりとOLたち大はしゃぎする。桜井部長が横目でにらむ


桜井   あー、ゴホン。


OL1/OL2   部長だ。ヤバッ!


         こそことと席へ戻るOLたち。理名は急ぎ綾小路の席へ

         行こうとするが、それをさえぎるように母よしえと光一

         おじが店に入ってくる


理名   あら、お母さん。あ、光一おじさん、こんにちは。


よしえ  なんだえ理名、ぼうっと手ぶらでつっ立って。お昼どきだってのに

     コーヒーのひとつも運んでないようじゃ今日の売り上げも知れよう

     ってもんだよ。


理名   そんな・・・今までちゃんとお客さまのお話し相手をしてたん

     だから。


よしえ  お話し相手? 回転率が勝負の薄利多売のこの商売で優雅にお話し

     相手だって? ふん。お前のお父さんもねえ、そんなことばっかり

     言ってたが、それでわたしたちにいったい何を残してくれたって

     いうんだい。いっそのこと勤め人のままでいてくれりゃ楽だった

     のに、道楽でこんな店はじめたばっかりに。


理名   道楽じゃないわ。お父さんの夢だったのよ、このカフェは。

     お父さんが元気なころはお母さんだって嬉しそうにそう言ってた

     じゃない。


よしえ  よしとくれ! お前ね、夢だの何だのを商売っていうグツグツ

     煮えたぎった油ナベの中に放り込んでごらんな。あがってくるのは

     借金ていう天プラばかりだよ。消化不良もいいとこさ。


理名   お客さんの前でそんな話やめて。


よしえ  この場所に立ってればね、客にはなんにも聞こえやしない。この店

     のことなら隅から隅まで、イスの足一本の値段だって全部知って

     るんだ。やれやれ、お前は夢みがちなとこが父さんに似ちまったね。

     しかたない、売り上げの話はさおりに聞こうかね。いいかい、

     お前は兄さんの話をようく聞くんだよ。


         よしえはカウンター席へ行く。光一が理名に話しかける


光一   よく考えたかい?


理名   え? ああ、あのお話。


光一   で? いい人だろ?


理名   おじさん。やっぱり、わたし、その。


光一   なんだと? まさか、またダメと言うつもりじゃなかろうね。


理名   ごめんなさい。でも無理なんです。わたし、お見合いは苦手なの。

     それも写真だけで見分けるなんて、無理。


光一   写真だけじゃなかろう。履歴書がついておるだろう。そっちのほう

     がはるかに大事なんじゃから。


         理名、給仕のふりをして綾小路のほうへ行くが光一おじは

         理名にまとわりつく


光一   お前、もうすぐ三十じゃないか。早く嫁にいかにゃあ! いつまで

     も喫茶店にこもってたってどうなるものじゃない。ええか、理名。

     今度の話は絶対にのがしたらあかん。相手はなあ、きわめつけの

     資産家の一人息子で健康そのもの。病歴なし、犯罪歴なし、おまけ

     に初婚! 初婚じゃよ、理名。確か今年になってからは初めての話

じゃないか、初婚の人は?


理名   でも三十九なんでしょ。


光一   人間だれしも欠点はある! お前のように何やかやと文句ばかり

     つけてちゃまとまる話もまとまらんわい。


理名   だってえ、あの写真もう髪の毛うすいんだもの。


光一   髪の毛の量なんかより資産の量を気にしなさい! 資産家なん

     じゃよ、金持ちなんだ。


理名   (怒って)それよ! 結局それなんだわ。おじさんの目当ては

     お金じゃないの。わたしをダシにして。


光一   いいからあしたのお見合いは絶対でるんだ、わかったな!


         近くで聞いていた綾小路が憤然として立ち上がる。

         それと同時に桜井部長が起立し綾小路の肩に手を

         かけて彼を鎮める。桜井は理名と光一に言う


桜井   失礼、こちらのお嬢さんのおじさまですね。わたくしはこういう者

     です(名刺を出す)。大変さしでがましいようですが、いかがでしょ

     う。実は今わが社で臨時アシスタントの緊急募集をしているところ

     でしてね。単なるアルバイトではないですよ、臨時の募集ですが

     わたしの下で働いてみませんか? こう言ってはなんですが、うち

     の部には社内のどこにもひけをとらない前途有望な若手社員が多数

     おりまして、その中には姪御さんのおめがねにかなう者がいない

     とも限らない、そう思うのですが。もちろんお身内の話に口をはさ

     もうなどとは思ってもいませんが、あまりにもいいタイミングに思

     えたものですから、つい。


光一   (名刺を見ながら恐縮して)丸菱物産! これはこれは、わたくし

     どもにはまことにもったいないようなお話で。どうもありがとう

     存じます。


理名   じゃあ、あしたのお見合いは行かなくてもいいのね?


光一   行くんじゃ! それはそれ、これはこれ。言うことを聞かんか!


理名   だって、それじゃ二股かけるみたいで部長さんに申し訳ないじゃ

     ない!


光一   そ、それは・・・


桜井   ああ、いいのですよ。ご迷惑なようでしたらどうぞご失念ください。


光一   迷惑だなんてめっそうもない! まことにありがたいお話で。これ、

     お前もお礼申しあげんか。


         理名と光一は深々と桜井に頭をさげる。そこへオフィス街

         から昼休み終了の(あるいは午後一時の)合図が聞こえ、

         客たちはせかされるように店から出ていく。光一はあわて

         て桜井によしえを引き合わせ礼をのべる仕草。そのまま

         桜井と光一とよしえ、去る。

         綾小路が理名に近づく。

         西崎は文庫本を閉じ、理名たちに冷たい視線を投げ

         かけたのち、去る。さおりも気をきかせて去る。理名と

         綾小路、ふたりきりになる


綾小路  理名さん、お見合いするの?


理名   しないわ。誰がするもんですか。


綾小路  じゃあ今夜は平気? 来られますか?


理名   ええ。


綾小路  よかった。今夜はゆっくり時間をとってもらいたいんだ。実は

     理名さんに、これを。


         綾小路、指輪のケースを開けて指輪を見せる


理名   (観客に向かい小声で)これ、婚約指輪かしら。まさか結婚式用

     のじゃ!


         理名、急におじけづく


理名   ちょ、ちょっと待って。


綾小路  どうしたの、理名さん。これはね、ぼくが。


理名   そうだ! ムーンカクテル!


綾小路  え? ハネムーン?


理名   ねえ、綾小路さん。


綾小路  祐一郎、って呼んでくれませんか。


理名   (小声で)うわあ! (綾小路に)あの、祐一郎さん・・・あのね、

     お食事に出る前にこのお店で一杯だけカクテルをご一緒に飲み

     たいの。


綾小路  カクテル? 食前酒ならレストランでも飲めるけど?


理名   そうじゃないの。そのね、ふたりのほんとの未来がわかるのよ、

     一緒に飲むと。


         綾小路の時計のアラームが鳴る


綾小路  あ! もう行かないと。会議なんだ、ごめん理名さん。


         綾小路、去ろうとするが思い出したようにふりかえる


綾小路  そうだ、これ渡さなくちゃ。理名さん、今日は会議のあと社外

     に出るのでレストランにはそこから直行するんです。だからこれ。


         綾小路はカードを渡す


綾小路  ここまで来てくれる?


理名   うわあ、すごい! このお店、一回行ってみたかったんだあ。


綾小路  実は七時半に予約いれてあるんだ。人気の店らしくてその時間しか

     とれなかったんで。


理名   ああ・・・うん、それなら、いいの。


綾小路  それって何か大事な儀式とかだった? OK、それならまた次の

     機会にちゃんとやるよ、約束する。


理名   だめなの、今夜じゃないと、満月の月明かりのもとで飲まないと

     効果がないの。


綾小路  え? えーと・・・


理名   あ、いいの、なんでもないの。ごめんなさい、子どもみたいに

     わけわかんないこと言っちゃって、バカみたいね。会議に遅れる

     わ、行って。


綾小路  じゃあ七時半に。


理名   ええ、七時半に・・・


         綾小路、去る

         取り残された感じでひとり店にいる理名

         理名、カクテルグラスを取り出しムーンカクテルを作る


理名   作りこうだったかな? そうそう、あれも入れるんだっけ。


         理名、カクテルを味見する


理名   うん、これよ! これぞムーンカクテル。でも、ひとりで飲んでも

     意味ないかあ。


         理名、綾小路にもらったレストランのカードを見る


理名   ま、いいじゃない! 今夜はふたりでお食事できるんだもの。


         理名、うれしげに窓辺へ移る

         カクテルを手に一幕冒頭と同じ姿勢で窓辺にたたずむ

         理名を照らす光がやがて夕陽にかわる


                      幕(一幕終了)





         ※注 (幕をおろしても可/おろさずに暗転でも可)

                 

            (休息なしで第二幕へ)






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