表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花火  作者: 水ようかん
2/5

第二話 うどん

思ったより早く書けた

やった~



駅の裏口から出て数歩歩いたところにあるチェーン店型のうどん屋。


サラリーマンや塾高生御用達の店である。安いし、時間もかからず普通に美味いので俺も何度か入ったことがある。

おすすめはかき揚げうどんだ。

この状況のセレクトとしては悪手な気もするが。

 

 

カウンターで注文を済ませ、窓際にある二人掛けの席へ座る。彼女もそれに続いた。

改めてなぜ彼女は付いてくる事を選んだのだろうか。

そして俺は久しぶりに女子と二人きりになった。まばらにいる客は除く。

やっぱり変に緊張してしまう。

 

俺は向かいの席の彼女に突っ込んだ質問をする。 

「なんで自殺しようと思ったんだ?」

セルフサービスの水をちびちび口にしていた彼女は顔を上げる。

「自殺じゃなくて逃亡。」

「それはどうでもいいんだ。」

「どうでもよくない。大切だよ。細かいところは。」

 

「――お前いじめられてるのか?」


俺は思いきって理由の一つと思われるものに焦点を当てる。

 

本来ならこの状況でいきなりそこに踏み込むのはご法度だ。

 

だが彼女は俺がイメージしている『自殺志望者』とは違って、とてもサバサバしていた。ものすごく。だから彼女には何を言ってもあまりたいした影響はないと勝手に判断していたのだ。

――後から考えてみるとこれは非常に危険だったのだが、このときの俺はなんだかんだ言って結構動揺していた。


彼女は俺の追求に首をかしげる。

 

「私いじめられてなんかないし、いじめられるようなこともしてないよ。」


 ふむ。


「・・・じゃあ、妹の手術代のために保険金下ろす自殺?」

「どこのドラマ?あと私一人っ子。」

 

「好きな人に三股かけられてフラれて、死にたくなった?」

「彼氏いたことなんてないよ。あと、誰かがいないと生きていけない人にはなりたくないよ。私。」

 

「――異世界への渇望?」

「どういう意味?」

 

うん。自殺する理由がさっぱり分からない。

分かったのは彼女は恋愛経験がないことと、オタク知識がないことだけだ。


俺は仕方なしに理由の探索を諦めて、彼女に少しだけ詰め寄る。

「お前なぁ、あんな駅で電車に飛びこんだら大変なことになるだろうが。電車は遅れるし、周りの人に迷惑をかけることにもなるし。」

 

彼女はまた水を舐め始めた。

 

「むしろ願ったり叶ったりだよ。少なくともそれで何人かはこの世界で不幸になるし。」

 

――ああ。駄目だこいつ。


「―同じ学校。制服。」

彼女は俺の着ている薄い青のYシャツを指さす。夏服だから分かりにくいが、うちの指定服だった。

「そうだな。お前何年?」

「二年。」

「同じ学年か。知らなかった。」

 

赤い帽子をかぶった店員が俺達の方へやってくる。

 

彼女が注文した分が届いた。さすが速い。

彼女の前に置かれたのは、小盛のどんぶりに太めの麺の月見うどんみたいなものだった。俺の分はまだ来ない。

先に食べてていいぞ、とテーブル上のケースから割り箸を取り出してやり、彼女に差し出す。

彼女は礼も言わずにそれを受け取り、俺に確認も取らずに口で麺を咀嚼し始める。

何というやつ。

 

少量の麺を箸でつまみ、口でつるつると吸い上げゆっくりと噛む。

「おいしい。」

無表情は変わらず、そのまま小さく口を動かして麺を噛み続ける。

「うどん好きだから付いてきたのか?」

「違う。」

「じゃあ何で?」

彼女はこくんと喉を鳴らしてうどんを飲み込み、亜麻色の瞳でこちらを見た。

「同じだから。あなたも。」

「―何が?」

「目が死んでいる。」

失敬な。モテなさすぎて死んだこの目を馬鹿にするなんて。

「だから何だよ。」


「目が死んでいる人は世界が嫌で嫌で仕方ないから。」


再び赤色帽子の店員がやって来て、俺の目の前にどんぶりを置く。

かき揚げうどんである。

店員が下がっていった後、俺はうどんに手をつけようとした。だがその手が動かなかった。

「・・・お前、社会嫌いか?」

向かい側にいる彼女は手動かしながら答える。

「嫌い。死ぬほど。」

「何がそんなに気に食わないんだ?」

「簡単。」

 

半分ほどどんぶりを空にした彼女は、うどんの真ん中にある卵の黄身を箸で突いて破く。

 

「例えば偉い人、政治家とかは特に。市民国民の為とか言っておいて、お金の事しか考えてないの。後は戦争。殺し合いなのにそれを正義なんて言っちゃう辺り、ほんと馬鹿らしい。そんな事にお金使うんだったら、世界平和の為に使いなよ、って。」

彼女はどんぶりの底にある麺を持ち上げるようにかき混ぜる。

「なんかそういうの見ていて嫌になっちゃった。人って醜いんだな、とか。」

卵の黄身が白いうどんの麺と絡まってゆく。それを彼女は汁が飛ばないように器用につまみ上げる。

「人がいいことしてるのを見て、偽善だって言う人も嫌い。人の奥底を見透かすことに快感なんて覚えたくはないし。」

 

また一本麺をかみそれを飲み込んだ後、水滴がしたたり始めた水を口に流し込んで、舌の上に残る油分を消し去る。

 

「時々、この世界はもう駄目だと思っちゃう。」

 

「だから、逃げるの。」

 

彼女はその後に何か続けたそうだったが、口を噤み再びどんぶりと向き合う。

そんな彼女の告白を聞いて、俺は正直呆然としていた。

 

「―よくそんな事普通に打ち明けられるよな。」

「別に。恥ずかしくない。」

そうなのだ。

彼女はとてもストレートに言葉を発する。俺とは違う。




 

しばらくして俺もかき揚げうどんに向き合い始める。揚げたてだったかき揚げはもうたくさん汁を吸っていてふがふがだった。

 丁度それを平らげると同時に、彼女もどんぶりを空にした。

 

今月の財布の紐は決して緩くしてはいけない状況だったのだが、一応会計は俺が持った。なお、彼女は割り勘について提案する素振りを一切見せなかった。そしてお礼も言われなかった。解せぬ。

 

店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。彼女は長い髪をなびかせてそのまま駅前のバス乗り場へと向かう。

「それじゃ。私はこれで。」

「帰りは電車じゃないのか?」

彼女は小さく首を横に振る。

「駅へは逃亡しに来たから。」

・・・まさか自殺のために駅の入場券をわざわざ買ったのだろうか。

 

「今日はありがとう。さあ帰って。」

 

一方的に別れを告げてすたすた歩いて行く彼女を呼び止めようとする。

 

「――待ってくれ。」

「ん?」

 

何か言っておかなければならないと思った。

 

無表情な瞳が再び俺を刺す。思わず小声になってしまったが、それでも言い続ける。

 

「自殺なんかするな。絶対に。」

 

「・・・。」

 

口から言葉がさっき食べたうどんを戻すようにスルスル出てくる。

 

「お前はこの社会が嫌いって言っていたよな。でも楽しい事あるから。必ず。だから自分で死ぬな。」

 

 

言葉に重みはなかった。


正直言ってこれはつなぎ止めるための言葉でしかない。

事実、俺が何を言っているのか頭の中では整理できていなかった。


人間とは不思議なもので少しでも接点が出来ると、それを失いたくない心が芽生えてしまう。

 

 

いや、それだけじゃない。

 

 

もし今このまま彼女と別れてしまったら。

 

そしてこのまままた死なれてしまったら。

 

そしてそれを新聞やネットニュースで知ったら、俺はまた自己嫌悪に陥るだろう。

なんであの時彼女を生きさせようとしなかったのか、と。

 

誰か知るわけじゃない。友達も、家族も、あの駅にいた人たちですらも、俺と死んだ女に接点があったかなんて。

 

でも一番自分を締め付け、断罪するのは、いつだって自分なのだ。


 

そして。ほら。

こんな時でさえまた自己嫌悪。

 

『何お前、ごちゃごちゃ考えてんの?』

 


『お前みたいな奴じゃなければ、そんな自己保身のためには動かないだろうよ』


 

『なぁ、お前って本当に駄目なヤツだな。』

 

 

 

 

 

 


彼女の表情は逆光で見えない。


「・・・本当にそう思ってるの?」

 

その言葉に俺は背筋が凍り付く。

 

「―心のどこかでは、だけど。」


とっさに誤魔化すように言葉を吐き出す。

 

彼女はいったん何かを整理するかのように顔を逸らす。

 

「・・・ふぅん。分かった。死なない。」


しっかりとした声で彼女は宣言する。

 

「そのかわり、条件。」

「―条件?」

彼女の立つ停車場にバスがやって来た。そのライトで彼女の体の輪郭が白く浮かび上がる。彼女が振り返る。

 

「―明日、またここに来て。絶対。」


彼女の瞳は亜麻色だったが、その奥に何か別の色が見えた気がした。

一瞬、ここでそれを拒否したらどうなるのだろうと思った。どうなるかは分からないが返事をしておく。

 

「―分かった。」

 

バスの扉が開き、タラップが降りてくる。彼女はバッグからスマホを取り出した。そして俺のスマホを差し出せという。

「連絡手段。」

俺はロックを解除したスマホを彼女に手渡す。

彼女は両手に持ったそれを器用に数度タップして、数秒画面を見つめた後にそれを返してきた。

返されたスマホの画面にはLINEの新しい友達が追加されている。


「―みほ・・・?」

 

彼女は、美穂はタラップを踊るように登り、俺を見る。

 

「よろしく。」

 

 

そのままバスは行ってしまった。

 

 

 


これ以降の話ですが、少し個人的に煮詰まっているので更新が遅くなります。

でも大筋は出来ているので完結せずに逃亡することはないと思います。

ないとは思います(強調)。


頑張りますので見捨てないで~(うざ)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ