第2章 第48話 水上の村
リアヌシティに着くとすぐにトラピさんたちのところに行った。水を持ち帰れなかった話をすると、やっぱりそういう制限がかかってるんだと、二人もリアヌシティへの不信感を募らせた。そして、やはり水そのものがすべての謎の鍵を握っているのではないかという話になった。トラピさんはそれに確信を持っているようだった。
私は、今回のオールドリアヌ訪問を終えたら一度ウォーターランドに戻るので、もしスロウさんと行き違いになったらこれまでの経緯を話してもらうことと、その上でノイヤール湖の水を二人もいっしょに調べてもらいたいということを頼んだ。
二人とも望むところだと言わんばかりの張り切りようで、次にウォーターランドに帰るまでに必ず水の秘密を解き明かすと意気込んでいた。
どこからともなく視線を感じたので周囲を見まわすと、建物の陰に家族の家のミオ君の姿があるのに気づいた。遠くから遠慮がちにこちらを見ていた。家族の家に行きたい気持ちもあったけど、最後のバスの時間が迫っていたので、手を高くあげて、またあらためて来るという気持ちだけを伝えた。こういう風にされると一時でもリアヌシティを離れるのが寂しくなる。一方で、リアヌシティが黒に染まってしまうなら、その前に彼らを助けないという気持ちも強くなった。何か言いたげなミオ君のまっすぐな目が脳裏に焼きついた。
オールドリアヌのコノンさんの家に戻ると、おばあさんとお爺さんが二人で静かに夕食をとっているところだった。一脚の燭台がテーブルを明るく照らしていた。食事は3人分が用意してあった。お祖母さんにお腹が空いただろうと言われて、部屋に入らずそのまま食卓につくようすすめられた。
「ネモネさんがいなくなると淋しいね」とお祖母さんが言うと、「また、そのうち来るだろ」とお祖父さんが気に留めてないようなそぶりを見せた。
二人に水を持ち出せなかったとは言えなかった。あんなに一生懸命壜を集めてくれたお祖母さんのことを思うとどうしても言い出せなかった。
「ネモネさんも早くまた来たいと言ってましたよ」とだけ言うとお祖母さんはいつものように、「そうかい、そうかい」と言いながらお皿に煮物をよそってくれた。外が少し肌寒かったので、朝から煮込んだという鍋料理が身体を芯から暖めてくれた。この温もりがいつもこの家にはある。ノイヤール湖で意識を失わなければ二人に出会うこともなかったことを考えると、危険な目にあったとはいうものの偶然の巡り合わせに感謝するばかりだ。これもお祖父さんに言わせると必然だというのだろうけど。こういう必然ならいつでも大歓迎だ。
お祖父さんがその日獲ったドットトラウトは、食卓には出なかった。
「今夜はトラウト料理はなしですね」と言うと、「持ち帰れるように、燻製にしているからな。うちのはサークルでも一番の人気だぞ」と言うと、おいしい燻製作りの苦労をいろいろと聞かせてくれた。
ドットトラウトには湖畔に茂る木のチップが合うのだという。同じ土地のもの同士を合わせると相性がいいのだろう。それを弱い火で何日もかけて燻すのだ。この燻し方に門外不出の秘伝があると自慢しながら差しさわりのないところの話を聞かせてくれた。この土地ならではの光を閉じ込めた魚とその光を吸収した木とほどよい時間をかける腕前が極上の自然の恵みを作り出す。
いただけるものならこれほど嬉しいことはない。ウォーターランドのみんなへの最高のお土産になる。お土産はドットトラウトの薫製とオールドリアヌの水彩絵具で描いたスケッチで決まりだ。
あらためてこの家の祖先の話を聞いてみると、想像したとおり昔は耕作のために人を雇うほどの農地を持っていて、このあたりではちょっと名の知れた農家だったのだそうだ。しっかりした岩盤と粘土質の土地の上に位置することもあり、交通手段としての水路には恵まれていたたものの農地は水はけが悪く耕作には苦労したという。その当時に、生活の糧として半水生の農作物を作ることもいろいろ試されて、今夜の煮物にも使われている大ハスネや水芋、沼大根などは今でもこの村の特産品になっているらしい。農作地でもある水辺の沼と低木がつくる木陰と朝方の霧は、この村ならではの美しい景観をつくる。
農業をやめたあとは住み込みで手伝いをする人も減ってしまって、部屋を貸して生計の足しにしていた時期もあったそうだ。お祖父さんが生まれた頃には、湖の漁だけで暮らすようになっていたのだと言う。
食後の果物とお茶が出た時に、もう一度ジノ祖母さんのところに行きたいという話をした。やはり、一人で行くのはよくないという話になって、また、お祖父さんの漁に同行して、昼時になったらジノ婆さんのところに連れて行ってもらうことになった。
今夜の空は、今にも降ってきそうなほどの星空に埋め尽くされ、熟して今にも崩れそうな満月がノイヤール湖のほうにそろりそろりと登りはじめていた。いつもの夜よりも赤い空の色が窓越しにもわかるほどだ。
お祖父さんは明日も早いからと言って、寝室に入った。
「オルターさんも、あの人と行くのなら早く休まないといけないね」お祖母さんが残念そうに言った。
「そうですね。漁は早いですからね」先に失礼することを許してもらった。




