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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第2章  彷徨
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第2章 第43話 静寂の時

 食事が終わって一人自室に入った。ベッドの上に横になって窓を仰ぎ見ると、今夜はあいにくの天気で垂れ込めた雲が村に覆いかぶるように広がっていた。空いっぱいに隙間なく流れる雲が、人々の喜怒哀楽すべてを吸い込んで、まるで濁流のようになって流れている。

 この調子だと明日の天気も怪しそうだ。この時期のオールドリアヌは思ったより雨が多いのかもしれない。冬を前にした雨季なのだろうか。この空を見ているとあのノイヤール湖の水位が下がるほどの乾期があるとはちょっと考えにくいが、季節によって雨量の差が大きいのかもしれない。


 村全体に石造りの平屋しかないことと山の少ない地形のおかげで、部屋からは視界の届くはるか先までを見渡すことができる。晴れた日の琥珀色の夕焼けは筆舌に尽くし難いほど美しい。

 この窓とその先に見える景色がとても懐かしく感じられるのは、オールドリアヌが誰の心にもある心象風景のような景色だからかもしれない。こんな田舎があったらいいなあと思わせるような、豊かな自然とゆったりした空気に満ち溢れている。その上住んでいる人たちも心優しい人ばかりだ。


 どこからか犬の遠吠えが聞こえる。動物たちにとってもこの夕間詰は特別な時間なのかもしれない。それは、昼間の現実が夜の非現実の世界に変わるとき。月が闇を照らすだけの誰も知らない世界がはじまるのだ。

 この村はそれを当たり前のこととして受け入れ、どこまでも深く沈み込む無限の静けさに包まれていく。夜を支配する闇がすべての音を吸い込んでしまおうとしているかのようだ。光と音のない世界に草木は息を沈め、動物たちは恐れを感じ怯える。犬たちはお互いの命あることを確認し合うように遠吠えを繰り返している。


 世界から光が消え落ちたとき、目を開けたままで静かに横たわる鮫たちがノイヤール湖のどこかで目覚める。彼らは闇の大きな流れにあわせて、同じ場所にとどまるのに必要な最低限の動きだけを繰り返す。闇と共生するように沈黙を守り、誰にも気づかれることなく密かに闇の深淵に溶け込む。


 遠くでコノンさんのお祖母さんの呼ぶ声が聞こえる。


「ソダーさん、ソダーさん……」


 ウォーターランドを出る時に聞こえた声と同じだ。あの声はコノンさんのお婆さんの声だったのだろうか。


「お出かけの時間が……」


 あのときよりもよりはっきり聞こえる。


 闇の隙間を掻い潜るように震える声は誰の元に届くのだろう。声の主はコノンさんのお婆さんでなければ、それがどこにいる誰かはわからない。疲れからくる幻聴のようなものなのかもしれない。夢と同じように散り散りになった記憶が闇の隙間からこぼれ落ちてくるのだろうか。


 階下では別の人の声が聞こえる。ネモネさんとお祖母さんが話し込んでいるのか。女性同士の話はいつまでも尽きない。



 こちらは、夕食のときにネモネさんが話したことが頭から離れない。


 黒いパーカーの話が事実だとすると、リアヌシティとウォーターランドランドは水を介して見えないところで密接につながっているということなのかもしれない。自分たちの知らない何かが遠く離れたところで着々と準備されていたということか。

 ダルビー船長はそれを知っていて、なんとか島を守ろうとしてくれていたのだろう。それはナーシュさんの思いに重なるところもある。それが船長とマリーさんを結びつけている理由のような気もする。

 もし、コノンさんがボルトンの使者として送り込まれていたのだとしたらかなりむずかしい話になる。何を基準に正義を判断すればいいのかわからなくなりそうだ。


 そもそも本人は起きたことに気づいているのだろうか。知らないのであればどうしてボルトンの意向で島に来たのかだ。これを本人に聞くのは心苦しい。彼女を傷つけることになりそうな気がする。お婆さんがあの子のことは頼んだよと言った言葉が頭に浮かんでは消えた。その言葉のおかげで不思議なほど心の燻りが薄れる。


 厚い雲に覆われた夜空を見ながら考え事をしていると悪いことばかりが思い浮かんでしまう。目を閉じてみんなの待つウォーターランドの楽しい生活のことを考えるようにした。



 窓を開けたままで毛布も掛けないで寝てしまったせいで、真夜中に冷たい風に起こされた。初秋といっても深夜の冷え込みは夏とは違う。

 階下の話し声は聞こえなくなっていた。時計を見ると真夜中の12時を過ぎている。みんなそれぞれに自分の部屋に入って1日の疲れをとっている時間だ。

 この家にはいくつの部屋があるだろう。もともと庄屋のような仕事をしていたのではないかとも思う。一度コノンさんにこの家の家系を聞いてみるのもいいかもしれない。ノイヤール湖の水の秘密につながるなにかの糸口がつかめるかもしれない。


 遠くでフクロウがホーウホーウと鳴いている。


 考え事をしているうちに目が冴えてしまったので、スケッチブックに記憶を頼りに絵を書くことにした。台所に降りて絵具を溶く水を少しもらう。集められた水は部屋の隅に置いてあった。よく見ると、瓶の水もかすかに輝いて見える。絵の具にあったのと同じように小さな光の粒子が輝いている。もしかすると深夜にノイヤール湖に行くと湖全体が輝いているのかもしれない。


 絵を書くのに熱中して、気がつくと夜明け間近になっていた。雨は降っていないようだ。

 少し朝の匂いがしてきたとき、階下で物音がした。お祖母さんが朝の支度をはじめたのだろうか。時計をみるとまだ4時前だった。

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