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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第2章  彷徨
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第2章 第28話 もうひとつの扉

 翌日はすっかり体調も戻って港に帰れそうなところまで回復したので、それをコノンさんのお祖母さんに伝えた。


「ほんとうにもういいのかい? また、どこかで倒れたなんてならないだろうね?」


「いや、3日も休ませてもらいましたからもう大丈夫です。ほんとうにありがとうございました。このお礼は必ず。オールドリアヌがいつまでもこのままでいられるように私にできることがあればなんでもやらせてもらいますので」


「あれま、それは心強いね。でも、無理はしないでおくれよ」


「また、迷惑をかけることがない程度にですね。気をつけます。ほんとうにいろいろお世話になりました」


「あたしのお願いはコノンのことだけだから、よろしく頼んだよ」


「もちろんですとも。島に来ることがあったら私を訪ねるように伝えてください。コノンさんは、今日は?」


「あの子はリアヌシティにいるから、また、しばらく戻らないよ。向こうにもたくさんのうさぎがいるらしいからね……」


「そうでしたか。それでは、くれぐれもよろしくお伝えください。ありがとうございました」


 挨拶を終えると石畳の道に出た。足の裏に伝わるごつごつした感触がうれしい。久しぶりに外の空気を吸った気がした。澄み渡った空気が清々しい。少し歩いたところで後ろから「オルターさん気をつけるんだよー」というお祖母さんの声が聞こえた。振り返って手を振っていたお祖母さんに深くお辞儀をした。


 バスに乗る前に 、どうしてももう一度公書館を見たくなった。見たいというよりも、このまま帰ったのでは、溺れただけの話になってしまうという情けない状況をなんとかしたい気持ちからだったかもしれない。また湖に一人で行くというわけではないから、きっとこれぐらいは大目に見てもらえるだろう。


 公書館に着くと前に来たときと同じで、人がいる様子はまったくなかった。中に入ると、またあの古い本の匂いに包まれた。瞬間的に時間を移動をしたように感じる。この中にいるだけで、いにしえにつながる扉の前に立っているような気持ちになるから不思議だ。

 今回はあの六角柱に関するものはないか棚を探してみたが、トラピさんの言っていたように、まるで迷わせるための迷路のような本の並びが待っていただけだった。驚いたことに、前回来たときと並び方が大きく変わっているところさえあった。あの時見た地図の棚が消えてしまったのに気づいたときは愕然とした。緑の手帳に細かく書き留めていた棚配置の記録は何の役にも立たなくなった。


 意図的に探せないようにしているという、トラピさんの言っていたことが正しいと思わざるを得ない。これでは、ここを利用する人がいないのも当然だろう。名前こそ歴史資料館となっているものの、誰にも歴史を伝えることのない、誰の役にも立たない資料館になっていたのだ。これをノートの主が知ったらなんと思うだろうか。

 トラピさんの言うとおり、入口が他にあるとするなら、どこかと地下でつながっているということになる。あの男が消えたのは、地下への入口がこの建物の中にあったからだと考えると、書棚や床板のすべてが隠された出入口に見えてくる。それらしいものがあると拳で叩いて、一つ残らず確認をしていった。もう、六角柱について調べるどころの話ではなかった。自分が昨日まで寝込んでいたということもすっかり忘れて、床を這うようにして秘密の扉を探した。


 ひとつの棚を調べていたときに手を滑らせて本を床に落としてしまった。床の響きがおかしかったので落ちたあたりを手探りで探しているときだった。目の前の棚が突然軋むような音を立てたと思ったら、棚の隙間にこちらを見ている人の目があった。


「あっ……」という声がして、すぐに隙間は閉じられてしまった。すぐに開けようとしたけれど、かんぬきでもかけてあるのかまったく動かない。


「すいません。開けていただくわけにはいかないですか?」と声をかけてみた。


「……」当然、何の返答もかえってこなかった。

やはりここに、もうひとつの出入口があったのだ。それは本来の入口の反対側に位置するもっとも奥にあたる場所だった。


 仮にその扉が開いたとしても、その先にあるのは裏庭だけのはずだった。すぐに、建物の外に出て裏側に回ってみたけれどあたりに人の気配はなかった。鳥たちのさえずりが幾重にも重なってこだました。それは、何も見てない、何も知らないと言っているように聞こえた。石の壁を叩いてはみたものの、仕掛けを知らないものに開けることはできなかった。

 ホーラーという男はこの扉から出て行ったのだろう。そうだとすると、地下に繋がる通路は一体どこにあるというのだろうか。子供のような冒険心がまたむくむくと頭を持ち上げてくる。ただ、一人で探しまわっているうちにまた事故にでもあって迷惑をかけてもいけないと思うと、さすがに自制心のほうが勝った。気になる入口探しはまた別の機会にあらためることにして、今日のところはおとなしく退散することにしよう。それがこの街の人たちに対する感謝の表し方というものだろう。


 バスが来るのを待って、リアヌシティのセントラルステーションに戻った。ここまで来ると自分の世界に帰ってきたという気がするのがおもしろい。天まで届く雲の塔のほうが湖より身近に感じるのはどういうことだろう。リアヌシティのほうが科学という人の手の届くところにあるものでできているので安心感をおぼえるせいなのか。

 今回の不思議な体験は、身近になるはずだったオールドリアヌが、前よりも遠ざかってしまったような気させられる。ただ、その判断が正しいのかどうかはまだわからない。


 サーカス小屋に寄って、戻ってきていたナミナさんにもお礼を言った。マリーさんも心配して待っているということだった。早く戻って安心してもらうことが今の自分が一番にやらなければならないことだろう。


 エクスポーラーに乗るといつもの生体チェックが始まった。ディスプレイを見ると、赤字でDISAPPEARANCEの表示が点滅していた。消失ということは居所不明ということか。あれが、意図的に行われたことだとすれば、監視対象になるような行為だったという警告なのかもしれない。リアヌシティのシステムで自分の居所を捕捉されていないということは……私は一体どこにいたということなのか……。

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