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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第5話 青い猫 *

 時間が止まるときに人は眠り、目覚めに新しい世界がはじまる。


 朝の日差しに目を覚ますとあたりは深い霧におおわれ、遠くで長く響く海鳥の声がかすかに聞こえるだけでした。昨日漁師小屋に見えたところも、木々が折り重なっているだけで、人が手を入れて作られたものではありませんでした。岩礁も浜の一部でしかなく、多くは砂地が広がっている小さな浜でした。想像していた風景とのあまりの変わりように違うところに来てしまったような錯覚さえ覚えるほどでした。

 早速コッヘルに携帯食として持参した飛び豆を入れ火を通し、少し塩味を付けて朝食を済ませました。昨夜みつけたボートのほうを見ると、残っていたのは1艘だけで残りの1艘は消えていました。深夜に乗る人もないでしょうから、波に流されてしまったのかもしれません。途中で見つけたらいっしょに島へ運んだほうがいいかもしれないと思いながらも、こちら側から島に渡る手立てがなくなるのが心配でもありました。みつけたらやはり一度戻ることにしようと考えながら船に荷物を積み込みました。ボートは職人がつくったようなものではなく、筏よりはましという程度のものでしたから、まっすぐ座ることさえもむずかしく、座る横木も半分は折れ曲がっていました。床の隙間からは水草のようなものが見え隠れしていましたから、はたしてこれで島まで無事に渡れるのか心もとなく思いましたが、ほかに方法もないようなのでボートを沖に押し出し心を決めて乗り込みました。


 透き通った水は少し冷たかったもののそれほど深くなく、場所によっては海の底に足が届くようなところも多くあったので、島までたどり着けないかもしれないという不安はすぐに消えました。1本の舵と破れかけた帆の小さな船はゆっくりと沖に向けてすべり出して行きました。中世の宗教画のような色合いの水底を眺めながら30分も進むと、昨日かすかに確認できた島影が見えてきました。よくよく見ると、思った以上に大きな島でしたが、高台と思っていたのは、木々の影が作ったもので、実際にはほとんど起伏のないところのようでした。島というよりも岩礁に近いといったほうがいいのかもしれません。島のまわりの水が飛び跳ねているように見えたのは、光る小さな魚が羽虫を捕食しているためでした。この魚を追いかけてミドリ鮫が集まるのかもしれないと考えると、ゆるりと動く世界にいよいよ足を踏み入れるという気持ちの高ぶりは抑えられなくなっていました。

 

 光りの粒が水面をはねるとき、新しい時間が静かに幕を開く



***** ノート *****


 ゆるりと動く時間……ゆるりと動く…… ゆるり……    ノートの写しを読み返しているうちにちょっとうとうとしてしまった。満月が東の浜に昇っている。ノートを書いた主がこの島に来た数百年前にも同じ月が見えただろうか。ユイローの葉をバスタブに浮かべ、岬に打ち寄せる波音を聞いているうちに睡魔が忍び寄ってくる。どうもユイローには催眠効果のある何かが含まれているようだ。多用しすぎるのもよくないかもしれない。コピのような子供にはあまりすすめられない薬草だ。ノーキョさんにも話しておいたほうがいいかもしれない。


 入口あたりでことんという音がしたので目を凝らしてみると、黒猫のインクが忍足で近づいてきた。気まぐれで姿を見せないことも多い子だけど、長く暮らす住人からは愛されている。インクのほうも自分を気に掛けてくれる人をわかっているようで、そういう人が来たときにはどこからともなく現れるようだ。消えた灯台守の生まれ変わりだと言う人までいるけど、たまたまここに住みついただけのことだろう。ここなら海がしけたあとには打ち上げられた海の幸がたらふく食べられる。猫の一人暮らしにはちょうどいい住み心地なのだと思う。


 名前のない猫ではかわいそうだと思い、青みがかった黒の毛がめずらしかったのでインクという名前をつけてやった。もちろん私の愛用するペル社のブルーブラックのインキをイメージしてつけた名前だ。今では島のみんなにもインクの愛称で可愛がられている。住人の仲間入りができてうれしいだろう。身体を摺り寄せてくるので、今夜は朝までつきあってくれるのかなと聞いてみると、なにも聞こえないそぶりで燈火台のほうへ上って行ってしまった。まるで燈台守気取りだ。


 その昔、この灯台を守る一人の男がいたという。今の住人の中にその男と実際にあったことのある人はいない。灯台の横にある石柱は彼のために立てられたとも言われるが、その真偽も定かではない。この島はあちらこちらに昔のできごとと結びつけたと思われる逸話が残っている。語り継がれるにはそれなりの理由もあったのだろう。この灯台は新しく建て直されて今は電気の灯火になっているけど、それ以前はオイルに火を灯す方式の赤いレンガの小さい灯台だった。そこに燈台守がいたとしても不思議な話ではない。彼が去ったと言われる東の方角には今夜も赤い月が上っている。


 コピと話していたら遅くなってしまった。今日は月見の散歩はあきらめてこのままここで休むことにしよう。だれのものでもない灯台は、私が実質的に管理しているようなものなのでとがめられることもない。

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