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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第13章 濫觴
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第13章 第15話 単独調査飛行

 シーゲルさんからの単独飛行の了解は思いのほか早く得られた。これ以上教えられることはないとも言われた。緑石がこれほどなつく人もめずらしいとも。ただ、条件が一点だけつけられた。それは緑石をどこかに落とすことがないようにということだった。形の上では今でもボルトンからの借り物であることと、緑石の中でも純度が高い希少性のあるものなので、知らない人が無意識のうちに膨大なエネルギーを放出させてしまう危険性があるとのことだった。

 そんな大切なものを使用させてくれたことに、シーゲルさんとボルトンとの関係は解消されていると思った。そうでなければ、自分にここまで任せる判断はしないはず。


「要はなくすなということですね」


「魚形船の設計は二人で知恵を出し合ったものなので、飛行についての心配はご無用ですよ」ノーキョさんが安心させようとして補足してくれた。


 シーゲルさんはまだベールを超えられる自信がないようだった。とにかく洪水回避のことを優先して考えるなら、行ける人が行くべきだという判断をしてくれたのだろう。


「とにかく、なついてくれた緑石のご機嫌を損ねなければ何も問題ないです」


 シーゲルさんがそう言うと、二人はにっこり笑ってくれた。



 そうとなれば善は急げという話で、穏やかに晴れ渡った翌日の朝にみんなに見送られて出発することになった。緑石との意思疎通に関しては一分の隙もなく、まるで自分の身体と同じように船体をコントロールすることができた。大きいエネルギーを出しうるという話だったけれど、かなり細かな動きも難なくこなし、繊細な一体感を感じられた。乗馬と言うより蝶か羽虫にでも乗っているかのような軽やかさだった。船体の重さをまったく感じさせない。


 最初のうち空の裂け目を探していたけれど、目を凝らしているうちにいつのまにか意識世界が透けて見えるようになり、裂け目を目指したわけでもなかったのに、微かな振動を感じただけでベールを超えてしまうことになった。自分の中では境目さえも感じないほどに現実世界と意識世界は一体化してきたのかもしれない。超えた実感はほんの少しの粘りを感じたことと、少し霞んだように見える景色だった。それと最近良く聞こえるようになった音楽らしき文字の流れやどこからか呼びかけてくる声などが現実世界にいるときよりはっきりと感じられるようになった。それぞれに強い弱いがあるのは、距離の問題なのか意識の強さの問題なのか理由はよくわからない。とりあえず今は女性の声がよく届いている。


 それでもいまだに理解できていないのが違う時間への移動の方法。それをゆるりと時間が動くと表現したのだろうと思ってはいるけれど、未だそれを体感することはできていない。意識世界に移ることと、違う時間に移ることの両方を同時に受け入れられる力を会得するにはまだまだ六覚の経験が不足しているということか。その日が来たときに、2つの世界と無数の時間が交錯する世界がどう見えるのかは今の自分には想像もつかない。そう、想像ができないということなのだ。


「いよいよですね」


「あ、ないないさん…」


 一人ではないことをすっかり忘れていた。意識世界に入りさえすればいつでもないないさんがついていてくれる。


「こちらに来ればいろいろわかることがあるのかもしれないと思って。船長が到着する前の情報収集というところですね」


「そうですね。そう理解しています」


 ないないさんは自分の意識や記憶をすべて共有できているようで、現実世界にいる間は声が届かないだけで、すべてを知っているとのことだった。それは二人のように思えるけど一人の両面のような感じさえもするものだった。


「ああ、ないないさん。以前、一人できたときに空高く飛ぶのが見えた鳥も今は魚形船の下に見えてます。見てください。もう新羅の森の上に来てしまいました。風に乗ったように空の移動は早いですね」


 このスピードでも緑石がエネルギーを使っている感覚はほとんどなかった。それを思うと最大出力はどれほどになるのか怖くなるほどだ。これがホーラーの言っていたボルトンが進めるネイコノミー経済の基盤にある力なのだろうか。


「オルターさん、あれがきっとノート氏の降りた駅ですよね。私には汽車が着いているように見えるのですが」


「ほんとですね。南武鉄道の汽車で間違いなさそうです」


 見たこともないはずなのに記憶にあるという不思議な感覚だった。まさに既視感そのもの。これもノートを読み続けた自分が勝手にイメージしていたものでしかなく、同じで当然ということになるのだろうか。

 森の入口近くからは駅と違う方向に道が分岐しているのがわかった。あれが二本足がいるというところへ向かっているということだ。道は駅よりも遠くまで続きその先は新羅の森の中に消えていた。超大陸というのは新羅の森に覆い尽くされているのではと思いたくなるほど広大な森だった。あらためてボヲナの存在感を感じざるを得なかった。


「二本足は気にならないと言えば嘘ですね」ないないさんが言った。


「気にはなりはしますが、もぐらのモーフにあれだけ嫌われているとさすがに心の準備をしてからでないと。ないないさんはどうですか」


「まずはオルターさんの知っているところからがよいかもしれないですね。ノートにも書かれていないし、見たこともないのは何か意味があってのことかもしれませんし。何よりオルターさんは二本足を想像できないという不安は拭えないです」


 ないないさんの声は今回もはっきりと聞き取れた。それだけでも安心感はまったく違う。ないないさんの意見も踏まえて寄り道せず直進した。駅の上空を少し過ぎた左前方に、空が少し渦を巻くようにねじれているのを感じた。それが見えているのか、聞こえているのか、匂いで感じているのかはわからない。ただ、渦を巻くような情景があるのはわかった。


「あの汽車には誰が乗っていたのでしょうか」


「それも気になりますね。誰も乗っていないという可能性もなくはないではないでしょうが…」


 そこにノート氏が乗っているということはなぜか受け入れ難かった。ありえないというよりも、もし乗っていたなら、その続きはどうなるのかということを知るのが怖かったのかもしれない。そう思いながらバス停を探したけれど、木々の影になっているのか見つけることはできなかった。


「ないないさん、もしかするとノーキョさんが言う虫の穴とか言うトンネルに入るかもしれないのでご注意を!」


「そのまま、お言葉をお返しします」ないないさんが笑いながら言った。


 その通りだった。ないないさんは私の身体を共有しているもう一人の自分のような存在。注意するのは自分自信なのだ。もし自分が主ならないないさんの安全も自分の行動が負っているということになる。いずれにしてもそれぞれが自分を考えれば相手も大丈夫ということだ。


 虫の穴を受け入れられたのはあの時会った少女にもう一度合いたいという思いがあったのかもしれない。あの少女から何かの情報を得られそうな気がしたのだ。それに一度往復している安心感もあったし、あそこには人が暮らしているということもわかっている。問題が起こってなければ意識世界に暮らす人に会えるということだ。

 そしてもっとも気になっている、花の好きな少女と、同じく花に埋もれて過ごすジノ婆のこと。さらに言えばミリルさんも。何も関係がないとはとても思えなかった。そこにノート氏が心を寄せていたノイヤールの女性が重なる。

 ソダーさんと呼ぶ声からたどり着けるものが最も近いものに思えていた。

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