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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第2章  彷徨
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第11話 同じ川

 2度目のエクスポーラーは早朝だったためか、ほかに乗る人もなく、たった一人の乗客になった。マリーさんがみんなで食べるようにとお手製のサンドイッチを用意してくれた。ほんとうに面倒見のいい人だと思う。見聞きしたことを忘れないようにと新しい手帳も渡された。ミドリの表紙にスレイトンの紋章がついたものだった。 その上、ご主人がよく使っていたという万年筆までいただいてしまった。いくら資産があるとは言え、思い出の品までいただくとさすがに恐縮してしまう。この手帳に見聞きしたことをきちんと書くことがマリーさんへのお礼になればと思わずにはいられなかった。


 前と同じように車外のグレーの景色を見ていると、時折大きなタンクが置かれていることに気がついた。同じグレーなのでスピードが早いこともあって、この前はわからなかったのだけれど、目が慣れると定間隔で置かれているタンクの多さに気づきさらに驚いた。

 タンク以外に何かないかと思って窓に顔を押し付けるようにして見ていると、赤い制服を着た年老いた車掌が車両に入ってきた。ちょうどいいと思い尋ねてみると、よく聞こえなかったのか、少し間を置いて返事があった。「お客様、あれはドームのエネルギー安定のために使用する大量の水を貯めておくタンクでございます。このエクスポーラーと併走するように地下水脈がありまして、それがドームシステムの安定稼動を支えているのです」と堅苦しいほど丁寧な口調で説明してくれた。どうやら、ドームの飲料水として使われているわけではないようだ。


 2回目のせいか、リアヌシティのセントラル・ステーションまではほんの少しの時間にしか感じられなかった。巨大なドームは港から目と鼻にあることをあらためて感じた。


 駅につくと、乗り換え口近くにいたトラピさんとナミナさんたちの姿がすぐ目に入った。どうも、外から来た人間は整然としたこの街では特別に目立つようだ。それがちょっとおかしくもあった。


「オルターさん、なんだか目立ちすぎー」と手を振って近づいてきたナミナさんが言った。


 向こうから見ると私のほうが逆に目立のだろう。一人ふらふら降りてくる挙動不審な乗客なのだからそう見られても仕方ない。いずれにしても、妙に目立つお上りさんのツアーのはじまりというわけだ。

 ナミナさんが、「今日はたのしいピクニックですよ。天気もいいし」と双子の二人に話しかけている。


「オルターさん、バスはこっちです。あの階段の下に乗り場が見えますか?」トラピさんが先導してくれて、その後をあひるの行進のようにペタペタとついていく。


 しばらくすると、バスがどこからともなくすーっと現れた。水を分解した水素を使っているバスだった。メーンランドで水の価値が高まっているというのは、こういうところとも関係する話なのだろう。動き出してみるとエクスポーラーと同じようにほとんど動力の音が聞こえない。目を閉じると移動していることさえ忘れてしまうほどだ。この静けさはなれない者にとっては、少し落ち着かないところがある。


 町並みには特別見るべきものもなく、前日のメタリックな高層ビルのイメージに変わって、熱帯雨林にでもいるのかと見間違えるほどだ。緑以外に目に入る建物はほとんどない。遠くから見たメタリックな高層建築も、近くにくるとまったく視界から消えてしまう。地面は苔のようなもので覆われ、その下には水が見えている。どうやらドーム全体が水の上に浮かぶ睡蓮のような構造になっているようだ。いずれにしても、信じられないほどの美しい木々の緑に圧倒される。これがよくないこととはとても思えない。


 オールドリアヌのあるエリアは、ルーラーさんの言う箱庭のようなものでは決してなく、違和感を感じることもなく自然に石造りの街へと入って行った。境界や入口のようなものが設けられているわけでもなかった。


「オルターさん、ここがノートさんの生活していたリアヌシティです。どうです、今のリアヌシティとは大違いでしょ」トラピさんが外の景色を見ながらうれしそうに言った。


「ここなら、私も住んでもいいわ」ナミナさんもすっかりお気に入りのようだ。


 町の中心部と思われる小さな橋のところに着いたところでバスを下りた。


「これはまた、趣のある橋だね。橋脚が眼鏡になっているところも愛嬌があっていいし」


「オルターさん、驚かないでくださいよ。この川なんていう名前だと思います?」


「あれ、ノートに書いてありました?」


「なんと、チャルド川!」


「ええー、ほんとうに? 信じられない……」思わず口を開けたまま川に見入ってしまった。


 このことを聞いただけで、涙が出そうなほど嬉しかった。それは、300年の時を隔ててノートの主となにかがつながった瞬間だった。ウォーターランドの川と同じ名前の川がオールドリアヌにあった。ノートの主の誰にも話せなかったふるさとへの思いがいやなほど伝わった。そして、その場所に今自分自身がいる喜びは言葉にもならなかった。

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