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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第2章  彷徨
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第10話 郷愁 *

 食後はすぐにシャワーを浴びて、ほてった身体を冷ますために窓を開けて風を入れた。しばらく何もする気になれなくて横になって港の夜景を眺めた。

 この凪いだ海を見ていると、昼間見た光景がすべて嘘の世界のように思えてくる。ウォーターランドのようななにもない辺境の地とリアヌシティのようなすべてが揃う未来都市とどちらが理想の世界なのだろうか。何が正しいのかさえもわからなくなってくる。


 そろそろ島を出て一週間になる。手紙は明日には届くだろうか。それを見たミリルさんが、みんなに無事到着をしたことを知らせてくれている姿が目に浮かぶ。


 島のことを考えているうちに、コピにもらった虹の石を思い出した。袋から取り出してみると、光の加減か島にいるときに見えた虹が見えない。昼間でないとだめなのかもしれないと思う。明日、夜が開けたらもう一度見てみよう。虹を見れば、ふらふらと落ち着かない不安定な気持ちも少し楽になるような気がする。そうすれば、またあのリアヌシティへ行く元気もでるだろう。


 寝るにはまだ少し早かったので、明日の準備もかねて、鞄から印刷して来たノートを出した。島を離れてみると、ノーキョさんの漉いた紙の手触りとインキの香りがとても懐かしい気持ちにしてくれる。


***** ノート ******


 新聞社の校正に疲れると、近くの公書館の庭に休憩にいくことも多かったことを思い出します。今、書いているノートが本にでもなっていつかあそこの書架に入れてもらえるとうれしいだろうと思ったりすることもあります。

 リアヌシティは移民してきた祖先の血の滲むような努力によってつくられた街なので、住む人みんなが自分の生きた証をそこに残そうとします。あの地を離れて思うのは、私の存在したことを証明してくれる唯一の場所だったということです。いずれ、この島がそうなるのかもしれませんが、生まれ育った町への郷愁は簡単には消えそうにはありません。


 公書館の庭には移民を記録した年月を記録した石碑があって、その横に昼寝をするのにちょうどいいお気に入りの石のテーブルがありました。

 公書館に行くといつも顔なじみの館長が声をかけてくれました。館長と言っても、事務員と二人で文書管理しているだけなので、結構時間に自由がきく仕事だったのかもしれません。

 仕事を休むことを決めてから出発までの間、毎日のように仕事帰りに立ち寄りましたが、ミドリ鮫漁の話以外にはとくに得られるものもなかったのは前にも書いたとおりです。館長に役に立てなくて申し訳ないと恐縮されたのが昨日のように思い出されます。もちろん館長には何の責任もないわけですが、今思うと、自分たちの町の歴史を残しているという仕事に対する強い思い入れがあったのでしょう。

 館長のそんな気持ちに応えるためにこのノートを書き記したと言っても過言ではないかもしれません。だれも知らない土地の紀行文をまとめて感謝の気持ちとして寄贈したいと思ったのです。あのとき自分のことのように親切に面倒を見てくれた館長のために。それが私たちが生まれ育った町へのお礼にもなるような気がしました。


***** ノート ******

 

 彼の思いは、館長に届いたのだろうか。もしかして、失われている残りのページがすでに公書館に届けられていれば、それはそれでうれしいことだ。ノートに託された思いの半分はもう叶っていることになるだろう。もしそうであれば、今回持ってきたノートも寄贈として受け取ってもらえるとうれしい。ノート書いた人の夢を叶えることも自分の役割のような気がするのだ。


 港の明かりが少しずつ消えて、街灯が見えるだけになっている。街灯だけになるとしなやかに湾曲した入江の形がとてもきれいだ。それは、外海から訪れる人たちを優しく受け入れるためにもっとも適した形に見える。

 深夜には漁に出る漁師でまたにぎやかになるのだろう。それまでのつかの間の休憩というところか。


***** ノート ******


 リアヌシティのたくさんの水路は、私たちの生活を支えるものでした。朝夕になるとたくさんの舟が行き交い、各地の産物を市場に運び込んで来ます。南は港と町をつないでいたので、海のものもたくさん入って来ました。いつの日かこの島のピーチプルを市場に届けられればと思うこともあります。

 木立の間を抜けて、山のほうに向かって入っていくと、湧き水でできた大きな湖に出ます。そこは町のみんなの憩いの場所になっているところで、家族や友達とピクニックに行くこともありました。両親の家業を継いで牧羊をしている兄ともよく訪れたものです。

 その湖でもこの島に負けず劣らずきれいな水が湧き出していました。私がこの島に抵抗なく住むことができたのも、生まれ故郷でも水そのものが近い生活だったせいもあったかもしれません。

 祖先たちがリアヌシティの永住の地としたのも、あの湖があったからだと思います。そして同じように、私もこの島の水を飲んだときに二つ目のふるさとになると感じたのです。水との相性はそれほど大切なものなのだと思います。


***** ノート ******


 明日は彼の生まれ育った本当のリアヌシティに足を踏み入れる。公書館が残っていれば立ち寄ることにしよう。当時の記録が保管されていれば、彼の生きた時代の様子も詳しくわかるだろう。

 ノートを鞄にしまい、カーテンを閉めてベッドに入った。窓を見ると降り注ぐような星空が見えた。

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