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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第2章  彷徨
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第8話 サーカス小屋.

「オルターさん、どうぞこちらに掛けてください。片付いてないですが、リアヌシティにはゆっくり話すようなところもないので」


この街ではあまり人が出歩いてなさそうだから、カフェのように語らう場所も必要ないのかもしれない。


「それにしても、このタイミングで来られるなんて。ほんとびっくりしましたよ。ノートさんの住んでいたと思う場所をみつけたのは、まだ昨日のことですよ。驚いたな」


「え? 昨日ですか? 手紙は2週間ほど前に……」


「手紙? 僕からのですか? それはどういうことでしょう」


「……」事態が飲み込めるまで少し時間がかかった。


 どうやらあの手紙はトラピさんが私宛に出したものではなかったということのようだ。


「でも、サーカス小屋で待つと書いて……あ! あのうさぎ少女だ」あわてて外に飛び出した。


 彼女の姿はすでにそこにはなかった。


「どうやら、別の人物が送ったものをてっきりトラピさんから私宛に送られたものだと勘違いしてしまったみたいです。火事の直後で気が動転していたのかもしれない」


「火事? 島で火事があったんですか?」


「つい先週の話で……」その後しばらくは、島便りを渡して火事の話とおいしい水の話を説明をすることになった。


「それは大変でしたね」


「みんなで力をあわせれば、自衛消防団でもなんとかなるものですね。お陰でみんなの気持ちが前より強くつながった気がします。それで、あの……ノートの主が住んでいた場所はどこにありましたか」話を本題のほうに戻した。


「そうそう、本当に昨日のことですよ。明日、手紙を書こうと思っていたところにオルターさんが現れたんですからほんとうにびっくりですよ」


 トラピさんが言うには、たぶん歴史の古い旧市街のほうだろうと目星をつけて歩いているうちに、ノートに書かれていた場所に似たところをみつけたということだった。今は一部しか残ってない水路や町並み、その昔は一番栄えていた場所であることなどから間違いないと。とくにそれを確信したのは、住人の名前だという。その地区のほとんどがヤイハブだというのだ。地元の人に話を聞くとその一帯は数百年前に北方から来た移民が作った町で、ヤイハブという名前自体がメーンランドでもめずらしいとのことだった。


「どうです、オルターさん? 間違いなくないですか?」


「たしかにぴったりですね。ここからどれぐらいですか?」


「バスで15分ぐらいですね。今はオールドリアヌと呼ばれている歴史保存地区の一角です。指定建造物の橋があるんですけど、そのあたりがノートさんが生活していたところに一番近いような気がするんです」


 向こうの様子を確認していたところに、ナミナさんが2人の子供といっしょに入ってきた


「今日は頑張りすぎて疲れちゃったよ。ほんとこの街は大きいばかりで、歩いていてもあまりおもしろいところがないところだね。明日は……、あれー、オルターさん? ですよね?」


「あはは、わかりましたか? おじゃましてます。みんな元気そうですね」


「元気というか、この街に染まらないようにしないとですね。あまりおもしろいところじゃないでしょ?」


「メタリックな建物のこと?」


「一見きれいなんだけど生気がないというか、みんな何が楽しくてこんなところにいるんでしょうね」と言うと、楽器を置いてまとわりついている子供たちに「こらこら、子供はお話が済むまで、外で遊んでて」とやさしく諭した。


「みんな働き詰めということですか?」


「それもあるし、安全な生活を得るためにすべてをドームシステムに依存してるみたいで。ここ、エゴラインという仕組みで何から何まで済ませられるんですよ。そのお陰で生活での不安は何もないようですけどね」なんだか納得がいかないというようにナミナさんはため息をついた。


「それはそれでいいような気もしますが。エゴラインというのは何ですか?」


「説明しにくいですけど、ほら、社会基盤ってやつですよ。昔なら電気、水道と同じようなものかな。サービスや取引記録はもちろん、気持ちの高揚のようなものまで。うーん、なんて言えばいいんでしょう。意志や感情までがライン内で片付いてしまうらしいですよ」


「感情? それはわからないな。大道芸はエゴラインと関係あるの?」


「ああ、大道芸はですね、ライン疲れをしてる人たちにとっては古くて新しい娯楽として楽しまれているんです。ここではリアルプレイって言われてますよ」ナミナさんの話を聞いていたトラピさんが説明してくれた。


「そうだね、古くて新しいタイプだね」とナミナさんが同意する。


「リアルプレイというのは、こういう場所に集まって生の人の会話を聞いてみたり、場所と時間をだれかといっしょに共有する感じですね。まあ、大道芸も一方的なやりとりとも言えなくないですけど、それでも古くて新しい交流として懐かしいみたいですよ」


 交流がなくなっていると言われてみると、ここに来てずっと感じていたことの説明がつく。みんなそのエゴラインというものでつながっているのだろう。


「まあ、みんなドームの中に居さえすれば安全を約束されるし、何不自由なく暮らせますからね。とにかく全部おまかせです。便利さの代償もそれはそれで大きいと思いますけど」


「住人さんは意識していないけど、個々人の一挙手一投足がデータ化されているという話だよ。もちろん、私たちも漏れなくね」と言ってナミナさんが諦めたように肩をすくめてみせた。


「そんなことがほんとうにできるのかな」と言うと、トラピさんが「あくまで噂ではありますけどねえ」と補足した。


 話を聞いていても、さすがに理解しがたいところがある。どうやって住人の気持ちまで調整できるというのだろう。


「便利さを集めていったら、たまたまそうなったというだけですね。いさかいもバランサーで調整されるし、犯罪からも守られる。冤罪とかはぜったい起こり得ない」トラピさんも仕方ないというように笑った。


「冤罪は起きようがないわね。どこを見ても針の穴ほどの隠れ場所もない」ナミナさんもそこは同感のようだ。


「無菌室ともいえるな。病気になりたくてもなれないからね」


「ああ、それいいかも。防菌・防虫ドームだ」ナミナさんが皮肉っぽく言った。


「となると、住民じゃない僕らも虫側か」トラピさんが虫の仕草を真似てみせた。


「この場所はどうなの?」と聞くと、「ここは仮設テントだから比較的捕捉されにくいかもしれないですね。比較的だけど。あまり、よろしくない話をしているとドームシステムに入れなくなるか、徹底したデータ分析にあうだけです」と説明をしてくれた。


「まあ、ドームはなんでもあるけど、なんにもないようなところよね」


「うんうん、それそれ」


 二人はお互いに納得したように笑っている。楽しそうなところを見ると、呼ばれて来た人間にとっては、これはこれでおもしろい話なのかもしれないと思う。子供を見ていなくてもぜんぜん心配ないのも、リアヌシティだからこそなのかもしれない。一定の収入のある人だけの閉じられたコミュニティといえるかもしれない。


 それにしても、これだけの施設を管理するエネルギーコストも相当なものだろう。


 それをトラピさんに聞くと「アトムパワーというものが使われているようですよ」と教えてくれた。100%再生する循環エネルギーシステムだという。自然エネルギーを管理してコントロールする仕組みなのだとか。島で隠遁生活をしていると、何から何まで知らないことだらけで驚くことばかりだ。


 トラピさんたちと話し込んでいるうちに、気がつくと外は夕暮れになっていた。とは言っても、人工の時間設定なので、時計に合わせた景色ということらしい。人工なのに自然よりもきれいに見えるのをどう理解すればいいのか、ほんものが何かわからなくなってしまう。


「オルターさん、よかったらオールドリアヌに行くのは明日にしませんか? 明日なら僕たちも休めるのでご一緒できますし。みんなでいっしょにノートさんのふるさとを散策しにいきませんか?」


「ああ、それは助かります。とにかく土地勘がまったくないから、これじゃあ、子供のお使いになってしまいそうだし」


「あはは、なるなる」ナミナさんが笑っている。


「じゃあ、少し早いですが明日の7時でいいですか? 駅で待ち合わせにしましょう。あそこからバスが出ているので」


「わかりました。あまり遅くなると船長たちが夕食を待っているといけないから今日は早めに引き上げることにします。明日は麦わら帽子を忘れないようにしないと」


「美しい都オールドリアヌに行くんだよ」ナミナさんが双子に話している。子供たちも旅行と聞いてうれしくてしかたないようだ。


 その後、駅まで送ってもらい、一人エクスポーラーの上り列車に乗った。繭に座ると、眼前の透明なディスプレイに今日の行動が文字データとして表示された。最後に確認ボタンが出たので押すと、またのお越しをお待ちしていますという文字が返されてきた。


 そしてしばらくすると、何もなかったかのようにディスプレイは消えた。

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